■組むぜ高速OODAループ
前回見たように、OODAループは人間の行動の流れを図式化したものでした。
ただしこれだけでは、確かにその通りかもしれないけれど、それが何なのよ、という話であり特に意味もありません。が、人間が行動する段取りが判ったのなら、これを利用して自分の行動を有利に、さらに敵の行動を不利に追い込む、つまり戦いの行動を支配できる、という事を示したのがボイドの戦闘理論となります。
そのカギを握るのがループの高速化、相手よりも早い「テンポ」でループを回すことです。それには自分のループの高速化と、相手のループ回転を妨害し低速化させ、相対的に自分の「テンポ」を上げるのと二通りがあります。最初はとりあえず単純な自分のループの高速化から見て行きます。テンポ、というのはボイドが使ったループの回転効率を指す言葉です。
この点においては、相手より高速で回せるループをいかに組み上げるかの勝負となり、先に高速ループの組み上げに成功したなら、ほぼ負けることはありません。逆に高速ループの組み上げに失敗した側は、最悪、何もできないままタコ殴りにされて終わります。
今回からは「相手より速いテンポの高速ループの組み上げ方」と、それによって実際にどれほど有利になるのかを具体例を挙げながら見て行きます。これが理解出来れば、「高速ループ」の恐ろしさの一端が判るはずです。
ちなみに「単純にループを速く回すと勝てる」のではなく、「高速回転させられるループ」を組み上げた方が勝つ、なのに注意してください。速く回すのにはそのための専用ループを自分でゼロから組み上げる必要があり、その能力が勝敗を分けるのです。
最初は再度、OODAループの基本形を確認して置きます。
ここで、ループの最終段階にまで進まないと決して行動に移れない事に注意してください。
あらゆる戦いでは行動に移れない限り敗北します。戦争では弾やミサイルを撃たなきゃ一方的に撃たれまくって終わりですし、サッカーのようなスポーツでも、ボールを蹴ったり走ったりしなければ、相手はやりたい放題で一方的に敗北するだけです。とにかくループの最後の段階、「行動」段階に至らないと勝負にすらならないわけです。ただし、その「行動」は正しく「判断」された「正解行動」でなければなりません。間違った行動ではどんなに早く動いても勝てませんから高速化も無意味です。この点も要注意。
よって相手より速いテンポで先に「正解の行動」に至れば確実に勝負の上で有利となります。
さらに相手が行動段階に入る前に全ての決着をつけてしまえば、一方的にこれをタコ殴りにできる「ずっと俺のターン」状態が確定するのです。これこそがOODAループの高速化の最終目的です。
■カルタで考えるOODAループの高速化
まず最初に「テンポの高速化」とは何かを考えましょう。これにはループの運用から無駄を省く単純な高速化の第一段階、そこからループの飛ばし、ショートカットでさらに高速化させるに至る第二段階があります。どちらでも先に高速ループを組み上げ回した方が一方的に有利になりますが、後者は特に強力で、このループを先に組めたら、相手はほぼ何もさせないまま圧勝できます。
今回はとりあえず高速化の第一段階、とにかく無駄を省いて高速化する単純な手法を考えてみましょう。
相手がいる勝負であればOODAループを使ったボイドの戦闘理論は適用できますので、ここではモデルの単純化に向いた百人一首カルタで考えて行きましょう。ただし競技用ルールだといろいろ説明が面倒なので家庭での一般的なカルタ遊びとします。
■出典 国立博物館 研究情報アーカイブス
百人一首カルタは読み手が読み上げる短歌を聞き、同じ歌の下の句だけが書かれた札を場の中から探し出して取るゲームです。最後は取った札の数で勝負が決まります(先にも述べた競技用カルタではルールが異なるがここでは無視する)。写真に見えているのは読み札で、実際に場で取るのは右下に見えてる下の句の文字だけが書かれただけの味気ない取り札になります。
読み手は上の句から全部読みますが、取り札には下の句だけしか書いてない、というのがこのゲームのキモで、最初の読み出しを聞いただけでは取る事ができません。ただし百人一首の歌を全て暗記していれば、上の句を聞いただけでも下の句が判る、すなわち取り札を判別できるのです。
そういったゲームですから、参加者全員が百人一首を全部暗記してると、これは場に置いてある札の位置をどれだけ覚えてるかという瞬間的な暗記力のゲームになり、それも互角だと反射神経と瞬発力だけの、教養の教の字も無いスパルタンなスポーツに変化して行きます。
初心者どうしなら単純なOODAループの高速化で対応できますが、超上級者による反射神経勝負になってからはループの飛ばし、ショートカット無しでは対応できません。そういった意味で単純なゲームながらOODAループの戦い方の説明には向いてます。奥行きのあるゲームでは決して無いんですけどね(笑)。
ここでは、全くの初心者の戦いから、ヘタレの平安貴族なぞ小指一本で弾き飛ばしかねない上級者までの戦いを通じて、いかに相手より速いテンポの高速OODAループを組み上げるのかを考えましょう。
■初歩のカルタOODAループを組む
最初はオギャーと産まれてから初めて百人一首カルタを遊ぶ人の場合、すなわち初心者によるOODAループの回転を組む事を考えましょう。
