■第十章 ステルス機とF-22


■エンジン選考

さて、ここでF-22のエンジンも少し見ておきましょう。
F-15の時のように先進戦闘機(ATF)のエンジンも完全新型で行く事に空軍は決めており、これまた競争試作の形を取る事になりました。このため1983年には Joint Advanced Fighter Engine (JAFE)、すなわち共同先進戦闘機エンジンの名のもとに機体よりも早く要求仕様(RFP)が決まります(共同の名は海軍との共同開発を意味するがこの段階ではまだ海軍の参加は正式決定されて無かったはず。空軍の勇み足の可能性高し)。試作機のYF-22とYF-23が2機ずつ製作されたのは、両方のエンジンを搭載した機体を各1機ずつ製作したためでもあります。

その性能としては当初、F-15やF-16に使われていたF-100エンジンに比べ40%以上燃費がよく、それでいて22%ほど出力が大きい事が要求されました。エンジンの性能要求も何度か変更されてるため、この能力が実現してるのかは不明ですが、それでも従来より大幅な能力向上は達成されてると思っていいでしょう。

その後1986年の夏にはジェネラル・エレクトリックのYF120とプラット&ホイットニーのYF119の二つのエンジンが最終候補に選ばれ、両者をYF-22とYF-23にに載せて性能試験を行い、その上で最終的な採用を行う事が決定されます。



勝者となったプラット&ホイットニー YF-119。Yが付くのは試作型だからで、これの量産型がF-22に積まれたF-119となります。

空軍博物館の資料によるとアフターバーナーありで出力35000ポンド(15.88t)以上、とされてるので同社が開発したF-15&F-16用のF-100エンジン(出力23770ポンド/10.78t)に比べてほぼ5割増しという強烈な推力を持ちます。
アフターバーナー無しでの推力は正式には公表されてませんが、音速飛行まで出来ちゃうんですから、おそらくアフターバーナー有りのF-100エンジン並みの出力を持つはずです。

ちなみにエンジンの制御もスロットルと操作索を物理的に直結するものではなく、電気信号による一種のフライバイワイア形式になっており、P&W社ではこれを Full-Authority Digital Electronic Control (FADEC) 総デジタル電気式制御という名前で呼んでいます。
F-22では機体の進化と同時に、エンジンの進化もかなりスゴイものがあったのでした。

敗者となったジェネラル エレクトロニクス(GE) YF-120エンジン。
このエンジンもアフターバーナーありで出力35000ポンド(15.88t)以上となっており、出力では両者互角だったようです。

ちなみに両エンジンとも排気口が単純な円筒ではなく、妙な形なのは推力偏向エンジン(Vector thrust engine)だから。
排気口は上下に動き(F-119の場合上下20度づつ)、推力の向きを傾けることができます。これによって従来の戦闘機にはできなかった機動を可能にしてますが、通常は速度の低下を伴うはずで、空中戦での使いどころは極めて限られると思われます。これも大回りにしか飛べない誘導ミサイルを小回りの利く軌道で避けるための対策と考えるのが無難でしょう。

ちなみにF-119エンジンが優れてたから勝者になった、といった単純な説明で済まされる事が多いですが、実際はそう単純な話ではなかった、という事が、先にも少し触れた2015年にYF-23の初飛行25周年を記念してWestern museum of flightが主催した講演会で明らかになりました。
この講演会に招かれたYF-23を飛ばした二人のテストパイロット、サンドバーグ(Jim Sandberg )とメッツ(Pilots Paul Metz/ちなみに彼は後にF-22の先行量産型(YF-22ではない)のテストパイロットも務め、YF-23とF-22の両方を操縦した事がある唯一のホモ・サピエンスとなった)によれば、アフターバーナーなしの超音速巡行、いわゆるスーパークルーズにおいてYF-22とYF-23の最高速度で妙な結果が生じたのです。正式な速度の数字は講演内では触れられてないのですが、大よそ、以下のような結果が出たとされます。
先にも触れたように、YF-22とYF-23では1号機と2号機が積んでるエンジンが逆なのに注意してください。カッコ内が搭載エンジンです。



