■己の目を信じるしかないのだ
では、砲撃前の照準に必要な目標の計測、
つまり方向、距離をどうやって測るのか。
方位は相手が見えてるなら目で見て、
(海上で何十キロも先がはっきり見える日は貴重だと思うが)
そちらに主砲を向けてやればいいでしょう。
が、距離はどうなのか。
海の上を走ってメジャーで測るわけには行きませんから、
なんらかの解決策が必要です。
この点についてベストな対策は、レーダーです。
これは電波が目標から反射されて返って来る時間を計ることで、
極めて正確にその距離がわかります。
(光の速度は常に一定だから計算で求められる)
21世紀においても、これがベストな回答となっています。
レーダーと言うと、遠くの目標を発見するための警戒装置、
という印象がありますが、実際は正確な射撃照準装置としての
存在も極めて重要です。
この点は21世紀の海だけでなく、空の兵器でも同じとなってます。
例によって本題からズレちゃうので深入りはしませんが…
もう一つが測距儀(そくきょぎ)と呼ばれる肉眼で目測する装置です。
大雑把に言うなら三角測量と同じ原理、
左右の視角差から三角関数を使って距離を測るものです。
この原理は後ほどイヤンと言うほど見ますので、
ここではとにかく目で見て目標までの距離を測る装置だ、
という点だけを理解して置いてください。
さて、よく知られてるように日本海軍はまともなレーダーの
開発運用にはほとんど成功してません。
一部で使っていたのは事実ですが、アメリカやイギリスの
運用から比較すると児戯にも等しい、趣味のレーダーな世界でした。
では、レーダーを使わず、目で見て照準するとどうなるのか、
を少し考えて見ましょう。
白い枠で囲まれたのがアメリカの戦艦、
アイオワ級に積まれていた主砲射撃管制装置。
ちなみにその手前、お椀型レーダーアンテナが載ってるのは
対空射撃の方の管制装置。
アイオワ級は戦後に大幅改修されてますが、
主砲の管制装置はほぼ第二次大戦時のまま残されています。
その左右に張り出した箱状のもの、これが測距儀で、
両脇にある覗き窓(実際は望遠レンズ)の奥に鏡があり、
それを真ん中の射撃管制装置で覗いて距離を測るようになってます。
ここら辺りの詳しい説明はまた後ほど。
戦艦の主砲射撃はとにかく数を撃って、そのうち何発か当たればラッキー
という世界になってゆくので、一つの目標に対し、
その戦艦の全砲門を集中させるのが基本です。
それに加えて照準の問題もあり、通常はこういった射撃管制装置が、
全砲門の射撃を制御し、目標までの距離と方位の測定をやってました。
(ただし目標の選定、射撃の際の引き金を引く、といった判断は
艦橋上部にある戦闘指揮所の指揮官がやる)
で、大戦開始直後から本格的な射撃管制レーダーを運用していた
アメリカ海軍ですから、当然、レーダーも標準で装備されており、
上に乗ってる楕円の筒上の物体が射撃管制レーダーですね。
ただし、これは終戦直前、あるいは終戦後に搭載されたタイプのレーダーですが。
測距儀が日本海軍の戦艦に見られるような巨大なものではないのは、
アメリカではレーダーが主で、
測距儀はその保険のような存在だったからでしょう。
本来、測距儀は長いほど精度があがるので、
戦艦主砲級の距離で使うなら、10m前後の長さは必須ですが、
アイオワ級のものはそれより短くなっています。
(上のレーダーとの比較で推測すると約8m)
対して、日本の戦艦は測距儀が主であり、
まともな射撃管制レーダーはほぼ最後まで投入されませんでした。
このため、その測距儀は極めて巨大です。
有名な戦艦大和&武蔵の15m測距儀。
艦橋テッペンのカンザシのようなアレです。
これも後で説明しますが、測距儀は基本的に長い方が精度が上がります。
目標の“点”を捕らえて砲弾を送り込まねばならない戦艦主砲の砲撃においては、
なにより距離の精度が必要になるため、これだけ巨大なものが必要だったのでしょう。
それでも意味が無いよ、というのが今回のお話なんですけどね(笑)。
ちなみに測距儀の上にあるのはレーダーのアンテナですが、
その精度はせいぜい対空警戒レーダーとするのが限度で、
射撃管制レーダーとして使うのはかなり困難だったでしょう。
大型の戦艦、空母が相手なら、ある程度は使えたかもしれませんが、
とりあえず実戦では全く役に立ってません。
この目で見て目標まで距離を測る、という日本海軍の
ハートフル兵器にはいくつか、弱点があります。
■夜はダメ 雨が降ってもダメ(笑)
当たり前ですが、目で見て距離を測るので、見えなければアウト。
夜間はもちろん、雨が降ってる場合、おおよそ視界は3〜5km付近まで落ちますから、
(信じられないなら雨の日の海に行ってみてください)
20〜30km先の相手を目視する事は不可能です。
よって主砲の射程距離が何kmあろうと、照準不能であり、撃てません(泣)。
逆にこの時、相手がレーダーを持ってるなら、
見えない距離から砲撃されてタコ殴りとなります。
そして、日本海軍は実際にこの悲劇を経験する事になるのです。
■空気が澄んでないとダメ 煙幕はやめて(涙)
通常、晴天時では10km前後の視界が確保されますが、
なにせ水の上ですから、気温が上がれば水蒸気が出てきて視界は遮られます。
(光は水蒸気で拡散されて直進できない。つまり届かない)
冬の朝などに、夏場には見えない遠距離の山が見えたりするのは
光を拡散させる水蒸気が少ないく、視界が効くからです。
逆に夏の水蒸気ムンムンの状態では
遠くは霞んでよく見えなくなってしまいます。
海面上、しかも太平洋南部で活動することが多かった
日本海軍にとって、清純な乙女の心のように澄んだ空気は貴重、
かつある意味必須と言う結構厳しい状態なわけです。
ちなみに、前回少し触れたサマール沖海戦で、栗田艦隊の大和艦橋から、
アメリカの護衛空母部隊を35km前後の距離で発見したのは午前6:50前後、
まだ水蒸気の発生してない、朝の澄んだ空気の中でした。
(天候は曇り)
そして、もし視界が効いても、煙幕を張られたらおしまいです。
ホントにどうしようもありません(笑)。
そんなバカな、という感じですが、レーダーがないと、
そんな前時代的な対策で、戦艦の主砲は無力化されます。
(距離も方位もわからないなら、未来永劫当たりっこない。
そんな兵器はどんなに破壊力があっても怖くない)
■精度の問題
これが最大の問題なのですが、この点は次回、詳しく考えます。
といった感じで、今回はここまで。
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