最初に回るループは以下のようになるはずです。最初は読み手の歌を聞くところから「観察」が始まり、最後はその歌と同じ札を探す、という行動にたどり着いて終わりです。
とりあえず、この最初に組み上げたものをループ1とします。
そして実際に札を探す段階に入ったら、このループはもう使えませんから、ゲームのための新たなループを組み上げる必要があります。
通常、実際に遊び始めた後のループは以下のようになり、これをループ2とします。
最初の「観察」は取り札を場の中から探すために札の内容を見る、となります。
見れば判るように、このループは内容が一致する札を場の中で見つけるまで「判断」から「観察」に戻って回り続け、「読まれた歌の内容と一致した」となって初めて「札を押さえる」行動に出て終わりとなります。
当然、いつになったら一致する札に出会えるかは完全に運です。最悪の場合、百枚目でようやく正解かもしれないし、一枚目でいきなり正解かもしれません。よって理論上、このループは最大100回まで回す可能性があるのです(以降、場の札が減って行っても常に場にある札の枚数が最大回数の可能性として維持される)。さらに敵が場の中のどの札から読み始めるかもわからないので、勝敗もまた完全に運となります。
この結果、同程度の能力を持つ初心者同士の戦いは、単なる運に頼ったゲームに終わるのが普通です。札を読む速度、決断力の差などでループの速度に多少の差はつくでしょうが、運の要素の大きさにはかないませぬ。すなわちこのループ1&2の組み合わせでは確実に勝つことは絶対にできません。
■高速ループの組み上げと観測段階の最小化
よって、ここからは安定して勝つための、相手の「テンポ」より高速化されたOODAループを組み上げる事を考えます。
OODAループの高速化の第一歩は余計な要素を省き必要最低限のループだけを回す事です。
ループを一回回すだけでも余計な時間が掛かり、高速運用の妨げになるからで、「ループの整理整頓による簡潔化」が高速化への第一歩です。上で見た初心者の場合、札を探して取るまでに二つもループを回す必要があり、極めて非効率的なのが判ります。
そしてループ2を回し始めると「観測」に戻る回数が多すぎる、という事にすぐに気が付くでしょう。これだと、先にも見たように最大で100回、それ以降でも99回とか98回とか、とんでもない回数のループを回す可能性が出て来ます。そして正解の札を見つけるまでループは「判断」から「観察」に戻り続ける以上、全く「行動」ができない麻痺状態に置かれる事を意味します。当然、途中で相手が正解の札を見つけてしまえば、何もできずに負けです。
よって、二つに分かれたループを一つにまとめ、さらにループ2の回転数を必要最低限まで減らさねばなりません。
まずはループ2の最大で100回も回さねば正解行動にたどり着けない非効率性をなんとかしましょう。対策としては「観察」に戻る回数を減らす、です。この場合、一度目の観察で多数の札の位置を暗記し、以後「観察」は不要にする、という手があります。さらにゲームが始まる前にこれを済ましてしまえば、場の「観測」の必要さえなくなります。全てもう自分の頭の中に入ってるんですから。
理想的には場に出てる100枚の札の位置を全部覚えるとなりますが、それが無理なら半分の50枚、あるいは1/4の25枚を覚えるだけでも高速化はされます。記憶に無い歌の時のみループ2に戻ればいいので、常にループ2を回してる相手より少ない回転で「行動」にたどり着ける可能性が高いからです。もちろん、理想は100枚全部の位置を覚えてしまう、ですが。
そして「ゲームが始まる前に場を見て札の位置を覚えてしまう」のにはもう一つの利点があります。
歌が読まれる前に場を見渡して全ての取り札の位置を覚えてしまえれば、以後、場の札を見る必要がありません。なので「観察」は「読み手が読む歌を聞く」から始まります。これはループ1をループ2に取り込んでしまう形になるので、従来、札を取るまで2回も回していたループが一つにまとめられる事を意味するのです。
とりあえずそういったOODAループを組み上げると、以下のようになります。これをループ3としましょう。
このループは場の札を覚えた後から運用が可能になります。すなわち場の札を覚えるのはループに含まれません。先に終わらせておけ、という事であり、理想はゲーム開始前に全ての取り札の位置を覚えてしまう、です。
そして「歌を読むのを聞く」からループに入る以上、ループ1とループ2をすっ飛ばし、最初からこの新たなOODAループに入れるという事ですから、それだけでもかなり有利です。これならループ1から入って、その後、最大で100回もループを回してる相手には圧勝できます。
ただし、この戦法は単純でもあり、当然、大抵の相手もすぐに気が付くはずです。よって勝つための戦法と言うより、最低限やらなければ勝てない戦法、といったものになってきます。
となると、さらなる高速化したOODAループを組み上げる必要が出て来ます。が、すでに観察は最低限の1回にまで絞り込んでますから、これ以上は減らせません。ではどうするのか、というと「観察」の「量」を減らします。すなわち相手と同じものを「観察」していても、より少ない情報量の段階で先に動けるようにするのです。
次のページではこの点を見ながらさらなる高速化されたOODAループを組み上げてみましょう。
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