■航空戦力の破壊力


さて、話を戻します。
まず祥鳳が受けた命中弾数を特定する必要がありますが、
戦闘詳報についてる図によると以下の通り。
(戦史叢書の図はこれを清書したもの)



■引用元: 
「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08030581300、昭和16年12月1日〜昭和17年5月7日 
軍艦祥鳳戦時日誌戦闘詳報(防衛省防衛研究所)」より
画像の明るさを調整して必要部分を切り抜いてます。



読み取りにくいですが(戦闘詳報によってはもっとヒドイのもあるんでガマン)これによると

爆弾:13発命中
魚雷:7発命中


とされてます。
ちなみに爆弾や魚雷の横の数字が命中した順番で
アラビア数字のが爆弾、漢数字なのが魚雷です。

煙のような印はここで敵機を撃墜した、というもので、
祥鳳は4機の撃墜を主張してます。
ちなみに4機というのは対空砲によるもののみで、
空中戦も含めると9機を報告しており、後で見るように祥鳳だけで
アメリカの全損失を超える撃墜を主張してる事になります。
いわゆる“戦果報告最低でも2倍の法則”ですね。

で、その被弾を見てゆくと、
先に書いたように後部エレベータ前に最初の爆弾が命中、
さらに右舷艦尾に最初の魚雷が命中してるのがわかります。
この辺りまでの記録はおそらく正確でしょう。

さらに図だと艦中央右側に敵1機の自爆突入機があったとされますが、
先にも書いたようにアメリカ側にその記録はありません。
もっとも撃墜された機体の内、2機がその最後を目撃されてませんので、
これが突入してる可能性はありますが…。

が、それでも他に資料が無いので、この数字を採用して、
アメリカ側の攻撃の命中率を考えましょう。

命中率=命中弾数/攻撃に投入された機数

が夕撃旅団ルールですから、まずアメリカ側の戦力を再度確認するとこんな数字でした。

●USSレキシントン

 雷撃隊(艦攻)/VT-2

12機 

 急降下爆撃隊(艦爆)/VB-2

16機

 偵察爆撃隊(艦爆)/VS-2

11機+1機

 戦闘機隊/VF-2

9機

 

 計49機


●USSヨークタウン

 雷撃隊(艦攻)/VT-5

10機 

 急降下爆撃隊(艦爆)/VB-5

7機

 偵察爆撃隊(艦爆)/VS-5

17機

 戦闘機隊/VF-42

8機

 

 計42機


SBD急降下爆撃機はVS、VB合わせて全部で52機。
同じくTBD雷撃機は22機。
命中数をこの数で割ればいいわけですから、

●急降下爆撃命中率 
13÷52=25%

●魚雷命中率
7÷22=31.8%

両者とも軽く20%を超えており、優秀、といっていい命中率ですね。
さらに言うなら、先に書いたように、実はもっと当たっていたのでは疑惑もありますし。
ちなみにアメリカ側の戦果報告を見て置くと、

USSレキシントン攻撃隊の報告

・500ポンド爆弾 3発以上命中 
・1000ポンド爆弾 16発投下 6発命中 さらに2発命中の可能性あり
・魚雷 12発発射 9発命中

USSヨークタウン攻撃隊の報告

・1000ポンド爆弾 24発投下 14発命中(内祥鳳13発)
・魚雷 10発発射 10発命中(笑)

USSヨークタウン急降下爆撃隊の最後の1機は祥鳳に爆弾を投下せず、
軽巡(漣の誤認)を攻撃、撃沈した、としてますから
祥鳳に命中した、と主張されてるのは計13発になってます。

両艦を合計すると祥鳳に対して
500ポンド爆弾は3発以上(日本側記録0発:最初の攻撃で被弾は無い)
1000ポンド爆弾は19発以上(日本側記録13発)、そして魚雷は19発(日本側記録7発)
それぞれ命中となっています。

最初の12機の過大申告(500ポンド爆弾を落とした連中)
を別にすると、急降下爆撃隊は比較的控えめに(19発:日本側記録13発)
その命中数を申告してます。
特にUSSヨークタウンの記録は日本側の過小評価疑惑もあり、
かなり正確な数を申告してる感じがしますね。
ただし、連中はやってない軽巡撃沈まで報告してしまってますが…。

