■第十章 ステルス機とF-22


■こっそりと見つからない技術

さて、今回から始まる最後の章ではアメリカ空軍最後の制空戦闘機、F-22に至る過程を見て行きます。
その中でも以後、世界の戦闘機開発に大きな影響を与えたのがステルス技術となります。とりあえずここから見て行きましょう。



忍び込み、ステルス(Stealth/
Stealの名詞型。あまり一般的な単語ではない)という呼び方をアメリカ空軍が始めたのは1980年代後半からでした。私が知る限りでは19862月ニューヨークタイムズの記事が最初です。先進戦術戦闘機(ATF)計画の責任者ピッチリロ(Albert Piccirillo)大佐が機体選定に関して寄稿した記事の中で「“忍び込み”技術が取り入れられるだろう(It would incorporate "stealth" technology)」と書いたのです。ちなみに先進戦術戦闘機(ATF)計画は後のF-22に繋がる新型戦闘機計画で、これについては後でまた詳しく見ます。

今では完全にカタカナ英語のステルスが定着しちゃったので仕方ないですが、日本語なら忍者戦闘機とかにしとけばよかったのにと常々思ってます。それ以前は決まった呼び名は無く、Low observable technology 低識別技術といった長ったらしい名称などで呼ばれてました。
これは敵の索敵レーダー、そして何よりベトナムで地獄を見た地対空誘導ミサイルの照準レーダーに捕らえられない、というのが主目的でしてたが、後にエンジンからの赤外線対策などまでその内容に含まれるようになります。が、ここでは初心に帰ってレーダー対策のみを取りあげます。そもそもそれが最大の目的でしたし。

■レーダーの基本

レーダーに見つからないようにするにはどうすればいいか、というのを知るにはまずレーダーとは何か、を知らなければどうしようもありません。なので最初にこの点について見て置きましょう。

レーダーは言うまでもなく電波による探知装置の事でRadio detection and ranging 、電波式測距探知機を意味します。英語でこの呼称が使われるようになったのは意外に新しく、ヨーロッパで第二次大戦が勃発した後どころかバトル オブ ブリテンの後、1940年代にアメリカ海軍がこれを本格的に使うようなってからです(正式名称に使われるようになったのはおそらく1941年から)。
それ以前、実用的なレーダー開発で先端を走っていたイギリスなどではRDF、Range and Direction Finding 距離方位発見器といった呼び方をしてました。
これは最高機密兵器だったので航空機用の無線誘導装置、Radio direction finder 電波方位発見器と似た名前にして本来の目的を隠す呼称でもありました。イギリスは戦車をタンクと呼んでいたように、こういった小細工が結構好きなんですよね。

レーダーは最初に電波をアンテナから打ち出します。その打ち出した先に何も無ければ電波は永久に出て行ったまま、対してその先に金属製の物体があればこれが跳ね返ってアンテナに戻ってくるため、そこに何か居るのが判る、というものです(厳密には水や岩石などでも反射するが私の知る限り水や岩石で造られた航空機はまだ無いから考えなくてよい)。極めて単純な図にしてしまうとこんな感じですね。


打ち出す電波は普通の連続波ではなく、モールス信号のようなぶつ切りになった非連続のパルス波です。これは短い電波でより正確な情報を得るためと同一のアンテナで送信と受信を行うためで、打ち出す電波の切れ間の時に跳ね返って来た電波を受信します。これで「その先に敵が居るかどうか」という基本中の基本の情報が得られるわけです。

そして電波は電磁波ですから光速で飛びます。よってその戻ってくるまでの時間から目標までの距離が判ります(速度×時間=距離 ただしレーダーの電波では往復距離なので1/2×光速×時間)。厳密には大気密度、そして含まれる水蒸気量によってわずかに電磁波は減速するのですが真空中を秒速299,792,458m で進む光速に置いて数百q 先の探知なら完全に誤差の範疇ですから無視できます。

これで目標の有無、そして目標までの距離が判るわけです。
ただし、Radio detection and ranging 、電波測距探知機の名の通り、レーダーで判るのはここまでです。つまり敵の方位、どちらに居るのかは原理的に計測ができません。つまり敵は居る、300q先だ、という事までは判りますが、ではどっちから来てるの?というのは判らないのです。よってその時アンテナが向いていた方向、反応があった時のアンテナの方位角度を読み取ってこれを求めるしかありません。が、ここで電磁波の指向性、拡散の問題が出て来ます。


電磁波は発振点から打ち出された後、必ず拡散します。つまり広がるのです。このおかげで一つのアンテナから出たTVの電波や携帯の電波を広範囲で受信できるわけです。
ところがレーダーで電波が跳ね返って来た向きを知りたい場合、その広がりによって戻って来た方向の絞り込みが極めて困難になります。上のような大きな広がりだと、この中のどこかに敵が居る、と判るだけで、厳密な方位の測定は困難です。それではミサイルの狙いをつける事はできませんし、友軍機をその敵の位置に誘導するのも難しいでしょう。しかも図では2次元なので三角形ですが、実際は三次元の円錐型(ただし正円ではなく楕円になる事が多い)に広がるので方位だけでなく高度も知る必要がある対空レーダーにおいてはこの拡散は極めて厄介となってきます。

