OODAループをブン回せ

さて、この記事の主題はOODAループから見た電撃戦となっております。いよいよ開戦となる前に、この点を再度確認して置きましょう。



OODAループの運用のキモはただ一つ、敵より速くループを回す事、それによって先に「行動」段階に入って、敵が何も出来ない内に一方的にこれを叩く事です。逆に言えば敵が自分より速くOODAループを回してしまうと極めて不利な状況に追い込まれます。一方的に攻撃された上に、それに対応するため再度「観察」からループを回し直す事になって「行動」は遅れまくり、何も出来ない内に一方的に蹂躙されてしまいます。そして実際、それが起きたのがこの対フランス電撃戦なのです。

そのOODAループの高速化には大きく二つの手法があります。一つは自分のループを高速化する「自主的高速化」。もう一つは敵のループに干渉して速度を落とす「攻撃的高速化」です。特に「攻撃的高速化」は敵の指揮系統の麻痺からパニックを引き起こしやすいため、いわゆる「戦わずして勝っちゃう」戦闘が次々に発生する、という特徴があります。孫子以来の理想的な戦いが起きる、という事です。そして、これこそがボイドが講演で繰り返し述べている「ヤツのループに割り込め(Get inside his OODA loop)」でもあります。

電撃戦におけるOODAループの戦いの最前線に居たのはドイツ最強の機甲部隊、第19装甲軍団の指揮官のグデーリアンでした。彼は「自主的高速化」を積極的に仕掛け、さらに進撃の「テンポ」を速める事で敵のOODAループ回転を麻痺状態に追い込みます。その上でマンシュタイン作戦案による欺瞞情報を利用し「攻撃的高速化」を巧みに行っています。当然、この時代にOODAループの概念はありませんが、ほとんど本能的にグデーリアンはこれを行っていました。この点はロンメルも似たような面があり、軍事的な天才は産まれ持った勘でこれを行ってしまう、という面があるのかもしれません。行軍速度で常に敵を圧倒した全盛期のナポレオンなどもそういった面があり、鉄道の利用による移動の高速化で敵を圧倒したモルトケとかも同じ思想の上に居ますしね。

■電撃戦における自主的高速化 その1

まずは基本中の基本、「自主的高速化」の方から見て置きましょう。
グデーリアンの「自主的高速化」は二点ありました。「指揮官である自らの観測段階の高速化」そして「単純明快な絶対的指針を与える事による集団行動の高速化」です。まずは自身の「観察」段階の高速化から見て行きましょう。ループ最初の段階である「観測」が行われない事にはOODAループの回転は始まりません。よってグデーリアンは指揮官である自らが最前線に出る事で誰よりも早く状況を「観測」し、そのまま素早く「判断」にまで進めるようにしたのです(余談だがロンメル、さらには信長や秀吉がよくやった行動でもある)。

さらに当時は最新の設備だった無線装置を戦車を始めとする多くの車両に搭載させた上で、自らは無線装置を満載した指揮車に乗って前線司令部とし、最新情報が素早く自らの元に集まるようにしていました。当然、これも観測の高速化に直結します。どこかで接敵戦闘が発生したらすぐさまグデーリアンが知るところとなり、直ぐに「判断」から「行動」までの対策が取れるからです。ちなみに無線機による連絡系統の整備は次に見る集団の意思統一にも大きく貢献する事になります。



■Photo:Federal Archives 

電撃戦の最中に無線指揮車に乗る有名なグデーリアンの写真(奥で立っているのがグデーリアン)。手前の兵が操作しているタイプライターのような機械がこれまた有名なドイツの暗号化装置、エニグマ。電気駆動の高度な暗号装置でした(1923年に発売された民生用暗号通信装置だったのをより高度な暗号を組めるようにドイツ軍向けに改良された軍用型)。ただし電源(無線用車両)が必要な上に、最高機密の機材なので大隊、あるいは中隊司令部あたりまでにしか置かれて無かったと思われます。ちなみに予備機の携行が義務づけられていたので、車内のどっかにもう一台、積んであるはず。

エニグマの解読は1932年にすでにポーランドの研究者が成功していたのですが、後にドイツ軍がより高性能化したため、さらなる研究が必要となりました。その最中にナチスドイツによるポーランド侵攻が起こったため、研究者らは史料と共にフランスに逃れ、 その情報がもたらされたイギリスで最終的に全てのエニグマ暗号の解読に成功します。このイギリスでの解析に参加していたのが、あのデジタル コンピュータ理論の父、チューリングでした。この辺り、チューリングが中心になってエニグマの暗号を解読した、という話も見ますが、実際は彼が参加する前から、ポーランドの数学者を中心としたチームが解読理論の基本部分を既に完成していたのです。

イギリス側が解読したエニグマ暗号はウルトラ情報に指定され(最高機密を超える機密という意味らしい。ただしエニグマ情報以外でもウルトラに指定される情報はあった)、大戦の勝利に大きく貢献したとされます。ドイツ側も解読されている可能性がある、と気が付いてはいたようで、1941年に新型暗号装置SG-41を採用しています。ところが生産に必要なアルミやマグネシウムが優先的に使えなかった事、機械が重すぎて(13.5s)前線での使用が困難だったことから、生産も使用部隊も限られました。このため多くの部隊では終戦までエニグマに頼り続け、その暗号のほとんどは解読されてしまう事になるのでした。

