■第十章 ステルス機とF-22

 
■反射を制御する

さて、今回もステルスの基礎ですが、ちょっとだけレベルを上げて「中学生の理科でも判る」ステルス技術を見て行きましょう。とりあえず前回の内容を簡単にまとめると、

●機体の上下幅を薄く造る事がステルスの基本その1である

●機体表面でレーダー波の反射を制御するため機体の穴を塞ぐ必要がある

という事でした。
今回はこの第二の要素の続き、機体表面でレーダー波を制御する部分を具体的に見て行きましょう。この点については三つの基本的な対策があります。最初はそれを確認。

1. レーダーは打ち出した電波が戻って来ることで目標を発見する。よって機体が受けたレーダー波をレーダーの方向(つまり飛んできた方向)とは別方向に弾き返せば見つからない。

2. レーダー波を次々とキャッチボールのように連続反射する事でエネルギーを減衰させ消滅させてしまえばこれもアンテナに電波はもどらない(電波のエネルギーを熱に変換して奪い消滅させる)

3. 電波吸収塗料などを機体表面に塗って吸収しても同じ効果がある。


ですね。

これらを理解するにはまず機体表面で電波はどう反射するのかを知る必要があります。この点は中学で習うレベルの理科で十分に理解可能で、そしてそこまで理解すればステルスの6割は理解できたと思っていいでしょう。意外にレベル低いのです、ステルスの原理。これが高度な数学のカタマリになるのは、それを実際に三次元形状の機体に運用する時からで、原理だけなら極めて単純になってます。とりあえずは基本中の基本、入射と反射について確認しましょう。

■入射と反射

電波は光と同じ電磁波ですから(より周波数が低いが)、通過できず吸収もされない金属などの物体にぶつかると弾き返され反射します(厳密には一部が内部に浸透してエネルギーの損失となるが)。その反射にはお馴染みのルール、中学理科で習う入射角と反射角が適用されるので、確認して置きましょう。



反射面に対して垂直な線を対象に、ぶつかった(入射)電磁波は同じ角度で反対側に弾き返され(反射)ます。この時、垂直線に対して入射線の成す角度を入射角、反射線の成す角度を反射角と呼び両者は等しくなります。中学生理科の世界ですが、ステルスの基本中の基本なので必ず覚えて置いて下さい(ただしこの原理を厳密に理解するにはスネルの法則の理解が必要で私の手に余るから深入りはしない)。

さて、入射と反射の角度が反射面に対する垂直線を軸に等しくなる、という事は、以下のような事を意味します。
前回見たように索敵用のレーダ波はほぼ横から、あるいは浅い下向きの角度を持って飛んできます。ここでは下側10度の角度で飛んで来る場合を考えましょう。このレーダー波が機体表面にぶつかった時、その機体外板の傾斜角度によって以下のように反射の方向が異なってくるのです。


まず普通に垂直に切り立った面にぶつかると、軸を対象に10度でそのまま反射されます。つまりほぼ電波が飛んできたレーダー方向に電波を弾き返してしまうのです。前回見たように電波は拡散しますから、当然、これはレーダーアンテナに探知されます。

ここで反射する機体の外板が上向きに傾いていたらどうなるかを見ましょう。
例えば20度の傾斜なら面の垂直線も一緒に+20度傾くのでレーダー波に対して30度の角度を持つことなります。となると入射角も30度、反射角も30度となるので、合計で60度も離れた上方向に弾き返されます。こうなると電波はほとんどレーダーアンテナには戻らないでしょう。
さらにこれが35度まで行くと、90度の角度で上方向に弾き返されるため、電波は空に向かって飛んで行ってしまい、レーダーアンテナには全く戻らない、すなわち探知されないのです。はい、簡単ステルス技術その2、

胴体側面に傾斜をつけてしまえばレーダーに見つかりにくくなる

の完成です。

馬と鹿が団体で遊びに来たような単純な話ですが、これは極めて効果的なステルス構造となります。



F-117がオムスビ型、正面から見て▲の断面構造を持つのはこのためです。全てが斜め上方向に傾いた面で構成されたこの機体は横方向から来たレーダ波を全て上方向に弾き返し、レーダーアンテナには戻らないようにしてしまっています。ちなみに恐らく現在に至るまで、最強のステルス性能を持つのがこの機体であり、より大型のB-2や、戦闘機型のF-22、F-35などのステルス性能は一段落ちる、と筆者は推測してます。

ちなみにこのF-117の機体の下面が真っ平らなのは近距離からのレーダー波対策です。これも入射と反射を利用した対策になっており、以下の図のような効果を狙っています。


近距離からのレーダー波、最も恐ろしい地対空ミサイルなどからのレーダー波はより下側から飛んで来るため機体下面でこれを受ける事になり、横面の対策だけでは異なる方向に反射できません。そこで下面を真っ平らにしてしまうわけです。すると図のように垂直線への入射角と反射角が極めて大きくなるので、あっさり反対側に電波は飛ばされて電波はレーダーに戻らなくなります。

ただし機動性確保のために上翼にしてるF-22などの場合、胴体と主翼の下面をツライチに出来ないため、図のように二段階反射でレーダー波を下方向に捻じ曲げてしまいます。一度主翼で反射した電波は再度胴体にぶつかって下方向に弾かれるのです。これはF-117のような平らな下面に比べると効果は落ちますが、それでもほとんどレーダーに電波は戻らないでしょう。
普通にレーダー波が胴体横にぶつかった場合は、上で見たのとは逆に下向きに反射されるので、探知される可能性は高くなりますが、この辺りは戦闘機の機動性とステルスを両立されるためのギリギリの妥協点なのだと思います。
ちなみに平らな胴体下面にぶつかったレーダー波はF-117と同じようにあさっての方向に飛んで行き、もっとも効果的に処理される事になります。
とりあえずこれが簡単ステルスその3、

