■ブゼーマンの後退翼&前進翼
まずは後退翼、そして前進翼による翼面上衝撃波の解決を見て置きましょう。
この問題に最初に解答を与えたのはドイツの航空理論屋アドルフ・ブーゼマン(Adolph
Busemann)博士でした。
1935年の学会で、初めて高速飛行における後退(前進)翼の有効性を指摘してます。主翼を斜めに取り付ける事で気流の翼断面に対する相対速度が落ちて翼面上衝撃波の発生が遅れる、つまりより高速な飛行ができる、というのが彼の主張の主旨です(気流に対して翼断面が斜めになってればいいので前進翼でも後退翼と同じ効果がある)。
が、これはまだドイツのMe109がようやく初飛行した時期であり、スピットファイアもゼロ戦もムスタングもまだ初飛行すらしてない段階でした。よってそんな時代に音速に近い高速飛行時の考察をやってもイマイチ注目をあびず、さらに彼が示した後退翼(&前進翼)のコンセプトがあまりに単純明快だったため逆に誰も注目せず、多くの航空機設計者は音速でこの研究内容を忘却してしまうのです。アメリカもイギリスも終戦後まで、この点を全く理解出来てませんでした。ドイツの独壇場だったと言っていいでしょう(日本に関しては言わなくても判りますな…)。
とりあえず1935年の発表後の無視にあっても、ブーゼマン本人はまったくめげておらず、第二次大戦開始前後から後退翼の風洞実験を開始して膨大なデータを集め、その有効性を確信、コレがドイツ空軍に注目され、その研究は戦争中を通じて進化します。
さらには同じ効果を狙ったデルタ翼の風洞実験まで入ったところで終戦となり、彼はその貴重なデータとセットでアメリカに連れ去られ、戦後、アメリカのジェット機に後退翼革命を起こすことになるのです。ちなみにブーゼマンはその後も帰国せず、アメリカで亡くなってるのですが、後で出てくるエリアルールのアメリカでの再発見にも、どうも一枚噛んでいた、という話があります。ただし、この点については確認取れず、なので断言はできません。
ちなみによく言われてるように、ドイツのMe-262ジェットエンジンの後退翼は偶然の産物で、ブーゼンマンの研究は直接には関係してません(関係者が知っていた可能性はあるが)。
さて、音速近くの飛行で有効とされた後退翼ですが、後退翼という設計はそれ以前からありました。機体の前後バランスの設計に失敗した時とかに主翼の揚力発生ポイントを前後にズラす目的で、主翼を後ろに傾けて取り付ける、というのは古くから行われていたのです。もちろん、これらは翼面上衝撃波とは何の関係もありません。
では、なぜ主翼の取り付けを傾けると有効なのか、を考えましょう。繰り返しになりますが、今回の説明は機体速度はまだ音速以下で、主翼上にだけ音速以上&以下の気流が混在してる時の話だ、という点には注意してください。ちなみに以下の説明はブーゼマンの論文とは異なる方法で、実際の主翼に即した形で説明してます。その方が楽だからです(手抜き)。
ここで翼面上衝撃波の発生原因をもう一度確認しましょう。
これは音速直前の飛行速度だと翼面上で気流が加速され、その中に音速を超えた部分と、まだ音速以下の部分が別々に生じる事で発生します。この主翼上の気流の加速を生み出しているのは、主翼の断面形で、主翼の上面が凸型に盛り上がっている結果、起きる現象です。
ここで重要なのは、主翼の断面形にそって気流が流れた結果、気流の加速が起きる、と言う事。この断面形は言うまでもなく主翼を真横から見た形状です。通常の主翼は直線翼で胴体に取り付けられてますから、当然、気流は真正面からその断面形にそって流れ、その結果、普通に翼面上で加速されます。
では胴体に対して斜めに取り付けられた主翼ならどうなるのか。ここでは後退翼で考えてみましょう。図は同じ前後幅(翼弦長)の主翼を胴体に直角につけた直線翼(左)の場合と、斜めに角度を持って取り付けた後退翼(右)の場合とを示しています。
茶色の線が同じ速度の気流を示し、両方とも同じ長さを持ちます。すなわち同速度のベクトル(長さで速度の量を、矢印の向きで方向を示す)です。
では進行方向に対して斜めに取り付けられた後退翼で考えるとどうなるか。ここでは右の図がそれになります。茶色いベクトルVに対し、斜めに同速度で進むベクトルVaでは余計な距離を移動するため主翼後端まで届いてないのに注目してください。これを真横から見ると、すなわち翼断面型から見た気流の速度を考えると、下の図のようになります。
左が普通の直線翼、右が後退翼の場合です。
左の直線翼では、10の距離を10の時間で通過してますから、速度を求めると
距離10÷時間10 = 1
右の後退翼では、同じ時間でも気流は前後長の9割辺りまでしか到達してない、つまり翼断面型から見た速度は
距離9÷時間10 = 0..9
なのです。すなわち直線翼に比べて、0.1、10%ほど翼断面上の移動では速度が遅くなってしまうことになります。
