■それはどこまで許されるのか

最初に、今回行う測定誤差距離の推定方法を説明します。

まず測距儀で距離を測るには相手を目視で捕らえ、
その角度を読み取る必要がある、というのはすでに説明しました。

この時、その角度に前ページで説明した「人間の分解能力限界」以下の
ズレがあっても、人間には読み取る事ができません。
それは必ず誤差として残ります。
では、それはどれくらいの大きさなのか。

ここで前に使った図を再度見ておきましょう。
この図で∠Aを決定する「角度の変わるミラー」
が最小で0.5'ズレても、人間には読み取れないわけです。

それは必ず誤差として残り、
それ以上、観測の精度を上げる事はできません。
なので、それが測距儀による主砲照準の精度の限界となります。



では具体的に、それはどの程度の数字なのか。

これを検証するには、まず人間の読み取り誤差を決める必要があります。
これは最小で0.5′、平均で1′でした。
とりあえず最小の理論値という話ですから、今回は0.5′で考えて見ます。
これが∠Aの測定において、避けられない角度誤差と考えられます。

ただし、レンズを明るくするにはそれなりの技術が必要で、
当時の日本の光学技術ではかなり厳しいものがありました。
その焦点距離(図面読み取りで400mm前後)を考えても、
決して視野は明るくないはずで、
とても人間の裸眼の限界値に迫る事はできないでしょう。
実際は理論値の半分以下だったと思われますので、
この点は覚えて置いてください。

次に三角形の底辺にあたる大和級の測距儀の有効基線長は
前ページの通り15.7m×30=471m=0.471q

目標までの距離(d)は、一般的な戦艦の砲撃戦距離として
20、30、35、40qの場合を考えましょう。
この条件で、読み取りの角度誤差1/120度=0.5′(0.5分)が生じた場合、
どの程度の距離の差が生じるのか、という事です。
その距離が避けられない観測上の誤差となるからですね。

上の図で考る場合、底辺0.471q、距離(d)が20、30、35、40qの
それぞれの三角形において、
∠Aの角度が1′ずれた場合、距離(d)がどれだけ変わるか、という事です。
となると、まず、∠Aの角度を求める必要がありますが、
今回はTan A が各距離÷有効基線長0.471で求められるので、
そこから角度を逆算する三角関数、アークタンジェント(Atan)を使います。
で、それぞれの距離のときの、∠Aの角度は以下の通り。

20q 1.547度
30q 1.555度
35q 1.557度
40km 1.559度

そもそもこんな角度が読み取れるのか、という感じですが(笑)、
そこに誤差として避けられない1/120度=0.5′=約0.00833度を足し算します。
後はその角度の数字に対するtanの値を求め、再度、最初に見た

距離(d)=tanA×測距儀の長さ

に当てはめて見ましょう。結果は

20qの時 20.12q
30qの時 30.28q
35qの時 35.38q
40qの時 40.5km

両者の差が避けられない誤差の距離ですから、
引き算をすれば、

20qの時 約120m
30qの時 約280m
35qの時 約380m
40qの時 約500m

となります。
人間の目で観測する限り、
これ以上の精度で対象までの距離を測る事ができない、という事ですね。

確認して置くと、これは日本海軍最大だった大和級のもので、
しかも晴天で十分な明るさがある、という前提条件があります。
なので天候によってはさらに悪化し、
他の戦艦、巡洋艦では、晴天ですらより劣った数字になるわけです。

これは最大の分解能力、どれだけの長さまで識別できるか、
という事でもありますから、例えば40qの時には距離は
事実上、500m単位でしか計測できない、という事です。
それ以下の距離は測りようがありません。
(目盛りでは読み取れるが全くもって正確ではない)
これは1cm単位の目盛りしかない定規でmm単位の長さを測れ、
というような話になってきます。

先に見たように放物線で弾が飛んでゆく戦艦の砲撃戦では、
まさに点に向けて砲弾を命中させる必要がありますから、
正確な距離の数字は何より重要なのに、それを得る事は
人間の目を使っている限り、できないのです。
最大500mもズレたら、どう考えても当たるか当たらないかは運になります。

ちなみに通常、戦艦の主砲の射撃は最初の着弾の水柱の位置を見て、
20m奥、いや手前、という感じに砲撃を調整して行き、命中弾を出します。
が、着弾がどれだけズレたのかを知るのに、
その正確な距離がわからないんじゃ調整のしようがありません。

そもそも水平線を越えてしまう25q以上の相手には
砲弾が手前に落ちたのか、行過ぎたのかもわからん、
というのはまた後で見て行きます。

どれほど砲撃が優秀でも、そもそも指示された目標までの距離が
これだけ違ってしまっていたら、当たる訳がないと考えていいでしょう。
繰り返しますが、命中するかどうかは、完全に運となります。

で、ここら辺りの問題を一気に解決してしまうのが
射撃管制レーダーなんですが。

とりあえず、
測距儀で計測した距離の数字で照準を決めてやる長距離砲撃は
いろいろ厳しいから、やめたほうがええよ


が今回の結論となるわけです(笑)。
少なくとも、レーダー無しで35q以上の遠距離砲撃なんて、
弾をドブに捨てるようなものとなるでしょう。


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