機体下面を平らにすることで電波をレーダーに向けて打ち戻さない、よって見つからない

です。

ちなみにあくまで水平飛行中の話なのに注意してください。
旋回中に機体を左右に傾けると角度によってはこの効果が変わるどころか逆に盛大に電波をレーダーアンテナに打ち戻す事になります。そこら辺りにも何か対策があるのか、あきらめちゃってるのか、残念ながら私には判りませぬ。まあ原理的にどうしようもないので、あきらめてるのだと思いますが。実際、後でちょっと見る事になるF-117がコソボで撃墜された時も旋回中に探知された、という話がありますし。



ステルスが売りのB-2爆撃機の機体下面がほぼ平らなのも全く同じ理由です。この効果を狙うなら表面に凸凹があったら意味がないので可能な限り、キレイに平らにする必要があります。



F-22を正面から見るとこんな感じ。
胴体の断面型がソロバン玉みたいな形状なのは上で見た理由で外板を傾けてるからです。ちなみに機種上部の側面とキャノピー側面の角度がそろえられ両者で直線を成してるのに注目。おそらく金蒸着したキャノピーでレーダー波を胴体と同じ角度で上に弾き返していると思われ、私がコクピットの金蒸着はステルス対策だろうと考える理由がこれです。

主翼が上翼なのでF-117のように胴体にぶつかる電波を全て上に飛ばす構造にはできず胴体下側では地面に向け弾くようにしているのもこの写真で判るかと思います。これは上に向けて弾くよりは探知されやすくなりますが、戦闘機としての性能とステルス性能との間で妥協した結果でしょう。この辺り、単純に考えれば、ステルス性能はF-117より落ちてるはずです。

 

この点、F-22(YF-22)と競争試作になって敗れたノースロップのYF-23はより徹底しており、写真のようになるべく下側を平らに出来るよう上部構造物がかなり出っ張った形状になってます。一般にステルス性能ではYF-23の方が上だったと言われてますが、おそらくその通りでしょう。

ちなみに垂直尾翼が斜めに曲がってるのも全く同じ理由で、レーダー波を下側に打ち落とす構造となってます。本来なら内側に傾けて上に弾き返した方がいいのですが、それでは安定性、運動性が不安定になってしまうようで、通常は外側に傾けます(ロッキードの最初のステルス試作機、ハブブルー(Haveblue)ではステルス性を重視して内側に傾けてあったのが、F-117から外側に変更された。ちなみに次回に見るSR-71ブラックバードの垂直尾翼が内側に傾いてるも同じ理由である)。

ついでに両機とも尾翼の傾きと胴体下側の傾き角度が揃えられてるのも見て置いてください。これは機体全体で電波の反射方向をなるべく同じ方向にして、余計な拡散を抑えるためです。もっともその方向にレーダーがあったらそこに向けて盛大な反射波を送り込む事になってしまいますが… ここら辺りはある程度まで妥協となりますね。

なのでステルス機の垂直尾翼が常に2枚なのは、1枚だと斜めに傾けられないからなのです。そして傾けられない、名前の通りに垂直な尾翼だと盛大にレーダー波を反射してしまう事になります。
ちなみにF-22の場合、かなり垂直尾翼が大きいので、ここで一度下向きに反射した後、すぐ下にある主翼と水平尾翼によって一部をさらに上に弾き返す、といった凝った構造にもなっています。YF-23では垂直尾翼と水平尾翼を統合して片側1枚にし、より深い角度で寝かせる事でその対策にしてます。

とりあえずF-22においても胴体下面は可能な限り平面にされてまずが、F-117やB-2ほど徹底されてません。
特に空気取り入れ口周辺は境界層から離れた位置に置くため胴体との間に隙間を造る必要があり、おそらく最も高度なステルス技術が適用されるのがこの辺りです。私も未だにこの機体の空気取り入れ口形状の持つ意味の半分も理解出来てませんので、この辺りは謎として置きます。


■Photo US air Force photo/Airman 1st Class Cody R. Miller

それでも機体下面を可能な限り平らに滑らかに、という基本法則はF-22ではキチンと守れらえています。胴体後部は円筒形のエンジン収容のためどうしても筒状になってしまいますが、それ以外は可能な限り滑らかに平らにされています。ただし以前にも書いたように主翼の平面系はやや複雑な曲面を持つのですが、あれがステルス対策なのか、空力対策なのか、私には判りませぬ。


■Photo US air Force

対してF-35ではこの基本法則をほぼ無視しています。なぜかは知りません。
機首下面以外は凸凹だらけで、これがステルス機なのか、という構造になっています。特にエンジン回りは何の工夫も無い、という位そのまんまです。
F-22の開発終了後、イスカンダルからアメリカ軍にステキなステルス技術革新がもたらされ、もはや機体下面の平面性は問題にならなくなった、という可能性も完全には否定できませんが、個人的には単なる手抜きの可能性を捨てきれません。もともとF-22より安価で手軽な機体として開発が始まってるのがこの機体ですし(現実は全くそうならなかったが)。

おそらくこれ、近距離下方向から、すなわちもっとも怖い誘導ミサイル系の照準レーダーから狙われた場合、F-22やF-117に比べステルス性能ではかなりの脆弱性を抱えてる気がしております。特にエンジンノズル周り、これはもう少しなんとかならなかったんかいな、と思います。多分、下後方からならこの機体、レーダーで狙えるんじゃないでしょうか。とりあえず私なら、この機体で敵の地対空ミサイル基地に近付くのはお断りしたいですね。既に見たように運動性に問題も抱えてるはずなので、撃たれたら逃げ切れいないでしょう。

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