■第八章 F-16への道


■そのコクピット

F-16はそのコクピットのレイアウトと、操縦入力装置においても従来の機体には無い革新的な工夫を多数採用してました。この点もちょっと見て置きましょう。

F-16から採用された30度後ろに傾斜して搭載されてるシート、右手の手元にあるサイドスティック式の操縦桿、そしてその操縦桿とスロットルレバーに多数のスイッチ類を取り付け、操縦中に手を離さずに操作できるような設計、などなど、その多くが後の機体にも引き継がれました。さらに機体の中ではなく機体の上に乗ってる気がする、とされる視界のいいコクピットと併せ、まさに革新的な機体となったのです。
ただし、これらは狙ってやった部分より、現実的にそうするしか無かった、という面も多かったのでした(笑)。この点も確認しておきましょう。



F-16の操縦席。
写真が白っぽいのはこのすぐ横にバーベキューの屋台が出てたからで筆者の責任ではありませぬ。
さて、F-16では機首下に空気取り入れ口を持ってきたため、ご覧のように機首部の上下幅が極めて狭い、つまり底の浅い構造になってます。よってこの位置にコクピットを造ると、いくつかの制約が出て来るのです。



F/A-18のコクピット部とその下の胴体部分を上のF-16と比べるとこの辺りがよく判るでしょう。コクピット直下が機首下面なため、座席がかなり高い位置に傾けて置いてあるF-16と、十分な厚みがあるので普通に胴体内に座席が埋め込まれてるF/A-18というのを見てください。

この機首部の底の浅さから、F-16の操縦席はかなり高い位置に置かれ、ここから「機体の上に座ってるようだ」とされる極めて視界のいいコクピットが産まれる事になります。さらにこの底の浅い部分に収めるため、シートは30度後ろに倒して搭載される事になりました。F-16のパイロット座席が後ろに倒した状態で搭載されてる(リクライニングでは無い。シートそのものが30度傾けて搭載されてる)のは、パイロットの快適性を追求したからではなく、場所が狭くて普通には搭載できなかったからです。

結果的にこれがリラックスした姿勢を生み、ほとんど360度が見渡せる、とされる高い座位置と視界のいいキャノピー(天蓋)と併せ、新世代の戦闘機を印象付ける事になったわけです。が、これは結果的にそうなってしまった、という部分が大きいのでした。なのでこの座席の傾きは高G旋回時のパイロットへの負担を減らす、という目的で造られたものではありません。

ただし、これによって旋回中の加速度(G)で生じる垂直下方向の力のベクトルが分解されるのもまた事実で、30度なら三角関数不要で暗算ででるように(√3÷2)約13%ほどパイロットが受ける垂直方向の力は弱くなります。これは高いGなら意外に大きな影響があり、かなりきつい旋回となる7G以上だとほぼ1G近く力は小さくなるのです。よって体が感じる負担はそれなりに軽減されます。

ただし、それは垂直方向に感じる力が小さくなる、背骨の負担が小さくなるだけの話で、高G旋回で問題になるブラックアウト(視界の喪失)、失神などは頭部への血液の流量の問題ですから、話は別です。血液は心臓のポンプとしての力だけでなく、毛細管現象なども使って肉体の細部に血を送り込んでますから、どの方向であれ、7Gとかの強烈な力が体にかかると(体重が7倍になったに等しい)これが上手く行かなくなります。実際、高いGを掛けて空中戦をやった後、地上に戻るとパイロットの体のあちこちに毛細血管が破れたらしい内出血(あざ)が出来てるそうで、血管の問題を考えるとこの辺りはそう話は簡単ではないでしょう。少なくとも背骨の負担は小さくなるけど、ブラックアウト、失神などの防止までは期待できるか判らない、という所だと思われます。

そして、もう一つの革新的な工夫、床から生えてる操縦桿ではなく、右手下のスティック式操縦桿にしたのも、実はこのコクピットの狭さが理由の一つでした。
開発責任者、例のヒルカーによればF-16世代から搭載が始まった大型モニター類を置く場所が無く、この結果、操縦桿を操縦席の横に移動、しかも手首だけで動かせる小型のものに変えてしまったのだとか。当然、これはフライバイワイアだったからこそできたものです。



F-16Aの操縦訓練用装置。
空軍博物館の展示用なので座席は外されてしまってますが、その設置場所が30度後ろに傾いてるのは判ると思います。
右手側にあるスティックが操縦桿で、武装類などのスイッチがここに集められ、飛行中に手を離さずに操作できるように工夫されています。この方式の操縦桿は以後のアメリカ空軍戦闘機の標準となり、F-22、F-35でもこの形態になってます。
ちなみに後にフランスのラファールが、この形式を採用しましたが、他のヨーロッパ系、ロシア系ではそれほど採用例がありません。

そして脚の間から操縦桿が消えた事で、そこに大型の計器類を置く場所が出来たのも判るでしょう。
ちなみこの緑色のはレーダーモニタ。後にいわゆるグラスコクピット、計器類がコンピュータディスプレイ表示のものに進化すると、ここには水平儀などが置かれるようになります。余談ですが、計器類はなんでもかんでもデジタル化してヘッドアップディスプレイに投影すればいい、というものでは無いそうで、戦闘機パイロットの人の話によると、どっち向いてるかで直感的に読み取れる指示器のような計器は従来のままの方がいいそうな。

さらにF-16では天蓋(キャノピー)と風防(ウィンドシールド)を一体化し、前方視界をさえぎるものは全く何も無い形状のものにしました。上の写真でもわかるように、F-16は上に跳ね上げたキャノピーが前部まで一体化され、なんら視界を遮るものがありません。対してYF-17にルーツを持つF/A-18では旧来の前部風防と、その後ろの天蓋に別れた構造になっているのです。
この視界の優れた風防はF-22にまで引き継がれましたが、F-35では一体型キャノピーのままわざわざ枠を前部に付けてしまいました。これの理由は私には全く想像がつかないのですが、前に開くという変な構造と併せ、なんらかの妥協の産物だとは思います。まあ、ホントのところは知りませんが。

とりあえず、後で見るようにステルス機に取ってコクピットは最大の鬼門で、できれば無くしたいくらいのものなのです。それでも果敢に視界確保に行ったF-22、はなっからあきらめて後方視界を捨てたF-35、それぞれが実戦投入された時、特に下後方からミサイルで追いかけられた時、その是非が問われる事になると思います。

といった辺りで今回はここまで。

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