■やさしく反射して すでに見たように機体を薄くするだけで凡そ120q以上の遠距離からのレーダー波はかなり防げる、という事になりますがそれでも一部は反射されてしまいますし、100q以下の距離になるともっと深い角度から電波が飛んできますから徐々にそれだけでは不安になって来ます(それでも距離100qなら入射角はせいぜい7度以下だが)。 そして航空機にとってもっとも恐ろしい地対空誘導ミサイルの射程距離は50q前後ですから、この辺りまで来ると機体が薄いだけではその照準レーダーを避けるのは難しくなって来ます。では、どうするか、というのが次のステルス技術のキモになってくるのです。そこでレーダーの大前提その2、 反射される電波の強さは対象の表面積に比例しない、 というルールを確認して置きましょう。 例えばF-117が初飛行後、巨大なレーダー反応を示して関係者をあわてさせた、とスカンクワークス二代目ボスのリッチが証言してますが、これは機体表面のたった一本のネジがわずかに浮き上がっていた事によるものでした。ネジ一本で簡単に失われてしまうのがステルス性能なのです。 この辺りの理屈は厳密にはかなり面倒な理論になるのですが、極めて単純に言ってしまえば、以下のようになります。 ■レーダー波は垂直に近い角度でぶつかるほどより多くがレーダーアンテナに戻って探知されやすくなる(この点は次回に少し詳しく述べる) ■大きな角度を持つ面の接合部、柱や骨組みの角、凸凹な面など形状が滑らかではない場所では通常の平面より大きな反射をする。 ■以上を避ければレーダー電波の反射は大幅に減る。したがって単純な表面積からレーダー波反射の量は決まらない。 ここからレーダー波を反射しない工夫は機体表面の金属外板を利用して行うのが望ましい、という結論がでてきます。なんで?というのは次の写真を見てください。 航空機の外板を剥がして内部を見ると、骨組みと各種装置で一杯になってます。これらは鋭角なフチを多数持ち、さらにご覧のように凸凹だらけです。すなわち盛大にレーダー波を反射します。一部を強化プラスチックなどレーダーを反射しない材質にしても、エンジン、武装、レーダー関係などを非金属部品に置き換えるのは不可能なので意味がありません。機体内部における盛大なレーダー反射を防ぐのはほぼ不可能なのです。よってレーダー波を機体内部に侵入させず、表面の外板で反射させた方がマシという事になります(金属外板はレーダーに使われる周波数なら全て反射してしまい内部には届かない)。 なのでステルス技術においてはレーダー波を機体の内部構造には接触させない、全て機体の外板でこれを制御して弾くか吸収する、というのが大前提となります。 機体表面の工夫でレーダー反射を抑えるのがステルスなら、その逆の技術もまた存在します。つまりより盛大にレーダー波を反射して、実際よりも大きく見せかけることも可能となのです。写真はそんな特殊な目的で造られたマグダネルダグラス ADM-20(旧称ではGAM-72) クイル(QUAIl/ウズラ)。 B-52の爆弾庫に搭載され敵地まで運ばれてから打ち出され、オトリ(Decoy)になる無人機で、この大きさで巨大なB-52と同じ大きさのレーダー反射が生じるように工夫されています。 まずレーダー波を受ける真横と真正面の面積が大きくなるように縦長の胴体を持ち、尾部と主翼横に四つの垂直安定板を持って、これまた盛大にレーダー波を弾くようになってました(尾部と主翼の二か所に分けたのはB-52の爆弾倉に入れるため、天地左右の大きさ制限にあったからだが)。主翼先端の垂直安定板も直角に曲げ、この尖った接合部で横方向からの電波を盛大に反射するようにしてあります。 後にレーダーの進化に伴い、敵から見破られる可能性が高くなってしまったため運用中に何度か改修を受けていますが、1960年の導入から1977年まで18年間も配備され続け、最終的には500機以上が製造されたと見られています。機体の形状でレーダー反射自由に操る、というのは意外に有効な技術だったようです。 そしてその機体形状で逆にレーダー波の反射を抑えるように制御する技術がステルスだ、という事になります。 ■機体の穴をどうするか ただしどんなに表面をしっかり作ってステルス対策としても、機体内部への電波の侵入が防げない部分がどうしても存在します。まずは空気取り入れ口。デカい穴がそのままエンジンに直結されているため、正面から飛んできたレーダー電波がエンジン前のタービンブレードにほぼ垂直にぶつかり、盛大に反射してしまいます。 そして薄くて透明な(すなわち電波も通す)キャノピーと風防で覆われたコクピット。中にある細かい金属部品、さらにはパイロットのベルトのハーネスやヘルメットですらレーダー波を盛大に反射してしまうため、この対策もまた必須となります。これらにどう対策してるのか、と言う点を見て置きましょう。 まずはF-15の空気取り入れ口。 正面取り入れ口から直結でエンジンが置かれているため、そのタービンブレードが丸見えです。当然、電波もあそこで盛大に反射されます。タービンは垂直に設置されてる上に、様々な方向を向いたブレードが高速回転してるため、あらゆる方向に盛大に電波を反射するというステルス技術にとっては悪夢のような部分なのです。 