■豊かな脱線が豊かな知性を築くと主張しておく


さて、今回は珊瑚海海戦 第一ラウンドの大錯綜の内、
アメリカ側の攻撃、すなわち日本の改造空母、
祥鳳が沈むまでを見て置きましょう。

…が、その前にちょっと興味深い写真を
アメリカ海軍歴史センターで見つけてしまったので、
さあ脱線だ、へい合点だ。


■Image credits:Official U.S. Navy Photograph,
now in the collections of the U.S. National Archives.
Catalog #: 80-G-640553


日付は不明ながら珊瑚海海戦直前、4月に撮影されたとされるUSSホーネットで、
発艦した雷撃機TBDの後部席からの撮影。
こうして見ると、空母がいかに高い位置に甲板を持っているのかが見て取れるかと。
(2月撮影としてる資料があるが、周辺の艦からして海軍の写真脚注通り4月と考えるのが妥当)
ついでに、この画面比率、ブローニーフィルムの中判カメラで撮ってるような。
よく機体内に持ち込んで、この角度で撮影したなあ…。

USSヨークタウンの左手奥に見えてるのは艦影からして給油艦のUSSネオショー。
やはり、どう見ても空母と見間違えるシルエットじゃないと思うんですけどねえ…
さらにその奥に見えてるのは駆逐艦と重巡のようです。

ちなみにUSSヨークタウンは艦載機の発艦中なので
風上に向かって航行してるのですが、他の護衛艦は
完全に別方向に向かってるのも興味深い点。

空母が発艦のために回頭したからと言って
全艦隊がそれに付き合うわけじゃないんですね。
こういう現場では当たり前かもしれないけど、部外者にはよくわからん、
という情報は意外と記録が残ってないんですよ。

で、この写真はさらに興味深い点があるので、ちょっとアップにして見て置きます。



注目するべき点は矢印の2か所。

まずは左の矢印、艦橋前に置かれたF4Fワイルドキャット戦闘機から。
この機体後部が完全に甲板からはみ出してしまってるの、判るでしょうか。
これは落っこちる直前を偶然撮影したのではなく、アメリカ空母独自の係留方法です。

ここの甲板の下から横方向に支柱が飛び出していて、
これで甲板からはみ出した機体後部を支えてます。
飛行甲板上に載ってるのは主翼から前の部分だけなのです。
こうすることで飛行甲板を大きく開ける事ができ、
いちいち下の格納庫に収容しなくても発艦作業ができるようになります。
実際、甲板前部に機体を置いたまま発艦が行われているのが判るでしょう。

この駐機構造を使用した写真は意外に残っておらず、
ヨークタウン級でもホントに積まれてたのね、と今回初めて確認できました。
ちなみにこの機構が採用されたのはCV-4の中型空母USSレンジャー以降で、
CV-2 USSレキシントンとCV-3 USSサラトガに、これはありませぬ。

もう一つの注目点は艦橋上のマスト周辺。
何もない、というのがわかるでしょうか(笑)。
矢印の先にあるのは前部対空指揮所と見張台とされる場ですが、
それ以外に何もないのです。
が、多少なりともアメリカの軍艦の知識がある人にとって、
これは極めておかしな話なのですよ、サー。


■Image credits
# 80-G-312019. Official U.S. Navy Photograph, now in the collections of the U.S. National Archives.
Catalog #: 80-G-312018



対してこちらは、非常に有名な写真、USSヨークタウンが
ミッドウェイ海戦で、飛龍の急降下爆撃隊の攻撃を食らった後のもの。
(実際は複数枚の連続写真で、それぞれが単独でよく引用されてる)
注目は艦橋テッペンの矢印の先で、
何か四角い枠のようなものがあるの、わかるでしょうか。

これがアメリカ海軍標準装備の対空レーダー、CXAMレーダーのアンテナです。
個人的には魚焼き網型アンテナ、と呼んでますが、
アメリカ人はベッドスプリング アンテナと呼んだりしてますね。

で、再度上の珊瑚海開戦直前の写真を見てもらうと、このアンテナが見えないのです。
ちなみに、後で見る事になると思う珊瑚海海戦後、
修理のためドック入りした直後のUSSヨークタウンの写真でもこれは見えません。

となると、この2枚の写真を比べて驚くべきことは二つ。
まずはアメリカ海軍で最も早くCXAM対空警戒レーダーを搭載した
軍艦の一つとされるUSSヨークタウンなのに(1940年搭載とされる)、
なぜか知らんが珊瑚海海戦前後にはこれが外されてるらしい事。

そんな馬鹿な、と思ったんですが、改めて調べてみると、ミッドウェイ海戦以前の
USSヨークタウンの写真では、CXAMレーダーのアンテナが積んであるものを
見つける事ができませんでした。みんなアンテナが無いのです。
例えばこんな感じに。



これも1942年4月の撮影とされてますが、
上のミッドウェイ海戦の写真と比べると一目瞭然、艦橋の上に何もありません。
ちなみに手前で上に跳ね上げられてるのは対空砲の砲身ですが、
その奥に見えてる水平の2本の横棒は
例の外にはみ出した機体後部を支える支柱じゃないかと思われます。

あれまホントにアンテナないの、という感じですね。
1942年5月ともなると、ほとんどのアメリカ艦には対空レーダーがあったはずなのに、
なぜ、主力艦と言っていいUSSヨークタウンには積まれて無かったのか、完全に謎です。
それどころかCXAMレーダーを1940年に積んだのは本当なの?という気すらしてきます。
少なくとも明確にアンテナを確認できる写真は見つかりませんでした。
USSレキシントンだと、何枚か確実にレーダーアンテナを積んでる写真があるんですが…。

でもって驚くべき点、その2は珊瑚海の時に無かったレーダーを
、ミッドウェイの時に積んで居たとなると、これを搭載する作業ができたのは、
あの“奇跡の3日間”の大改修の時だけなのです。

となるとアメリカ海軍は珊瑚海帰りのUSSヨークタウンを大急ぎで修理して
ミッドウェイ海戦に送り出しただけでなく、
わずか3日足らずの補修で対空警戒レーダーまで搭載してしまった、という事になります。
ホンマかいな、と自分でも思いますが、それ以外の可能性は考えられないのですよ。
1942年のアメリカ海軍は、常に全力なのだ、という感じですね。
…なるほど、あの海戦でアメリカが勝つはずだ、と改めて思ったのでした。

はい、脱線終了(笑)。


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