■第十章 ステルス機とF-22


■F-22のLERX対策

さて、F-22の飛行映像を見ると、大きな迎え角を取った時に主翼前部から盛大に水蒸気が発生、すなわち低圧の渦が生じて主翼の上面の気流の剥離を防いでるのが見て取れます。すなわち本連載ではおなじみのLERXと同じ効果が発生してるのですが、この機体にそういった構造物はありません。YF-23がやってるような機首部周辺にフチをつけてその代わりにする、というのも明らかに違います。
では、どうやって渦を生じさせているのか…といった点は当然これまた謎のままですが、大筋での推測は可能です。ここではその点を少し考えて見ましょう。


■U.S. Air Force photo by Staff Sgt. Stephany Richards/Released

まず、明らかにF-22が渦を発生させてるのが空気取り入れ口の上、少しヒサシのように飛び出した部分です。
ここは見ての通り薄い板状の構造になっておりLERXの役割を担ってるのが見てとれます。ただしステルス対策のため、この部分の後退角は主翼と完全に揃えられており、強い後退角を必要とするLERXの条件を満たしません。
それでも明らかにここで低圧部(すなわち渦)を生じさせてるのが確認できますから(低圧で温度が下がって飽和水蒸気量が減り水分が水蒸気が出現する)、間違いなくLERX的な効果をここで生み出しています。よって、なんらかの、現在に至るまでまだ情報公開されてない技術が使われているのだと思われます。

ついでに、もう一箇所、渦を生じさせてるのが主翼の付け根、前部動翼の付け根です。ここは明らかに意識的に段差が造られており、おそらく従来の犬歯翼(Dog Tooth wing)と同じような働きで渦を発生させ、これを翼面の気流剥離防止に利用してます(強いエネルギーを持った低圧の渦が主翼上を流れると周囲の気流を引き付ける(吸い込む)から気流の剥離は防げる。かつ低圧部自身が主翼を吸い上げる揚力となる。ただし抵抗もかなり大きくなるので強力なエンジンパワーが必須となる)。

この辺りをちょっとアップで見て置きましょう。ついでに背中の真ん中で開いてるのは空中給油口で、その手前に入ってる模様は給油機側から狙いをつけるためのもの。



空気取り入れ口の上部は先端が鋭く薄くなる刃物のような構造です。これは先端部を板状にするステルス対策であると同時に、LERX的な効果を狙ってると思われます。ただし後退角度がやや浅いのですが、この薄さでそれを補ってるようです。その後ろ、主翼に繋がる横部分も同様な構造を持ちますが、ここはほぼ直線であり、そういった効果は生じて無いように見えます。

その後ろの矢印部、主翼前の動翼付け根部の不思議な切り欠きも渦発生装置と見ていいでしょう。高い迎え角を取る時は揚力を稼ぐため動翼は下に下がりますから、ここに大きな段差ができ、これが犬歯翼のような働きをすると思われます。といっても、他に似たような構造を持つ機体がないので、ここら辺りも正確な動作原理とかははっきりとは判らないのですが。

ちなみに、こういった高迎角時の飛行性能向上についてもNASAのラングレー研究所が協力してますからLERXより新世代の新しい技術を採用してる可能性があるわけです。


■U.S. Air Force photo by Josh Plueger/Released

高迎え角時の低圧部、渦の発生状況。
空気取り入れ口の上で水蒸気が発生し、後ろに流れてるのが確認できます。同じように主翼の付け根と前縁フラップの間、すなわち主翼の前部動翼の付け根部分からも水蒸気が生じてるのが見て取れるでしょう。F-22ではこの二か所でF-16やF/A-18にあったLERXの代用をしてると考えていいと思います。

