■酸素法師は天竺へ行った

さあ、今回も実際に標的がどう見えるかを考えてみたい。

条件は相手が戦艦、重巡クラスで水面上40mの艦橋、
こちらは駆逐艦の艦橋上で、だいたい水面上12m前後、
例の20倍/視角3度の望遠鏡で見張っている、という設定で行く。
この時の視界、望遠鏡で見える範囲の左右幅は約2096mだ。
では、まあもうだいたいの予想はついてると思いますが(笑)、
夕撃スーパービュウで40km先の相手がどう見えるか、
さっそくチェックだぜ!



「……」

………

「……どこ?」

まあ、いつかこういう日が来ると思っていたが、ついに来た(笑)。
水平線の向こう、全く見えてない、という状態。
なんの話も始まらない、これでオシマイ。どうしようもない。

「あ、でも巡洋艦にも酸素魚雷積んでたんでしょ。
あれならもう少し艦橋高いんじゃ」

巡洋艦の戦闘指揮所でもせいぜい水上25m程度しかないんだ。
一応、理屈的には戦艦艦橋のテッペン、約3mくらいは水平線上に出るんだが、
そのくらいでは、完全に人間の視角限界の向こう側、とても目で捕らえる事は不可能だよ。

「…えーと、つまり?」

酸素魚雷の射程距離、最大40kmは、
人類が地球上で戦争してる限り、全く使い道がない(笑)。

「マジで?」

見えないんじゃ、どうしうようもない。

「あ、あれだ、観測機とか飛ばしておけば?」

それは無理。前回の主砲のトコでも観測機の問題に
全く触れなかったのは無意味だからなんだ。
観測可能な距離まで近づいたりしたら、撃墜されちゃうよ。

「ああ、まあねえ、じゃあ酸素魚雷の40km射程距離って…」

どう考えても使い道はない。というか、物理的に使いようが無い。
税金の無駄だろう。
実際、人間中心のフレンドリーな日本海軍も途中でそれに気がついたようで、
改良型である93式3型では射程距離を削って炸薬の量を増やしてる。
それでも最大射程距離は30kmほどあったんだけども…。



ちなみに30kmだとこんな感じ。
一応、艦橋上と煙突くらいは見えてるんだが…。

「なんとか照準くらいはできるかな?」

無理だと思うぞ。魚雷の照準は、砲撃の照準より難しいんだよ。

「そうなの?」

最初の方で説明したように、魚雷を撃つには相手の未来位置の予測が必要だ。
これには、標的の進行方向と速度を知る必要がある。
これは時間をあけて、少なくとも2回、相手の位置を測定しなくてはならないんだ。
その際、方位と共に、相手との距離の測定は絶対必要要素となる。
でもって、大和の15m級測距儀ですら30kmの距離では、
視角限界によって最大380mもの幅を持った誤差が避けられなかった。

「…だったね」

でもって、駆逐艦クラスとなると、その測距儀の横の長さ、
つまり基線長は2m、よくて3mだ。巡洋艦ですらせいぜい6mしかない。
これらの倍率がわからないのでウカツなことは言えないが、大和級と同じ30倍だったとしても、
その基線長は駆逐艦で7〜5分の1、巡洋艦でも半分以下だ。
どんな誤差になると思う(笑)。

「壮絶だろうなあ」

それで2点の位置を観測し、そのズレから速度と進行角度を計算で予測するんだ。
それこそ距離が500mとかずれてたら、当たるわけがない。
そういう意味では1点の観測で済む砲撃時の測距よりも
要求されるスペックはシビアなのさ。

「面倒そうではあるね」

実際、これらがそれなりの精度になったのは開戦前くらいかも知れない。
特に方位の計測は困難だった。
古い話だが、日露戦争の日本海海戦の始まる前、
相手の正確な針路を知ろうとした日本海軍の艦艇が
バルチック艦隊の前を横切るんだけど、
これは真正面から見ないと、その進行方位を確認できなかったんだと思う。
が、この時は「機雷をバラまかれた!」と勘違いしたバルチック艦隊が
針路を変更してしまい、その偵察もムダになってしまったんだけど…。

で、これも最初に書いたように、照準が正確にできない以上、
その後の過程がどれほど完璧でも無駄なんだ。
命中率を上げるために駆逐艦では最大8本くらいをほぼ同時に、
2度前後の角度をつけて撃つんだけども、
これも最初の照準が全然あってないんじゃどうしようもない。

「うーん、となると…」

まあ、酸素魚雷でも照準をつけるなら20km以内、
駆逐艦クラスの測距儀なら10km以内が限度だろう。
つまりその長距離射程は、ほとんど無意味だ。
実際には、距離10kmでも結構厳しいようで、スラバヤ沖海戦で、
日本海軍の皆さんは10km前後からの雷撃を何度も行っているんだが、
190本近く撃って、命中は4本前後だったと見積もられているんだよ。
(ただし「命中したが不発」もある可能性あり)

「うわー、高いんでしょ、酸素魚雷」

…そっちが気になるか。
まあ、実際、税金返せとしかいえない兵器だとは思う。

雷撃では、高度な未来予測という、現代でも計算が困難な確率問題を解く必要がある。
結局、現実には確率がほぼ計算可能になるくらい、未来位置の予想範囲が狭まる距離、
せいぜい5000m以内の近距離からでないと必中は期待できないはずだ。

つーか、魚雷ってのはそもそもそういう兵器なんだよ(笑)。
遠距離から当たるもんじゃない兵器に、
射程距離を与えた段階で、何かが間違っていたのさ。
ドイツ、アメリカ、イギリスが魚雷に射程距離を求めず、
電気モーター魚雷で手を打ったのは、ある意味、極めて常識的な判断だったと言えるんだ。

といった感じで、今回はここまでだ。



Uボートから撃ち出される魚雷は、航跡が見えてしまうため
主に夜間に使われた例の湿式過熱装置のG7aでも18000m程度しかない。
潜水艦の場合、駆逐艦よりさらに照準距離が短くなる、というのもあるが、
やはりそれで十分だった、というか
「そんな遠距離から魚雷撃つバカがあるか」
ということだったんでしょうね。


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