■第八章 F-16への道


■翼型を変える可変翼

もう一点、主翼に関して案外気が付きにくい、それでいてF-16ならではの技術革新が主翼の動翼構造です。これも後に機体に大きな影響を与えてますから、こちらもちょっと見て置きましょう。

F-15世代までの戦闘機では普通に分かれていたフラップとエルロン(補助翼)がF-16では一枚のフラッペロン(フラップ+エルロンでフラッペロン)に統合されてしまってます。
これはフラップが使えない無尾翼デルタでは普通の構造でしたが(重心のはるか後ろから機体を持ち上げると機首が持ち上がらなくなるからフラップは使えない)、普通にフラップが必要となる尾翼付きのデルタ翼では極めて異例の事でした。このフラッペロンと主翼前にある前縁フラップが連動してF-16は離陸し、旋回し、そして着陸します。

…と、文字だけで説明しても訳が判らんと思うので、少し詳しく見て置きましょう。



とりあえず、従来の主翼後部の動翼はこんな感じに二分割となっています。写真はF-5E。
胴体側に付いたフラップは高揚力発生装置で、離着陸時にこれを下げて主翼の揚力を強くします。そんな便利なものなら常に下げておけばいいじゃん、と思ってしまいますが、揚力は常に抵抗力を生みますから、大きな抵抗源にもなるため飛行中は使えませぬ。離着陸時専用です。逆にその抵抗力を利用し、着陸時にはこれをブレーキとして減速にも利用します。

もう一つ、主翼の外側にあるエルロンはフラップ同様、下に下げれば揚力が上がりますが、こちらは上側にも跳ね上がる構造になってます。上に跳ね上がれば主翼上面の気流の流れを妨げますから、これは揚力が落ちる事になります。
飛行中に旋回に入る時は、これを左右の翼でそれぞれ逆に動かすのです。例えば左翼ではこれを下げて揚力を上げ、右翼では逆に持ち上げて揚力を下げます。するとどうなるか。簡単な図で説明しましょう。


当然、左翼は揚力が増加して持ち上がり、右翼は逆に揚力が低下して下がります。
となると、機体の進行軸(左右の重心点を経て胴体の前後を貫く直線軸)を中心に機体は右に傾きます。
そして主翼の揚力は常に機体の上方向(主翼に対して垂直方向。ただし厳密には少し後ろに向く)に働いていますから、機体が傾けば揚力の向きも傾き、機体は右斜め方向に引っ張られます。
この結果、以後は直進しないで、右方向に曲がって行きます。この時、水平尾翼の昇降舵(エレベータ)を移動方向に合わせて動かせば、機体は右方向に向けて旋回に入るわけです(キチンと旋回するなら垂直尾翼の方向舵も調整する)。これが基本的な航空機の曲がり方です。

粘性の低い大気中の航空機は水上の船のように舵だけでは曲がれません。なので機体を傾けて主翼の揚力の向きを変えて旋回に入る必要があるんですね(垂直尾翼の方向舵を曲げても機首の向きだけが変ったまま前方に横滑りしほとんど曲がれない。さらに主翼が進行方向に対して斜めを向くので予期せぬ失速が起きやすくなる)。

そこでエルロンで左右の翼の揚力差を生じさせ、機体を傾けるわけです。大型の旅客機などでは主翼上面にスポイラーと呼ばれる板を立てて気流を遮り、さらに揚力を落す機体もありますが、基本的にはエルロンが主となります。ちなみにエルロンが主翼の外側にあるのは、テコの原理で、重心点より遠くにある方がより小さな力で機体を回転させられるからです。細かい例外はあるんですが、普通の航空機は基本的にはこの構造で飛んでいます。

余談ですが、これと似たような状態になるのが翼端失速です。後退翼や強いテーパー翼など翼端部の揚力が低い主翼で起きやすく、片側の翼の先端部が突然失速して揚力を生まなくなる現象です。
これはエルロンを上げて揚力を低下させるのと似た効果を生みます。よって失速しなかった方の主翼の揚力が強くなり旋回に入るように機体がグルっと回転、さらに気流が剥離しますから失速した側のエルロンのコントロールが効かなくなります。つまり即座にはどうしようもありません。
困ったことに高迎え角を取る離着陸時にこれは起きやすく、そんな低高度でこんな回転が突然起きたら地面に激突、墜落するしかありません。航空機で翼単失速が恐れられるのはこの予期せぬ回転(ロール)と操縦不能に巻き込まれるからです。
ちなみに戦闘機などの急旋回をする機体だと、その高迎え角でも翌端失速が起きてしまう事があります。この場合、速度と高度に余裕があれば回復は可能ですが、それに失敗するとスピンに入って墜落、となります。