ただし電撃戦の段階ではまだ最新型エニグマの暗号解読は成功しておらず、情報秘匿と言う面で大きく貢献しています。

■電撃戦における自主的高速化 その2
 
もう一つのグデーリアンが行った「自主的な高速化」が、集団によるOODAループの適切な運用と高速化でした。
以前に述べたように集団内の各自が独自にOODAループの回転を行ってしまうと「観察結果への適応」段階でバラバラな推論が行われるため統率された行動が取れず敗北へ向けて一直線になりがちです。その対策として指揮官が「絶対的な指針」予め与えて置く必要があるわけです。

以前に見た具体例、サッカーで自陣に敵のロングパスが飛んで来た場合で確認して置きましょう。ディフェンスの三人がそれぞれ独自に「観察結果への適応」を行ってしまうと、以下のように統制されてない、敵が有利な状況になる状態を引き起こし易くなります。



このように全員がバラバラの行動を取ってしまうとディフェンスラインはバラバラに崩れ、敵はあっさりとこれを突破してしまう事が可能になるわけです。こういった事態を避けるために、指揮官は予め各選手に「絶対的な指針」を与えて置く必要があります。




「観察結果への適応」段階で、各自が独自に推論する事を許さず、「Aという観察を得たら必ずBという行動を取れ」という指針を与えて置く事で統一された行動を取らせる、という事です。さらにこのOODAループでは各自の「判断または仮設作成」段階が不要になりますからこれをすっ飛ばす事が可能となり、集団の行動を高速化させる事にもなります。

上の例で言えば、「敵がロングパスを打ち込んで来たら必ずオフサイドトラップ」といった単純明快な「絶対的な指針」を与えて置く事で、混乱なく高速に全員がディフェンスラインを上げる、という行動に出れる事になります。

この点を極めて上手くやったのが電撃戦時のグデーリアンだったのです。敵に包囲殲滅作戦を悟らせてはならぬ、そのためには速度が何より重要となる、という点を誰よりも理解していたのがグデーリアンでした。よってこの点を配下の部隊に対する「絶対的な指針」として与えるのです。彼は「三日でマース川へ、四日でマース川を越えよ/In drei Tagen an die Maas, am vierten Tag über die Maas」と配下の兵に伝え、その作戦目的を明確にしました(ただし現存する命令書にこの文章は見られない。例の「電撃戦という幻」で元ドイツ軍士官であり戦後は西ドイツで将軍にまでなったJohann von Kielmanseggからの証言として述べられている。この点、邦訳版では適当な解説しか無いので注意。高い本なんですけどね…)。

さらに開戦翌日の11日、第19装甲軍全体への指令の中で「各師団の任務はマース川北岸の敵を掃討する点にあり」と述べ「5月13日に予定されるマース川渡河に備えよ」と日付まで明確にします。これにより、もし不測の事態に直面して迷う事があったら、この条件を満たす最適行動を取ればよい、と末端の指揮官まで理解させたのです。その上で「必要とあれば三日三晩、寝てはならぬ」との通達を出し、最終目的は「英仏海峡への高速到達」、すなわち連合軍主力のケツを素早く抑えての包囲殲滅である、と明示しました。これにより現場指揮官はとにかく13日にマース川渡河、そこからは海岸めがけて一直線、という単純明快な行動指針を理解し、その行動を決定する大きなよりどころを持ったのです(ただしこの段階で軍から正式な海岸までの進撃許可は出ていない。グデーリアンの独断だが、マース川渡河後、彼は迷わず突撃する)。

ドイツ軍の場合、その基盤となったプロイセン軍時代以来、現場指揮官への権限移譲、独自の判断を大きく認めていたため(これはフランス軍との大きな違いでもあった)、この「絶対的な指針」により各部隊の司令官に「観察結果への適応」を正しく判断させる事ができたのでした。この結果、指揮官であるグデーリアンの判断を待たずに無数の「正しい行動」を導くOODAループが回転する事になるのです。これは多数の問題に対する並行処理であり、しかも高速ループになってます。この結果、グデーリアンが一人でOODAループを回して判断するよりもはるかに高速に次々と事態が処理され、これが電撃戦における高速進撃を支える重要な柱となりました。この点、ガムラン率いるフランス軍は現場指揮官の独自判断を認めず、司令部の判断に従う事を要求し続けたため、あっという間に情報の飽和(と伝達速度の飽和)からOODAループの回転は停滞、軍全体が適切な「行動」に至れず、常にドイツの後手に回る事になって行きます。

実際、三個師団の機甲部隊に加えて歩兵一個師団の行動を全てグデーリアンが直接指揮する事は不可能ですから、この「絶対的な指針」に従う事で、全軍が一つの目的に向かって進めるようにしたのは極めて大きな利点となりました。

さらに先に見た、末端に至るまでの無線装置の搭載により、現地部隊が判断に困る事態にぶつかっても素早く指揮官であるグデーリアンに判断を仰ぐ事が可能となり、これも行動の高速化に置いて大きな役割を果たしたのでした。

以上の二点、「自らが前線に出て観測を行いOODAループを高速化。さらに無線によって素早い指揮連絡を行う」「単純明快な“絶対的な指針”を与えた事で集団内の混乱を抑え、さらに各部隊の指揮官の判断と行動を高速化」がグデーリアンの行った「自主的なOODAループ高速化」でした。これだけでもフランス軍を圧倒するには十分だったのですが、さらに彼は「攻撃的な高速化」をも成功させるのです。次はこの点を見て置きましょう。


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