すなわち翼を斜めにすると翼断面に対する流速が低下するのと同じ効果がある、という事を意味します。
それは当然、機体の速度があがっても翼面上衝撃波の発生しにくい状況を生みます。当然、後退角を大きく取れば取るほど、翼断面から見た気流の移動距離は伸びますから減速効果はより大きくなるわけです。
なんだかトンチでダマされてるような気がしますが、実際、これでマッハ0.8〜0.9の飛行時における主翼衝撃波の発生を抑えてしまってるのですから、有効な対策となっているのです。ただし、翼断面に対して流速が落ちるわけですから、当然、通常の直線翼に比べて発生する揚力は劣ります。
つまり同じ重さの機体を飛ばすなら、より高速で飛んで揚力を稼ぐか、翼を大きくして面積を広げる必要があります。つまり、普通に飛ぶには極めて不利です。が、それでも最も現実的な翼面上衝撃波対策であり、21世紀に至るまで、多くの機体がこの原理で飛んでるのです。
ちなみに原理的に通常の主翼をそのまま斜めにしたのが重用であり、このため翼断面を構成する主桁ごと斜めになっていないと、翼面上衝撃波対策として意味がありませんから要注意。翼断面が普通に正面を向いてしまっていては後退翼の意味が無いのです。
浜松の航空自衛隊広報館では、T-28レシプロ練習機とT-1ジェット練習機の主翼が並べて展示してあるため、この辺りが理解しやすいです。写真だとちょっと見づらいですが、それでも主翼を構成する桁、翼断面の設置方法がリベットや外板の継ぎ目で見て取れるかと。
手前が低速で飛ぶ直線翼のT-28の主翼で、普通の直線翼ですから、桁も普通に進行方向正面を向いてるのが外板の継ぎ目から判ります。
対して音速手前で飛ぶ奥のT-1ジェット練習機の主翼では、進行方向(矢印の右の気流遮断板を見ると判り易い)と桁の向きが全然違うこと、翼断面を構成する桁部が斜めを向いてるのが判ると思います。これが翼面上衝撃波対策の後退翼なのです。直線翼と同じように桁を進行方向に向けてしまっては意味がないのに注意して下さい。
■後退翼の効果
さて、もう少しだけ後退翼について説明して置きましょう。
とりあえず主翼の後退角度によって、どの程度まで気流の減速効果があるのかを考えてみます。次の図では左が通常の直線翼で、気流は真っすぐ翼断面上を通過して行きます。ここで通常の直線翼を通過する流速をVとし、これをベクトルで示しておきます(線の長さで速さの量を、矢印の向きで進行方向を示す)。
では右のように後退角度を付けるとどうなるのか。
主翼の後退角は胴体横に書かれたピンクの●部分、角Aです。当然、図のように角Aの分だけ、進行方向に対して流速Vは傾きます。
ここで後退翼を流れる気流の流速ベクトル、つまり横から見た時の翼断面に対する気流の速度ベクトルをVaとしましょう。翼断面を斜めに置く事で流速このVaをVにまで減速してしまうのが後退翼の効果でした。
となるとベクトルVaとVの比率がその減速比率を示す事になります。流速Vのベクトルは翼に対して直角に接してますから、これは直角三角形を成し、両者の比は後退角Aを挟んで余弦定理COS(コサイン)を成します。よって、
Va÷V(両ベクトルの比を取る)=COS 後退角A
となるとこれは以下の数式と同じです。
Va=COS 後退角A×V
ここで簡素化のため、Vの流速が1の時を考えると、
Va=COS
後退角A
となってしまい、後退翼による減速効果は後退角のコサイン(COS)に等しい、と判ります。
当たり前ですがCOSは同じ角度なら常に同じ数字になりますから三角関数表を見れば、すぐに各後退角による気流の減速率を知る事ができます。例えば後退角が20度なら流速は0.939倍(94%)になり、40度なら0.743倍(74%)、60度なら0.5倍(50%)になります。
ただし実際は胴体周辺ではその気流の干渉がある上、後退翼上の気流は翼端、外側に向けて流れる、という特徴があるため、単純にこの数値どおりの減速が期待できるわけではないのに注意が要ります。実際の減速効果はCOSによる予測値の半分以下、というデータもあるそうです。この辺りは風洞実験で確かめるしか無いですね。
もっとも、主翼を胴体下につける(低翼)のではなく胴体上に付ける(高翼)場合は、胴体からの干渉はある程度減らせるとの事ですが、残念ながら詳細は私も知りませぬ。
ここまでの話が理解できたなら、主翼を前に傾ける前進翼機でも同じ効果がある、というのが判るでしょう。
ただし重心の関係で主翼を後ろに置く、つまりエンジンの側に置く必要がある他、構造上の問題から後退翼より構造が複雑になり重くなってしまう、という欠点があります。さらに音速機だと機首部の衝撃波の傘の背後に入りにくい、という欠点も出て来ます。このため、写真のNASAのX-29などの実験機を別にすると、ごくわずかな採用例しかありません。
といった感じで、今回はここまで。次回はより進んだ翼面上衝撃波対策、デルタ翼などを見て行きます。
|