そこでレーダにおいては下の図のように電波の指向性をなるべく高くして(強くする)拡散を絞り込む必要があります。電波の広がりが狭ければ、電波の戻って来た方向から目標の位置をより正確に絞り込めるからです。
では、どうするかというと基本的には周波数を上げればいい、という事になります。その点も少しだけ確認して置きましょう(ただし電磁波の振動を厳密に理解するには電磁気学、最後は量子力学まで必要になるので筆者の手に余る。よって深入りしない)。



電磁波には光子を媒介にした波ですから周波数(1秒間の変動回数)を持ちます。
単位はHz(ヘルツ)で、1Hzなら1秒間に1回の振動、1KHz(キロヘルツ)なら1000回の振動、1MHzなら100万回の振動が発生するわけです。その振動波の頂点から頂点までの幅を波長と呼び、これは当然、その周波数によって長さが変わって来ます。電磁波は光速で飛ぶので一回しか振動しない1Hzなら波長は299,792,458m(ただし真空中の場合) 、約30万qです。当然、振動が増える、周波数が大きくなるほど波長は短くなりますから、

1KHz(キロヘルツ) 299,792m 約300q

1MHz(メガヘルツ)   299.8m 約0.3q

1GHz(ギガヘルツ) 0.299m 約30p

となり、一般にギガヘルツ以上の波長をセンチメートル(cm)波と呼びます。ここで周波数が高くなると波長は短くなる、というのは覚えて置いて下さい。高周波=短波長です。

そして電磁波は波長が短いほど、つまり周波数が高いほど、指向性は高くなりその拡散は小さくなる傾向があるのです。よって方位の測定精度を求めるならギガヘルツ以上の電磁波が必要なのですが、第二次大戦中、ドイツはこれを発生させるマグネトロンの製造ができず、連合国のギガヘルツレーダーに大きな後れを取りました(日本とソ連とイタリアは問題外)。さすがに21世紀の現在は世界中で当たり前にギガヘルツレーダーが造られていますが。

だったらレーダーで使う電波は高周波であればあるほどいい、という事になりそうですが、困ったことに周波数が上がるほど(波長が短くなるほど)電波の飛距離は短くなり、障害物などの影響も受けやすくなります。TV放送がアナログからデジタルに切り替わった際に周波数はVHFからより高周波のUHFに変更されましたが、その時、従来の放送局から受信できる範囲が狭くなったのはこれが原因です。

この辺りの問題はレーダーの出力を上げればある程度まで解決できるのですが、そもそも高周波を発生させるには低周波より大きなエネルギー(電気)が必要なのでそう簡単ではありません。
また、電波の発振部、スロットの形状を工夫する事、そのスロットの数を増やす事、すなわちレーダーのアンテナの幅を大きくすることで同じ効果が得られるため、これも同時に行われますが、それでも全方位を見張る警戒レーダは回転が必要なため3m前後が限界となります(フェイズドアレイでも4面に同じ大きさのアンテナが必要となるのでやはり同じくらいのサイズが限界だろう)。すなわち高出力化とアンテナの大型化は必須となり、そう簡単に運用できるものではなくなります。そこまでやっても到達距離はより精度の低い低周波には及ばず、300q以上の距離を探知する早期警戒レーダーなどでは精度の高い高周波数は使えないと思っていいでしょう。

軍用レーダにおけるこの辺りの数字、すなわち周波数、ビーム幅(広がりの大きさ)、探知距離などは通常、機密の壁によって正確な数字は判らないのですが、一般的には長距離レーダーにはSバンド(2〜4GHz 波長10p前後)、より精度の高い射撃管制、ミサイルの誘導などに使う短距離レーダーにはXバンド(8〜12GHz 波長3p前後)以上が使われているとされます。

参考までに民間用の高性能Sバンドレーダー(長距離用レーダー)だと到達距離は220q以上、水平ビーム幅は2度前後なので、最大到達距離での誤差幅は約7q前後となります(おおよそtan 7°× 220q)。
この辺り、軍用レーダーはもっと出力が高いので到達距離はおそらく350q以上だと思われ、ビーム幅ももう少し絞れるはずです。あくまで推測ですが、最大距離でも誤差は10q以下じゃないかと思われます。これで誘導ミサイルを撃つのは不可能ですが、友軍機を誘導するならギリギリなんとかなる誤差レベルでしょう。ただしこの位の高周波数になると雨や雪、場合によっては霧の影響も受けるはずで、あくまで最もいい状態の場合、という感じですが。

ちなみにより近距離で高精度の測定を行う射撃管制用の高周波Xバンド(8〜12GHz 波長3p前後)レーダーは民間用だと到達距離は150q前後、3m級の大型アンテナを使えば水平ビーム幅は0.75度まで絞り込まれます。これは150q先でも2q以下の誤差、通常の地対空ミサイルの最大射程距である50q前後なら誤差650m以下、実際に接敵するであろう20q以下の距離なら誤差260m以下となります。軍事用はもう少し精度が上がってると思われるので十分に射撃管制にも使えるでしょう(ある程度まで接近したならミサイル側のレーダー(あるいは単なる受信部)に切り代えれば当たる)。

といった辺りがレーダーに関する必要最低限の基礎知識となります。


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