余談ですが、真ん中よりちょっと後ろの機体下部にチョコンと出っ張ってる小さな装置はランバーグ・レンズ式レーダー反射装置ですね(Luneburg lens radar reflector)。ランバーグ・レンズは電磁波を焦点に集中させて強める装置で、これを使って小型ながら十分なレーダー反射を発生させ、基地などのレーダーで捉えられるようにするものです(ガラスなどを使った光学式レンズでは無い。3次元格子状の金属製のボールが中に入ってる電磁波レンズ)。これでレーダーに映らないので管制官が指示できない、という問題を解決し、通常飛行時の安全性を確保する…というのは建前です(笑)。
実際は、レーダー反射を強めて弾き返す事でF-22本体のステルス能力を民間のレーダーなどで判断できないようにするためのもの、と考えるべきでしょう。F-22はF-117ほどのステルス性は無いので方向と距離によっては十分に民間のレーダーでも捕まえられると思われ、これを避ける、あれって実は見えるんだぜ、といった情報が出回らないようにするためのものだと思われます。

これはステルス性を必要としない飛行時には常に装着されており、レッド・フラッグなど実戦仕様の特殊な演習時の時のみ、取り外されます。これの有無で訓練の本気度がある程度判るのです。ちなみにこれは投棄可能で、増槽のように空中で投棄できます。
形状は異なりますが、F-35にも似たような装置があり………まあ、あの機体はもういいですね(笑)。

■F-22のお尻

さて、最後の最後はこれも特徴的なF-22の機体後部を見て置きましょう。よくある丸い筒状の排気管がケツから飛び出してる、という構造では無いのは良く知られてる通り。この部分を少しだけ詳しく見て置きましょう。といってもこの辺りも未だに謎だらけなんですが。



こんな感じですね。
ちなみに排気口の上下板の形状や飛行中の制御方法に関して、これまたNASAのラングレー研究所が一枚噛んでます。よって相当考えられた形のはずなのです。

こういった特殊な構造になった理由は推力偏向ノズルだからで、あの板状部を上下20度まで動かして推力の方向を変え、それによって従来の機体ではできなかったような機動をする、というのが一つ。そして機体の上下がキレイに絞り込まれ、余計な出っ張りが出来ないようにしてる、というのがもう一つ。これはステルス対策と同時に、胴体後部をキレイに絞り込む、というエリアルール対策にもなってるはずです。
ちなみに地上から排気口の赤外線を発見しづらくしてる、という指摘もあるんですが、私が見る限りちょっと信じがたいので、ここではそういった意見もある、というだけにしておきます。



対してF-15までの世代の機体の排気口周りはこうです。
F-35なども基本的には同じ形状で、ロシアのT-50(Su-57)、中国のJ-20などもこちらの形状ですからF-22のジェット排気口周りと機体後部は極めて特殊な構造なのです。F-35でこの構造を捨てたのは単に廉価版となるはずだった(全くそうならなかったが)のでコスト低下のために避けたのか、それともF-22では当初期待されたほどの性能が出なかったのでか、どちらかだと思いますが、これもまた謎です。とりあえず、事実として、未だに世界ではF-15世代とおなじ形状が主流となっています。

このジェット機の排気口(ノズル)の重要な役割の一つが開口部の大きさを調整して行う噴流(ジェット)の量と速度の調整です。これは飛行速度ごとに最適解があるので、それに合うようにノズルを絞り込んだり、逆に開いたりします。
一般的にはアフターバーナー無しで単純に噴流を高速にした方が出力的に有利な場合、つまり通常の飛行中はこれを細く絞り込み(ホースで水を撒くとき先を絞るのと同じ)、アフターバーナー有り、すなわち噴流の質量と速度両方でドカンと推力を稼ぐ時、しかも噴流が音速を超えて内部に衝撃波(ダイアモンド型排気)を含む時は大きくこれを開きます。それ以外、着陸時や低速時なども大きく開く事が多いですが、この辺りは単純な話では無いので深入りはしないで置きましょう。
ちなみに地上で見る状態のF-15の排気口は写真のように常に大きく開いた状態なので、これに見慣れると高速飛行中の形状がかなり異なるのに驚く事になります。