そして困ったことに、敵のレーダーに捉えられるのはそちらに向かってる場合、つまり機体正面から電波が飛んで来る状況が多いのです。 なのでF-22ではこれを隠してしまいました。ご覧のようにダクトを中で曲げ、エンジンはその内側奥に置かれてタービン部が見えなくなってます。 このダクト部も単純な管ではなく、内部でレーダー波を連続反射させ、減衰してさせた上に電波吸収のための塗料が塗られる等の工夫がされているはずです(このあたりは次回解説)。 ただし写真はF-22ではなく先行試作型のYF-22のもの。F-22は今でも地上展示ではダクトにフタをして中を見せてくれないので私も写真を持って無いのです。この辺り多少の形状の違いはあるかもしれませんが、F-22でも基本的には同じような形状になっていると思われます。 ちなみにエンジンに高出力が求められず、かつより高度なステルス性能を求められたF-117では空気取り入れ口を完全にフタで覆ってしまいました。写真中央、エアコンの室外機みたいな部分がそれで、外部からの電波が直接中に飛び込まないようにしてあります。 上のF-22とはだいぶ形状が異なりますが、ここも連続反射で電波の持つエネルギーを減衰させて消滅させる、という工夫がされています。 お次はコクピットです。 機体外面をどれだけキレイに整形してもこコクピット内には色んな凸凹や鋭角な部品があるため、ここで電波が反射されたら台無しになってしまいます。理想を言うなら無人機にしてこれを無くす、それがダメならパイロットを機内に埋め込んでしまって外部情報はカメラで見る、ですがどちらかもまだ戦闘機に採用するには無理があります。ではどうするか。 とりあえずF-16とF-22のコクピットを正面から見て見ましょう。 念のため、上がF-16、下がF-22ですが、一目で判るのはコクピット前部の計器類を収めた箱部分の形状です。 F-16にはいろんなものがゴチャゴチャと付いて、やや角ばった形状ですが、F-22ではこれが丸い滑らかな形状に整形され、余計なものも一切付いてません。すなわち余計な電波反射は一切起きないように工夫されてます。 そしてキャノピー下部の両脇、コクピット下横部分についてもF-16では視界確保のため大きく透明部分が確保されてるのに対し、F-22では大きな横板がついてそちらからレーダー電波がコクピット内に飛び込まないようになっています。 これで正面方向からのレーダー波はある程度防げますが、まだまだ完全では無いですし、左右からのものは防げません。この点はどうなっているのか、を少しだけ考えましょう。ただしここからは私の推測もだいぶ含まれますので、この点はご了承のほどを。 まずはF-15。普通の透明キャノピー(天蓋)です。それを支える枠組みが前後二つあるのも注目。 お次はF-16。 風防は紫外線と赤外線対策(パイロットを思いやっての事ではなく内部の機材の劣化防止が目的)として金を薄く蒸着させてますが、ほぼ透明の天蓋です。そしてこれも後部に天蓋を支える枠が一つあります。 最後はF-22。 キャノピー(天蓋)への金の蒸着はF-16よりずっと濃くなっていて、さらに電波を反射する恐れのある枠組みは一切ありません。枠が無い、というのもステルス対策ですが、注目はこの金と思われる蒸着の濃さです(おそらく真空蒸着で貼ってる)。でもって、ここからはあくまで筆者の想像です。この点はご了承ください…と伏線を張った上で、こちらをご覧ください。 NASAの宇宙ヘルメット。NASAのヘルメットはジェミニの昔から船外活動を行う場合、このキンキラキンの金の蒸着バイザーを付けてます。これは宇宙空間で浴びる人体に有害な紫外線以上の高周波電磁波を弾き返すための工夫です。 薄い金の皮膜は可視光前後の周波数の電磁波のみを通過させる、という反射と透過の特性があります。これによって金を透明部部分に薄く蒸着させ、有害な電磁波の侵入を防いでるのです。ちなみに写真などで見るとキンキラキンで全く視界が無いように見えますが異常なまでに明るい真空の宇宙空間では十分な量の光線が通過して外を見ることができます。ついでに光の角度によっては中の人の顔も意外に良く見えたりします。 さて、話をF-22に戻しましょう。 金の薄い皮膜は可視光以外の電磁波を弾きます。宇宙飛行士の場合は紫外線以上の有害電磁波を弾くのが主ですが、F-22の場合、赤外線以下の低い周波数の電磁波、つまり電波を弾くのが主だと思われるのです。すなわちコクピット内部にレーダー波が飛び込んできて盛大に乱反射してしまう位なら、いっそ風防で全部弾いてしまえ、という考え方です。より良い手段ではなく、どうせダメなら多少はマシな方を選んだという事であり、すなわちコクピット周辺では厳密なレーダー波の反射制御は行っていない、という事になります。 この辺りも合わせ、どうも戦闘機におけるステルスは意外に手抜きが多く、実はけっこう穴が多いんじゃないか、と個人的には推測してるので、以後の記事で少し考えて行く事になります。といった感じで、とりあえず、今回はここまで。次回は具体的な機体形状のステルス対策を見ます。 |