■最後に少し詳しく

さて、ここからはもうちょっとだけ踏み込んだお話を。
最初に少し触れたようにNASAのドライデン研究所が、あふれ抵抗の近似値を求める数式を公開してます。最後にこれに付いてちょっとだけ見て置こうと思います。

この点を理解するには、まず以下の図の二点における全圧と気流の速度差が問題になって来ます。それらがエンジンが取り込める空気の体積量を決定するからです。



ここで「0」の位置は空気取り入れ口から十分な距離がある通常空間、「1」の位置が空気取り入れ口の開口部を示します。

「0」位置の大気は第三者から見ると静止した大気なのですが、機体側から見ると超高速気流の上流部となる点に注意してください。機体から見た場合、「0」位置の大気は機体速度に匹敵する気流速度と動圧を持つと考える必要があるのです。

さて、以上の前提条件を理解した上で、あふれ抵抗の近似値を求める数式として、以下が成り立つとしています。

あふれ抵抗(D.spill)=K×[吸気の質量流量1(kg/s)×(流速1−流速0(m/s))+開口部面積1×(全圧1−全圧0 )]

式中のカッコはNASAに敬意を示しアメリカ式としたので、[ ]が中カッコ、すなわち最後にまとめて計算する部分、( )が小カッコ、先に計算する部分であり、式中の「1」と「0」は上の図の数字の位置で計測される数値を意味します。ちなみに取り込める空気量を質量で計算しているため、最終的には先に見た流量体積への補正が必須となるのも注意してください。

さて、ここまで読み進んでる賢明なる読者諸氏は式を見た瞬間、あふれ抵抗の次元(単位)はkg m/ss、すなわち純粋な「力」になってる事に気が付くでしょう。機体への抵抗値なので圧力(P)ではなく、単純な力(F)の形になり、しかも抵抗値なので逆方向のマイナスの数値になります。

ここで二点の流速と全圧の数値が同じなら計算結果はゼロとなり、抵抗は消えてしまうのにも注意してください。あふれ抵抗は流速と全圧に差が付いた時のみに生じる、という事です。

ただし「1」の全圧の低下は気流が減速させられた動圧の低下と、乱流で生じる静圧の低圧化の両者を含むはずで、結局、厳密に計算するには実験データが必須になって来ます。それでも、とりあえずあふれ抵抗がどういったものかを理解するには十分参考になる考え方でしょう。

■流出抵抗補正係数

上の式では最初に出て来る「K」の係数が大きな意味を持ちます。この数字が開口部設計における、あふれ抵抗の問題の改善対象となるからで、よってこの点を最後に見て置きましょう。

「K」は流出抵抗の補正係数(Correction factor)と呼ばれ、開口部の設計によって決まる無次元数です(すなわち単位に影響しない)。通常0.7〜0.4の範囲となるため、あふれ抵抗の数値を半分以下にまで落とす事ができる重要な要素なのに注意してください。よって開口部の設計ではこの補正係数をより小さくすることが求められて来ます(ただしこの数値を求めるのも風洞実験が必須なのだが)。

では具体的には補正係数 Kの数字をどうやって小さくするのか。
すなわちどうすればあふれ抵抗を小さくできるのか、というと基本的には開口部のフチ沿いに低圧部を生み、あふれ出した空気を後方に吸い出すようにします。なんでそれが対策になるのかは、これまたよく判らん部分が多いのですが、実際にこれであふれ出し抵抗の数値は下がるらしいので、そういったものなんでしょう。

考えられる可能性としては、あふれ出した空気の前方へ流出を抑え、同時に乱流化する前に吸いだして後方に流しさってるのだと思いますが、確証は無いので、断言は避けます。

このため、開口部のフチに翼断面型のように丸みを付け、周囲に低圧部を発生させるのが一般的な設計上の対策となっているようです。



この点においてもよく対策しているのがF-15です。

矢印の辺りで見ると、可動部の左右にはゆるやかな丸みが付けられ、翼断面の先端部に近い形状になってるのが判ります。可動部ではない吸気口の下面のフチも同様です。対して上面は単純な平面に見えますが、ここは先に述べたように下に下げた状態にすると前縁フラップのように揚力を生じる、すなわち低圧部を生み出すのです(音速飛行時も強い迎え角を取る場合は下がって来る)。すなわち上下左右全てに低圧部を生み出す構造になっています。



F-14 の場合、この対策もまた微妙で、左右の開口部の壁にはそういった工夫がみられません。対して上下の壁は曲面となっているので、一定の対策になっているようです。

ここで明らかに開口部上面の天井板の方がより大きな低圧部生む翼断面形状になっているのに注意してください。先端が尖った形状は明らかに斜め衝撃波対策ですが、同時にここで揚力を生んでるようにも見えるのです。
未だに指摘してる資料を見たことがないのですが、F-15の可動部のように揚力を生み出し、同じように機首部の持ち上げを行ってるのではないか、すなわちF-16以降のLERXの代わりみたいな狙いを持ってる可能性が高いのではないか、と筆者は想像しています。

まあ、確証は無いのであくまで推測ですが。



この点、F-16の場合、ほとんど厚みは無いように見えますが開口部の縁に向けて緩やかに内壁が絞り込まれる構造にはなっており、一定の対策は取られているようです。ただし、F-15に比べるとかなり控えめなので、基本的にはあふれ出させない、という考え方の設計にも見えます(写真は例によってF-2だが)。



この辺りはF/A-18でも同じです。写真は旧世代ホーネットのものですが、スーパーホーネットになっても、あまり強い曲面にはなっていません。



F-22の場合、微妙に縁が内側に向けて曲げられています。おそらくこれもあふれ出し抵抗対策と思うのですが、この機体の場合謎が多すぎるので、断言はしません。

 

ロシア製のMig-29の場合、下面だけに大きく曲面がつけられてるように見えます。

ただしロシア機の場合、荒れた滑走路での異物吸引対策として、ここにフタをして機体上面の吸入口から空気を取り込める構造になっており、そのために何か別の対策がある可能性が捨てきれませぬ。よって、正直、これもよく判りません。

ついでにMig-29の前脚はその収納部が空気取り入れ口に挟まれたキツイ位置にあるためいろいろ独特なのを見といてください。脚部前方の小さいカバーとか。



旅客機のエンジンポッドの縁に厚みがあるのは氷結対策の暖気を循環させるダクトが入ってるからなんですが(ここに氷がついて、飛行中に吸い込まれると最悪エンジンが破壊されるから)、その丸みを利用して、これまたあふれ抵抗対策にしてるとされます。

この辺り、「お前みたいな馬鹿でも旅客機が設計できる入門(意訳)」のような資料を読むとそう書いてあるんですけど、どう見ても翼断面型になってるようには見えませぬ。音速一歩手前の速度を出す以上、対策は必要だと思われるので、何か別の原理で低圧部を生み出してる可能性もありますが、これもとりあえず謎としておきます(手抜き)。

といった感じで、今回はここまで。

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