■超音速戦闘機に空気を取り込め大作戦

さて、今回からは音速を超えて必要以上に元気に飛ぶジェット戦闘機&戦闘爆撃機の空気取り入れ口の設計を考えて行きます。

まずは基本中の基本、ジェットエンジンの有効推力、すなわち正味出力(Net thrust)の計算法から。
音速以下、噴流(ジェット)の力のみ利用するターボジェットという最低限の条件なら、

推力(F)=流入空気量(kg/s)×(噴流速度-飛行速度(m/s))

という極めて単純な式でこれを求められます。噴流速度というのは排気口(ノズル)から吹き出す噴流(ジェット)の速さです。
音速以下のジェットエンジンの性能は流入空気量と噴流速度だけで決まる(厳密には誤差が出るが、無視できる範囲内に収まる)、という事であり、その内、空気取り入れ口が影響を及ぼすのは流入空気量だけです。これは1秒間にどれだけの大気が流れ込むかを見るものですから、空気取り入れ口の設計はとにかく「時間当たりの流入空気流量を最大化する」 ことを考えればいい、という事を意味します。

なんだか単純な話ですが、音速超えを前提とした場合、話は極めてややこしくなる、というのを見て行くのが今回の記事だと思ってください。特に超音速飛行が前提だと空気取り入れ口設計はエンジンの大出力化に直結する、極めて重要な点になって来ます。ただし逆に言えば、音速超えを前提としないなら、そんなに難しく考える必要は全くありませぬ。この点は覚えておいてください。
ここで念のため、基本的な事を再度確認しておきますが、単純に音速を超えれば超音速ではなく、

●遷音速(transonic) マッハ0.8〜マッハ1.2以下辺りまで

●超音速(supersonic) マッハ1.2〜マッハ4前後

ですから、誤解無きように願いまする。

ちなみにターボファンエンジン(噴流の一部で推進ファンを回し推力に加える)の場合は同様に推進ファン分の推力も求めて合計すればよく、さらに推力を重量キログラム(kgf)に換算したいなら地表付近の重力定数9.8で割れば数字が出ます。

ただしアフターバーナーなどにより音速を超える噴流を排気して飛ぶ場合はもうちょっと条件が複雑になります。この場合は周囲の気圧と排気口の圧力差が無視できなくなるので、これを上の数式に追加してやる必要があるのです(静圧については後述)。よって以下のような式でこれを求める事になります。

推力(F)=流入空気量(kg/s)×(噴流速度-飛行速度(m/s))
                 +排気口(ノズル)断面積(m²)×(排気口部の静圧-大気圧(s /ssm))


数式を見れば判るように、既に見た条件に加えて、ジェット排気口の断面積がより大きい事、より大きな排気圧を発生させる事、が高出力の条件となって来ます。

まあ、いずれにせよ空気取り入れ口に関しては流入空気量の最大化だけが問題になるので、今回の記事ではその差を気にする必要はありませぬ。



アフターバーナー点火時に戦闘機の排気口、ノズルが最大面積に開放される理由の一つがこれです。ただし音速以下で最大開放をやってしまうと逆に噴流速度が落ちて推力が落ちるため、どちらの状態にも対応できるようにジェット戦闘機では絞り込みを調整できる可変式の排気口(ノズル)が必須なのです。逆に言えば、これまた噴流速度が音速を超えない限り必要ありませぬ。

低燃費を求める場合

以上の条件から、最大出力を高めるには噴流を可能な限り高速化した方が有利です。ただしエネルギーをどれだけ効率よく推進する「仕事」に変換できたか、という推進効率を見る場合、

推進効率=2/(1+(噴流速度/飛行速度))

となるため、噴流速度が飛行速度よりあまり速くなり過ぎると効率が落ち、燃費が極端に悪化する事になります。この点、高出力化が容易な代わりに噴流速度を落とすのが困難となる、単純構造の純ターボジェットエンジンは不利なのです。

この点では、噴流が持つエネルギーの一部を推進ファンの回転に利用するターボファンエンジンが有利となり、噴流速度では劣るものの、エンジン直径を大きくして流入空気量の方を増やせるため、一定の推力を維持したまま燃費を良くできます(ただし、これも基本的には音速以下の場合)。現在のジェットエンジンの主流がターボファンになった主な理由がこれです。

ただし最初の式を見れば判るように、音速以下の時に、

噴流速度=飛行速度

すなわち効率100%にしてしまうと推力は0になり、燃費はいいけど飛ぶこともでない、という意味のないエンジンになってしまいます(当然、音速以下の場合、飛行速度より遅い噴流速度では推力は生じない)。

このため、あまり燃費の良さ求めると推力が小さくなり飛べなくなり、かといって速度差を大きくして推力を上げると燃費が悪くなって経済性が悪い=航続距離が短くなる、というジレンマを抱える事になるのです。ターボファンエンジンの場合は、どれだけのエネルギーを推進ファンの回転に回し噴流にはどれだけ残すのか、という問題が出てきます。

結局、性能を取るのか燃費を取るのかによって各エンジンの性能を決定するしかないのですが、理論的な最適解は飛行速度の2倍程度の噴流速度とされます。よって推進効率2/3=66.6666…%がもっとも理想的な状態となるようです。