対して雷撃の報告は滅茶苦茶で(笑)日本側のカウントミスを考えても、
恐らく倍以上の命中弾を申告してると思われます。
ここら辺り、急降下爆撃よりも雷撃の方が命中確認が困難なのでしょうか。

ついでに祥鳳の戦闘詳報では敵は25番程度(250s程度)の爆弾と同時に
焼夷弾を投下、とありますが、アメリカ側に焼夷弾搭載の記録はありません。
おそらく500ポンド(約454s)爆弾と同時に投下された小型爆弾、
116ポンド(約52.6s)爆弾を見間違えたのだと思われます。

後はその損失を確認しておく、というのが夕撃旅団ルールですから、これも見て置きます。

損失の数字は各艦の報告書では、イマイチわかりにくいので、
USN Overseas Aircraft Loss Listで確認を取りながら数えてます。
ちなみに5/7損失機数 その1、としたのは、
この日の夕方に、空中戦だけがもう一度起きるからです。

●USSレキシントン 5/7損失機数 その1

 TBD雷撃機  0機
 SBD急降下爆撃機  2機
 F4F 戦闘機  0機


●USSヨークタウン  5/7損失機数 その1

 TBD雷撃機  0機
 SBD急降下爆撃機  1機
 F4F 戦闘機  0機

すなわち全損害はSBDの3機だけ、という事でして
極めて少ない損失で済んでるのだ、というのに驚いてください。

ちなみに日本側による撃墜報告は以下の通り。

●護衛艦隊 撃墜確実:8 不確実5 合計13機
●祥鳳 対空砲 撃墜:4 戦闘機 撃墜:5 合計9機

すなわち22機の撃墜を報じてます。
実際の戦果(3機)の7倍以上であり、まあ、剛毅ですね(笑)。
もっとも、この傾向は世界中の軍隊で見られるもので、
各種報告書は常にこの点に注意して読む必要があります。

USSレキシントン攻撃隊の損害の内、1機は戦闘機による撃墜で
水面に激突するのが僚機から目撃されてます。
1機はおそらく対空砲火でエルロン(補助翼)が効かなくなり、
機体の不調を連絡してて来た後に行方不明になったもの。

USSヨークタウンのSBDは攻撃終了後、
敵戦闘機に襲われて散開した後、見えなくなったとされてますので、
これも戦闘機によって撃墜された、と見ていいでしょう。

となると3機の内2機が戦闘機による撃墜、
対空砲火の戦果と見られるのは1機だけ、という事になります。

さらに、この戦いでアメリカ側のF4F戦闘機の損失はゼロであり、
対して後で見るように、日本側の戦闘機の損失は3機でした。
アメリカ側は2機の戦闘機の撃墜を申告しており、
戦闘機同士の空中戦があったのは間違いありませぬ。
よって戦闘機の損失に関しては、はっきり日本側の負けと見ていいでしょう。

ついでに両艦とも雷撃機までが損失ゼロ、というのには注目してください。
珊瑚海第2ラウンドとなる翌日8日の戦い、そしてミッドウェイの戦い、
それぞれで日米ともに大損害を受ける雷撃部隊が、
この日のアメリカ側に限っては損失ゼロだったのです。
これは異常とすら言える数字でしょう。

実際、同じ7日の攻撃でラバウルから飛び立った一式陸攻12機が
例のアメリカ別動隊TG17.3を雷撃した時の被害は悲惨なものでした。
この攻撃で撃墜:4機、大破:3機と半数(50%)以上が失われてます。
その上、先にも書いたように、日本側の戦果はゼロでした。
(もっともこの空襲において日本海軍は先にも書いたように
戦艦×1、重巡×1 撃沈、さらにイギリス戦艦×1大破を報告してる。
繰り返すが、実際は1発の命中もなく、もちろん沈んだ艦なんてない)

航空援護がない巡洋艦と駆逐艦だけの艦隊に対してでも、
対空砲火だけで、これだけの損害が出るのがこの当時の雷撃隊なのです。
低空で目標の至近距離まで接近、魚雷発射後は
敵艦をかすめて逃げる、という作戦運用では当然ともいえますが…。
そんな雷撃隊が、全くなんの損失もなしに空母を一隻沈めてしまってます。
異常事態だ、という他ありませぬ。

