■情報飽和攻撃
ではより攻撃的な敵OODAループへの干渉戦術、「飽和」について見てゆきます。
OODAループの攻撃的高速化の中でも、特に攻撃的なのが「飽和」です。飽和攻撃、という方が実態に近く、敵の「観察」に対し、大量の情報を送り付けその処理能力を麻痺させてしまうものです。この攻撃が成功すると、敵のOODAループは完全に停止し何もできないまま一方的に蹂躙される事になります。
飽和によるOODAループ攻撃には一度に大量の情報を送り込んで相手の観察能力を麻痺させる「一斉集中飽和」、時間差を持って次々に情報を送りつけて麻痺させる「時間差飽和」の二つがあり、より効果的な運用をするなら両者併用による干渉が望ましいとなります。
まずは「一斉集中飽和」から見てゆきましょう。図にするとこんな感じです。
見ての通り、大量の情報を一気に相手に与え、敵のOODAループを「観察」段階で麻痺させてしまうものです。
例えるなら敵のカップ麺が出来上がりそうな時点を見計らって電話をかける、玄関のチャイムを押してダッシュで逃げる、窓からサカリのついたノラネコを放り込む、といった感じですね。あまりに一斉にあらゆる事が起きるため、何から手を付けたらいいのか判らないまま、敵はパニックから麻痺に至り、多くの場合、戦わずして敗北に追い込まれます。多数の情報によって敵の情報処理能力を「飽和」させる事でそのOODAループを停止に追い込む、という事です。
もう一つの「時間差飽和」の場合は以下のような感じになります。
こちらも次々に情報を送り付けるのですが、一定の時間差を与えます。
理想は敵が「観察結果への適応」段階まで進んでおり、「正解行動はこれだ」と決めた段階で次の情報を送り付ける、です。どういう事か、というと再度これを思い出してください。
「監察結果への適応」段階で、正解行動を推測する要素は上の五つだ、というのはすでに見ました。
ここで問題になるのは「新しい情報」の要素です。これは新たな情報が入って来た場合、現段階で得られた「推測」は無意味になり破棄され、最初から再度やり直す羽目になる厄介なものでした。
この「新しい情報」を利用した飽和を狙ったのが「時間差飽和」となるわけです。敵が「監察結果の適応」で推測まで終えた後に新しい情報を次々に送り込めば、敵は次から次に最初に戻ってループを回し直すしかなく、これまたいつまで経っても「行動」に移れない状態に置かれます。
どちらの情報飽和攻撃も強力で、これに成功すると敵のOODAループは完全に麻痺に陥り、「行動」段階にまで決して至れません。すなわち「ずっと俺のターンでタコ殴り」が成立してしまい、これこそがOODAループを利用した戦いの理想形なのです。
実戦では、先に見た「秘匿」、「欺瞞」と組み合わせ、敵のOODAに干渉し、その速度低下、そして最終的には麻痺まで至らせる事を狙います。当然、敵も同じことを考える、と想定するべきですから、自らのループに干渉させないよう「観察」の精度を高める必要があり、ここら辺りの情報戦を制する者が戦いに勝つのです。
■戦いの他の飽和
OODAループにける「飽和」の恐ろしさは対決の場だけに限りません。最後にこの点も見ておきましょう。
自然災害、連鎖事故などでは次々と新たな事態が生じやすく、同時多発的に被害が発生するのが普通です。よって対策側の「観測」段階で情報飽和が発生しやすく、最も恐ろしい対策組織の指揮系統麻痺が起こります。「地震の発生」「津波の発生」「地滑りの発生」「それによる道路、鉄道の寸断」などが次々に発生したら速攻で「観察」による情報飽和が起こり、何も出来なくなります。
さらにそれとはまた別の恐ろしさもあります。
ボイドはOODAループへの飽和攻撃により、悪質な犯罪が可能な事に気が付いてました。それが同時多発テロです。多数の事件を同時多発的に発生させる事で情報の飽和を起こし警察の指揮系統を麻痺させる事くらい簡単にできる、という事です。もし対応する側が無策であれば、国家の治安を丸ごと崩壊させる事も可能でしょう。ボイドが最も恐れたOODAループの悪用がこの点だったとされます。
当然の義務として、その対策も考えましょう。OODAループ運用最大の脅威と言っていい「飽和」攻撃ですが対策はあるのです。
■飽和攻撃への対策
初歩編
最も単純かつ基本的な対策は
〇優先順位を決め取捨選択を行う。優先順位が低いものは迷わず切り捨てる
です。最初の例でいえば「俺は何を犠牲にしてもカップ麵を食べごろの段階で食う」という目的を明確にし、「最重要項目以外のあらゆる犠牲を受け入れ切り捨てる」という事です。この場合、
「何を最優先で対処するのか」
を決めるのが最も重要で、同時に「それ以外は全て捨てる」という重大な決断が求められます。
例えば津波で電源が止まった原子力発電所では「何よりメルトダウンを避けねばならぬ」という強い決意の基に動くべきであり、それ以外の選択肢はありえません。廃炉を避ける事はできないか、こんな事をしたら後から自分の責任を問われるのではないか、といった余計な選択肢を残してはならないのです。最悪の事態が何かは判り切ってるのですから、全ての決断はそれを基準にしなければなりません。でなければ対策は後手後手に回り、最悪の事態が避けられなくなります。当然、この判断は一人の責任者に委ねる必要があります。合議制などでは時間が掛り過ぎて結局意味が無くなるからです。
■飽和状態への対策 上級編
もう一つの対策が「分散型OODAループ」です。これは想定される事態に対する責任者をそれぞれ決めて置き、発生した問題、押し寄せる情報はそれぞれが独自にOODAループを回して対処する、というものです。ただし「絶対的な指針」を予め各担当者に与えて置き、事態の混沌化を避ける必要があります。すなわち先に見たこのループの形ですね。
複数の人間が同時並行でOODAループを回す事で処理能力を上げ、指揮系統が飽和する事を避けるのです。ただし以前にも見たように各担当者に十分な情報処理能力が求められ、そういった人材を予め準備して置くのが必須条件となります。さらに他者が各OODAループに干渉してこれを止めてしまったら無意味ですから、各責任者への全面的な権限移譲が絶対条件になります。地震の発生などで現場が大混乱の所に大臣がわざわざ乗り込んで行って口を挟む、などという馬鹿な事は絶対にやってはいけないのです。
といった感じで今回はここまで。
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