ちなみに時速700km 以下辺りになると、もはや噴流の反作用で飛ぶより、そのエネルギーを使ってプロペラ軸を回して飛んだ方が推進効率が良くなるので(推力では劣る)、この結果産まれたのが、ターボプロップ、すなわちガスタービン式のプロペラエンジンです。これはあくまで燃費を良くするための工夫である事に注意してください。



海上自衛隊が何気なく90機近く装備している対潜哨戒機P-3Cはプロペラ推進ですが、エンジンの構造はジェットエンジンと変らないターボプロップ=ガスタービンです。ガスタービンは小型軽量化できるメリットがあり、さらに通常、騒音や振動も小さくできます。このためレシプロ(ピストン式)エンジンに比べると燃費は良くないのですが(ただし最近はかなり改善されている)、その他の部分の利点が勝るため多くのプロペラ機で採用されているのです。

ターボプロップでは噴流の持つ運動エネルギーのほとんどが風車を介してプロペラ回転軸を回すのに利用されてしまうため、エネルギーを失った排気は単なる高温の排気ガスとなり、推力にはほとんど利用されませぬ。よってもはやジェットエンジンとは言えないのですが、その基本的な構造は同じなのに注意してください。

この点、エンジンがデカいと乗員の乗る場所が無くなってしまうヘリコプターでは、ガスタービンは必須のエンジンとなっています。逆に初期のヘリコプターに変な構造なのが多いのは、第二次世界大戦世代の星形レシプロエンジンを強引に搭載してしまったからです。よって近代ヘリコプターでは、ガスタービンエンジンの採用は必須となります。



1949年に初飛行したシコルスキーのヘリコプター、H-19C。
二階建てのような巨大な構造は、機首部に大型の星形レシプロエンジン、R-1340を搭載してるから。そこからシャフトで屋根の上のローターを回すため、やたらと重く、そして室内は狭くなってしまうのです。このため大出力でありながら小型なガスタービンエンジンが登場した事は、ヘリコプターにとって大きな進化のきっかけとなりました。

ただし、これらは空気取り入れ口に関しては特に関係無いので、今回の記事ではこれ以上触れませぬ。すなわちいわゆる一つの脱線でした、はい。

■単純に考える場合

さて、話を戻しましょう。
以上の点から最大出力を得るための空気取り入れ口を考えるなら、単純に

ダクト直径を最大化=流入量を最大化

で良いのですが、エンジンから大出力を絞り出すだけでなく、音速を超えて飛ぶ戦闘機では全圧回復率(Total pressure recovery)、あふれ抵抗(Spillage drag) の二つが重要な要素になって来て無視できなくなります。
さらに戦闘機の場合、高い運動性を確保するために機体の前後左右の重心近く、すなわち胴体内にエンジンを置く必要があるので長いダクトが必須となり、この点も考慮する必要があります。これらをどうするか、が戦闘機の空気取り入れ口設計のカギになるのです。

この辺りに関しては、次回に詳しく説明しましょう。とりあえず、今回はその点を理解するための基礎知識を見てゆきます。



急旋回も45度を超える横転もしない、音速も出さない、といった容易な条件下で飛ぶ旅客機の場合、単純にエンジン直径に等しいダクト部があれば「時間当たりの流入空気流量を最大化する」条件を完全に満たせます。よって、どの機体でもポッド式のエンジンを、機体前後の重心点である主翼下に無難に吊り下げる設計となるのです。

だったらダクト部も取っちゃえば吸気部の直径は無限大じゃん、と思うところですが、この辺りはピストンエンジンの吸気筒(ファンネル)と同じく、こういった筒状の導入部があった方が吸気ファン前の気流に勢いがついて効率が上がるのです。

ついでに余談。
旅客機のエンジンの中心、回転軸の先端部にある渦巻は北朝鮮のスパイが近づいたら目を回させるための工夫と思われがちですが、実際はエンジンの回転確認用です。

夜間、さらには昼間でも太陽の方向によってはエンジンが回転してるかが見えない事が多く、さらに地上作業員は耳栓をしてたり、他の機体のエンジン音が大きかったりして、音だけではエンジンが稼働中かの判断が困難です(最近のターボファンは特に音が小さい)。よって、これを見て、あ、エンジンが回ってる、気をつけなきゃ、と判断します。

これは背後の高温噴流への注意ではなく、吸気口に吸い込まれないようにするための工夫なのに注意。ジェットエンジンの吸気ファン部は地上にたまった雨水を吸い上げるほどの吸引力があり、帽子などは簡単に吸い込まれてしまうため要注意なのです。異物がエンジン内に取り込まれてしまうと、これは故障に直結しますから。

ちなみに、鳥がエンジンに飛び込まないように脅かす、すなわちバードストライク対策も兼ねると説明される事も多いですが、鳥が「こりゃなんでチュン」とか考えてる間に既に吸い込まれてしまっていると思われ、その点の効果は疑問でしょう…。

 
音速を超えない、旋回荷重が5Gを超えるような派手な空中戦はしない、といった条件下ならポッド式エンジン搭載法は整備性の良さと合わせて理想的な解答であり、A-10などでも採用しています。
ただし主翼の下に吊り下げてしまうと武装ができない、地上からの攻撃に弱くなる、さらに機体の左右重心点から離れ過ぎて旋回のためのロールを打つ(横転)にも一苦労となるため、胴体後部上に置いてます(位置だけを見れば通常の戦闘機と大きく変らない。この機体では胴体が極めて狭く絞り込まれているのだ)。

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