さらに単純に全被害 ÷ 全出撃機数で見ると、3÷91=0.0329…であり、
この時のアメリカ側の損失率はわずかに約3.3%にすぎません。
これは完全に不意打ちだった真珠湾の時の日本側の損失、
第一次隊約5%より、さらに低いのです。

…なんだそりゃ(笑)。
数ある海戦の中で、まれに見る圧勝と言わざるを得ません。

どう考えても、臨戦態勢で待ち構える敵艦隊、
さらに小型とはいえ空母まで居る相手に
実現できる損失率ではなく、どうも日本側の対空防御は
極めてお粗末だったとしか言いようがありませぬ。

もっとも日本海軍としては、生まれて初めて敵の艦載機から空襲されたわけで
どうしていいんだかわからないまま戦闘が終わってしまったようにも見えます。
さらに祥鳳はこれが事実上の実戦デビューでしたから、
その辺りの要因が重なってしまったんでしょうか。
だとしても、あまりにヒドイ、というのは否定できないのですが。

さて、お次は日本側のこの日の朝の攻撃と比べてみましょうか。
日本側に雷撃機(魚雷)の出撃は無いので、急降下爆撃のみの比較です。

■MO機動部隊(五航戦)

 攻撃参加機数  99艦爆 36機
 損失&損失率  99艦爆 1機 約2.7%
 命中弾  USSネオショー 7発 USSシムス 3発
 命中率(命中弾/出撃機数)  約27%


■第17空母機動部隊(TF17)

 攻撃参加機数  SBD艦爆 52機
 損失&損失率  SBD艦爆 3機 約5.8%
 命中弾  祥鳳 13発
 命中率(命中弾/出撃機数)  約25%

といった感じになります。
全く別の場所で戦われた戦いですが、両者とも似たような命中率、
すなわち出撃した機数に対する命中弾数になってるのが興味深いところです。

全体ではなく、急降下爆撃機だけの損害の数字を見るとアメリカ側が約2倍ですが、
日本側は駆逐艦一隻と給油艦が相手だったのに対し、
アメリカ側は完全に迎撃態勢を取っていた重巡×4、駆逐艦×1、小型空母×1
が相手なんですから、明らかにアメリカ側の方が優れた数字です。
雷撃機隊は損失ゼロでしたし。
(日本側は全攻撃機の機数を意味するのに、アメリカ側は雷撃機が母数から引かれるのに注意)

となるとアメリカは極めて低い損害、日本側が給油艦と駆逐艦しか沈められなかったのと
ほぼ同じ人的、物的コストを支払っただけで小型空母一隻と
その艦載機を沈めてしまったことになります。
この後、珊瑚海開戦の2日目、そしてミッドウェイと見てゆくとわかりますが、
こんな低い損害コストで、小型艦とはいえ、空母を沈めてしまうというのは
やはり異常事態のような圧勝としか言いようがありませぬ。
近代海戦史上、まれに見る、一方的な戦いだったと言っていいと思われます。

こんな事になった原因としては祥鳳から全く艦載機が発艦しなかったという
例の謎の1時間38分現象が最大のものです。
が、同時に護衛に付いてた重巡4隻に駆逐艦1隻が全く何の役にも立ってない、
という事実を見逃してはならないでしょう。
アメリカ側の報告書では、その存在は
ほぼ無視されてるような印象すらあり、全く脅威となってませんでした。

とはいえ、なにせ人類初体験の戦いですから、
さまざまな錯誤はあって当然です。
この辺りの原因をしっかり究明して、以後に生かせれば、
敗北の損失を少しでも取り返す事になります。

が、私が調べた範囲では、この辺りの原因をキチンと究明した形跡はなく、
護衛艦艇の対空戦闘能力に、この段階で疑問を感じた様子もありませぬ。

失敗はそこから学習して次以降の行動に活かすことで挽回できるのですが、
これを放り出しておくだけでは、
損失が増えるばかりで得るものがありませぬ。
その先に待っているのは、確実な滅亡でしかないわけです。


NEXT