さて、このように無尾翼デルタなどの特殊な例を別にすると、直線翼、後退翼、尾翼付きの短かいデルタなどの主な主翼が全てこの構造、機体の内側にフラップ、外側にエルロンを持っていました。
が、F-16ではこれをやめ、主翼後部にあるのはフラッペロン一枚だけにしてしまってます。





写真のようにF-16の主翼後端部にはフラッペロンが一枚あるだけです。
ただし主翼の前縁部に主翼全幅に渡る長い前縁フラップが付いていて、F-16ではこの二つの動翼の傾きを調整する事で主翼で生じる揚力を変え、機体を傾けて曲がったり離着陸時の揚力を稼いだりします。この辺りをざっと図にするとこんな感じですね。


 
上の従来型の主翼のようにエルロン(補助翼)を上げ下げして、左右の主翼の揚力の変え旋回に入る、あるいはフラップを下げて離着陸時の揚力を稼ぐ、といった構造ではなくなり、主翼の前縁部にある前縁フラップとフラッペロンを連動して動かし、主翼のキャンバー(曲がり)を変えて発生する揚力を調整しているのです(一般にキャンバーが大きい方が揚力は大きくなるが抵抗も増大する。よって低速時は大きなキャンバーの主翼が、高速時には小さなキャンバーの主翼がそれぞれ有利になる)。離着陸時のように強い揚力が必要なら両翼の前後動翼を十分に曲げて揚力を稼ぎ、旋回に入る時はこれを片側の翼だけでやる事になります。
この動翼システムは翼型、つまり翼の断面型とその揚力を自在に変形させる可変翼、という見方もできるでしょう。


■Photo:U.S. Air Force photo by Staff Sgt. Joshua Turner

ちょっと判りにくいですが、離着陸時のF-16の主翼。向かって右の翼を見てもらうと、前縁フラップと後部のフラッペロンが同時に下がってるのが判ります。
ただし後部フラップと前縁フラップで同時に揚力を稼ぐ機体は以前からありました。が、F-16以降のフライバイワイア機では、この角度がしょっちゅう細かく動いて、常に揚力調整をしながら飛んでいるのです。従来の機体のように固定された角度でフラップ下げて着陸離陸、という単純な動作にはなってません。ここら辺りはパイロットが操作してるわけでは無く、次回に解説するフライバイワイア制御によります。
(地上滑走中はほとんど動かないが、離陸時の浮いた直後、あるいは着陸直前までウネウネ動いてる)


■Photo:U.S. Air Force photo by Staff Sgt. Jared Becker/Released

F-16で適当な写真が見つからなかったので、旋回における動翼の動きに関してはF-22で説明しましょう。
F-22の場合、後部の動翼が2枚分割に戻るのですが単純なフラップ、エルロンではありません。これも前縁フラップと連動して動き、主翼の左右の揚力を常に微妙に変化させながら、繊細な機動を可能にしているのです。

写真では向かって左の主翼(右翼)だけ前縁フラップが下がってる事がすぐに見て取れます。さらに水平尾翼と主翼の接点部分を見ると、これも向かって左の主翼(右翼)の後部動翼だけが動いてるのが判ります。つまり旧世代機でならフラップだった部分が飛行中に下がっており、その外側の動翼はそれよりわずかに浅い角度で降りてます。
こうしてこちら側の主翼の揚力を上げて機体を傾けて旋回してるのですが、従来の単純なエルロン制御とは異なり、3枚の動翼を微妙なバランスで動かして、極めて細かく主翼の揚力を調整してるのです。この動翼がウネウネ動きながら飛ぶさまはまるで生き物のようで、鳥みたいだ、とたまに思う事があります。
ついでに主翼(右翼)下面の影から、この機体の訳の分からん、複雑な主翼の平面型も見て取れます。ホントに未だに謎だらけで、いろいろ怪しいのです、この機体。