具体的な速度は述べられて無いのですが、彼らの示したグラフから大よその速度を推定してます。
とりあえずどちらの機体も敗者となったYF-120エンジンの方が速度は大幅に速く、さらに言えばどちらもYF-23の方がこれまた大幅に高速です。そしてはっきりとは述べられてませんが、YF-119を積んだYF-22はどうも音速突破に失敗してるような感じなのです。
軍による正式な発表ではありませんが、実際にYF-23を飛ばした人たちの証言であり、数字をボカシてるところから軍の事前承認も受けてるはずで、大筋でこの通りだと思っていいでしょう。なかなか衝撃的な話ではあります。
この点に関してサンドバーグは「なぜ空軍がYF-22の機体とエンジンを選択したのか興味深い」とのみコメントしてます。確かに興味深いですね(笑)。

ちなみに同講演ではアフターバーナー有りの音速超え速度についても述べられており、こちらはかなり具体的な数字が見れます。



これによるとYF-120エンジンを積んだYF-22のみがマッハ2を超えています。同エンジンのYF-23 2号機はマッハ1.72止まりで、かなりの差が付いてますが、この理由は判りません。ただしYF-23の2号機は16回の試験飛行だけで終わっており(1号機は34回)、十分な性能テストを行わないままで終わった可能性もあります。
対してYF-119エンジンを積んだ両機はどちらもほぼ同速度、マッハ1.8前後をを記録しています。

以前に少し触れた2000年に造られた番組の関係者インタビューだと、常にYF-23の方が速かった、とされてますが、こちらのデータで見るとアフターバーナー無しの超音速巡行ではYF-23が、アフターバーナー有りならYF-22の方が速かったようです。どちらが正しいのか、私には判断できませんが、おそらくこちらのデータの方が信憑性は高いと思います。

とりあえず、これを見る限り、F-119エンジンの速度での優位性はほとんど無かった事になります。それでも同エンジンが選ばれたのはコスト、整備性、信頼性といった別の面で優秀だったか、何か政治的な判断が働いたかのいずれかでしょう。
ただし、これらは加速度のデータが無いので、この部分で差がついた可能性もあります。おなじマッハ1.8でも到達まで10分かかるのと2分で到達してしまうのでは後者が圧倒的に優位ですから、この辺りでF-119に優位性があった、という可能性はあります。ただし何度も述べてますが、YF-22とYF-23は共に空軍の要求仕様を満たしていた、という事ですから、前回見た加速性能は共に持っていたはずで、そこまでの差が付くかは微妙な気がします。まあ、なにせ正式な資料が無いので、詳細は謎のまま、ですが…。

ついでに速度の点ではYF-22もYF-23に対してほとんど優位性が無い、というのも見て置いて下さい。YF-120を積んだYF-23の速度が妙に低いのは先にも少し触れたように限界性能では無い可能性が高く、そうなると両機の高速性は互角、超音速巡行でならYF-23の方が圧勝なのです。少なくともYF-22は速度に置いて完全な優位を持っていなかったと思われます。

■レーダーと電子機器

ついでに、レーダー関係の話も少しだけ。
エンジン同様にレーダー関係の設備も競作によって選ばれ、最終的にウェスティングハウス・エレクトリックとヒューズ・エアクラフトの共同開発によるフェイズドアレイ型レーダーシステム、後のAN/APG-77が採用となりました。

このレーダーシステム(射撃管制装置(FCS)やら含む)は、1989年頃、機体に比べるとかなり遅い段階で開発が始まり、1996年、選考試験飛行が終わってから5年もたった段階でようやく運用レベルに到達したのでした。最初の先行量産機にようやく間に合った、というタイミングですが、実際は試験が全て終わっておらず、先行量産機の1号機はこれをまだ積んでませんでした。 最終的にどこから搭載が始まったのかは判らないのですが、これが開発の足を引っ張ったのは間違いないでしょう。

ちなみにこのレーダーシステム、ステルス機専用として特殊なパルス波を撃ち出したり、そもそもパルス波ではないレーダ波を使うなどいろいろな工夫をやってるらしいのですが、どうも実際は期待されたような効果を出してない、という話もあるし、詳細は未だに謎のままなので、この記事では深く触れないで置きます。

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