■出展 航空自衛隊ホームページ 主要装備より *トリミングして使用


参考までに飛行中のF-15の排気口はこんな感じに絞り込まれてます。
地上で見るのとはかなり形状が異なるのが判るかと。ただしF-15のノズルはこれはこれでかなり変な作りでして、やや最高速度が低いF-16やF-35ではもう少し単純な構造で口を広げたり狭めたりしてます。
とりあえずF-22以外の機体は、排気口の筒部を細かい部位に分け、これをロッドとワイアで円筒状にして締め上げたり開放して開口部の大きさを調整しているわけです。対してF-22では上下の板部でこれを制御しています。

ちなみにこの写真、どうやって撮ったのか3時間ほど考えましたがやはり撮影側が背面飛行?アフターバーナー使ってませんから垂直上昇では無いし、あるいはダイブからのズームで横並びに垂直飛行した?さすがにRF-4ファントムII 使ったとかじゃないですよねえ…。


■Photo U.S. Air Force photo/Justin Connaher

F-22だとこうやって上下板の隙間で排気口の開口部を調整します。アフターバーナー無しの高速飛行時はこんな感じに開口部を狭め排気速度を上げて飛んでます。
これは通常の円筒形に比べ、後方から飛んできたレーダー波がエンジン内部に飛び込んで盛大に反射されるのを防ぐ効果もあるように思えますが、ノズル内部の構造は、今だによく判らない部分が多いので、謎としておきます。

ちなみに上下の板も単純な平面ではなく、やや丸みを帯びた形状でなめらかに胴体と繋がるようになってるのを見て置いてください。このあたりはステルス対策でしょう。地上駐機状態だとなかなか見れない部分です。


■Photo U.S. Air Force photo/Senior Airman Chris Massey

対してアフターバーナー有りの時はやや隙間を広げて飛ぶわけです。ちなみにアフターバーナー有り、無しは排気口(ノズル)から火を噴いてる(アフターバーナー点火中)、真っ暗で何も噴き出してない(出力回収タービンの奥でのみ燃焼していて外部に炎は漏れない)で簡単に判別できます。

ちなみにこの辺り、YF-23ではちょっと異なる設計を取り入れてます。



こういった形状でしたね。
見れば判るように、この機体では下向きにノズルを向けることができません。なんで?と言うと例によって謎なんですが、事実としてできません。この結果、下方からの赤外線、レーダー両方のステルス対策が強化されたのは間違い無いのですが、その代わりノズルを下に向けた機動はできないのです。すなわちノースロップの開発陣は頭下げとなる推力偏向機動は意味が無い、と割り切ってこれを捨ててしまったのでした。これが競作の敗北にどの程度影響があったのか謎ですが、そういった考え方もあるんだ、と覚えて置いて下さい。

最後にもう一つ、F-119エンジン排気口の変な構造を見て置きましょう。



試作段階のYF-119のノズル内部はこんな感じでした。
推力偏向のため排気口が四角い、という点を別にすれば手前がアフターバーナー燃焼室、奥に見えてるリング状の部分が噴流による出力回収タービン(これで前部の圧縮タービンを回す)で、特に変な点はありません。まあ、アフターバーナー燃焼室上下の壁の形状がちょっと変だったりはしますけど、これがステルス対策なのか流体力学的な対策なのか、残念ながら私には判りません。



が、生産型のF-119、少なくともF-22に搭載されてるF-119では写真のような、コンロの足みたいな妙な部品が内部に追加されます。これが何なのかは、結局よく判りませんでした。アフターバーナー燃焼室の手前にあるので何らかの噴流整流用の可能性が高いですが、まだ私が知らない何らかのステルス対策の可能性もあります。これまた謎ですね。
といった感じでF-22は未だに謎だらけなのだ、という点を改めて確認して、今回の記事は終わりにしたいと思います。

■F-22までの道の終わりに

さて、というわけでアメリカ空軍の歴史を振り返るこの記事は、これにて終わりとなります。
これ以降のアメリカは多用途機であるF-35、そして無人機へとその主力を移行しつつあります。これが正しい選択なのかどうかは、現段階では断言できません。この辺りに関してはまだ本格的な実戦の洗礼をうけておらず、筆者のような部外者が推測できる事柄には限度があります。よって、この話もとりあえずここまで、ということで終わりしましょう。


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