さらについでに空気取り入れ口が、ちゃんと高迎え角時における気流対策を取りながら(上に壁がある)キチンとステルス対策な形状になってるのも注意しといてください。ちなみにロシアの怪しいステルス機、スホーイT-50でもキチンと吸入気流対策をやっていて、空気取り入れ口を胴体下に持ってきてます。

ちなみに、この辺り、F-35では丸ごと投げ出しちゃった部分で、あの機体では普通に見る限りほとんど対策を取ってません。高Gを掛けた高速機動旋回なんて最初からやる気がないのか(地球上でやったら物理的な限界でエンジンが止まる)、それともアンドロメダ星雲辺りから来た秘密技術とかで大丈夫な設計になってるのか、私には判りませんが。
ちなみに中国のアレ、ことJ-20ステルス機もこの辺りは全く対策を取っておらず、あれはF-35相手ならこんなんで十分と考えた結果なのか、それとも中国4000年の秘密技術でもあるのか、これもよく判りませぬ。

この動翼システム(と次回に見えるフライバイワイア技術)によって、F-16以降の機体は従来の機体では考えられないような機動も可能にしました(F-15にはこういった機能は無いのに注意。あれはF-16、F/A-18、ミグ29、Su-27に比べると確実に古い技術で造られた戦闘機)。中でもF-22は特にいろいろ怪しい構造になっています。
ちなみにより新型であるF-35AとBでは、主翼後部の動翼はF-16と同じ単純な一枚フラッペロンに戻ってしまいました。そんな精密な戦闘機動なんて最初からやる気が無いのか、イスカンダルから来た秘密技術でそこら辺りは解決されてるのか、私は知りませんが。

さて、初期のF-16A&B型の動翼は以下のような動きをして飛行を制御していました。ちなみにF-16A&Bのデジタル フライバイワイア搭載以降の機体、及びC&D型はもっと複雑に動いてるようですから、これはあくまで参考程度に思ってください。図では左が前方になります。



■F-16 fighting falcon/Bill Gunston 著を基に作成

 
通常飛行時は当然、前縁フラップもフラッペロンも何も変化は無し、真っすぐな状態になっています。
ちなみにF-16では後部のフラッペロンだけでなく、前縁フラップまで上に曲がります。これにより前後とも少し上に持ち上げ主翼上面を平面に近づけてる事で例のスーパークリティカル翼断面に近い形状にでき、亜音速飛行時のマッハ0.7〜0.9あたりでの翼面上衝撃波の発生をギリギリまで防いでるようです(上の図で一番下の状態)。よくこんな事を考えたなあ、ともはや感動しますね、この辺り。

ついでに離着陸時に前縁フラップを下げるのはキャンバーを強くして揚力を上げるのと同時に、どうもコニカルキャンバーの効果も狙ってるように思います。実際、F-16のデルタ翼にはコニカルキャンバーは無く、これは前縁フラップでその代用ができるからでしょう。
そして旋回時には上のF-22の写真のように、左右どちらかの主翼の前後を曲げて揚力を上げ、逆に反対側ではそのまま、あるいは上に跳ね上げて揚力を下げて機体を傾けるわけです。

F-16以降の戦闘機では、F-22やF-35はもちろん、ソ連のミグ29、Su-27なども同じような動翼構造を持ちます。これらの機体はこの主翼前後の動翼を利用して、低速から高速、ゆるやかな旋回から急旋回、さらには、急上昇から急降下まで、それぞれに最も適した揚力を発生させる翼型に調整しながら飛んでいるわけです。
このため旋回中や宙返りの時のF-16の動画などを見ると、何かおかしくなっちゃったんじゃないかという位に頻繁に主翼の前後が動いてるのがわかります(この動きは単純に地上から見てるだけでは絶対に判りません。機上から撮影した動画とかで見てください)。

ちなみに、こういった動翼の活用が可能だったのは、F-16が本格的なフライ・バイ・ワイア、コンピュータ制御の操縦系統を採用した機体だったからでした。次回は、そのフライバイワイアについて見て行きましょう。


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