■おらあデル太だ

空気取り入れ口の上にヒサシを付ける工夫は高機動が必須の戦闘機に限らない、という話も少しして置きましょう。

物理の神様は必要以上に万物に平等なので、大出力エンジンを積んだ無尾翼デルタ機でもこの対策が必須となります。これは離陸時に強い迎え角を取る必要があるためで、民間機から爆撃機まで、超音速無尾翼デルタ機は同様な工夫が必須になって来るのです。



その代表例、マッハ2を超えて飛んで行く民間旅客機、コンコルド。
当然、コンコルドは急旋回で空中戦はやらないので、離陸時に高迎え角を取りながら大出力のアフターバーナー(リヒート)を使うための対策です。

 

コンコルドのエンジン部。

左右の主翼下に二発ずつ、計四発のロールス・ロイスのオリンポス593 ターボジェットエンジンを積んでます。
エンジンが主翼下に密着して置かれており、主翼が例のヒサシ部分の構造に相当するのが判るかと思います。

ちなみにコンコルドの場合、アフターバーナー、ロールス・ロイス式に言うならリヒート付きの民間機という凄まじい旅客機でした。そのエンジンの基になったのは一部で人気のイギリスの超音速爆撃機、TSR2用に開発されていたオリンポスエンジンで、これを民間用に改造、転用したものです。離陸時&超音速飛行時にはその使用が必須であり、これが世界中の空港で受け入れ拒否される理由となった大騒音の原因でした。純ターボジェットですからターボファンに比べてただでさえウルサイのにアフターバーナーの爆音が加わったら、そりゃ凄まじいよね、という話ですね。

ついでに前回見た乱流境界層を避けるための工夫、空気取り入れ口と機体表面の間の隙間もあるんですが、かなり狭くてこの状態だと一定の境界層を取り込んでしまっていたように見えます。

このクラスのエンジンでは境界層に関しては乱流の問題だけでは済みません。大量の空気が必要なため、流速が低い=一定時間に流れ込む空気の量が少ない、境界層の流れはできるだけ避ける必要があるのです。これ、設計の失敗じゃないかなあ、と以前から思ってるんですが、どうなんでしょうね。この時代だとコンピュータによる流体シミュレーションは無理だし、この大きさの原寸超音速風洞実験も無理ですから、よく判らないままこの幅にしてしまったような気がするんですよ。

さらに余談ながらタービン回転軸を高速回転させるだけの純ターボジェットですから、噴流の運動エネルギーを全て動力軸の回転に回せば、そのままガスタービン エンジンにできます。実際、海上自衛隊の「いしかり」、「ゆうばり」、「ゆうべつ」、そして「はつゆき級(二基搭載)」の主機であるTM3Bガスタービンは、基本設計はこのコンコルドのエンジンと共通のものでした。



そしてSACとルメイ将軍の狂気、マッハ3の超音速で元気に核爆撃をやる気だったXB-70も空気取り入れ口を機体下に置いて同じ効果を狙ってます。



その空気取り入れ口。上側を主翼で完全に覆っているのが判ります。

ついでに主翼の後退角がかなりキツイのも見て置いてください。F-22への道でも説明しましたが、強い後退角を持たせた薄い翼面は高迎え角時に前縁部に強い渦を生じ、この渦の低圧部で翼を吸い上げ離陸時に必要な大きな揚力を稼いでるのです(同時に高速の超音速飛行時に極めて狭くなる衝撃波の傘の中に主翼を収める工夫でもある)。



これですね。
この渦が離着陸時など、高い迎え角を取った時に主翼に高揚力を発生させます。

ついでに言えば、XB-70の場合、空気取り入れ口の下の保護板も一種のLERXになっていて、高迎え角時に渦を生じさせ機首部を持ち上げる力にしてるように見えます。ただし、それだとエンジン部に渦の乱流が流れ込んでエライ事になりそうですが、特に対策らしい構造はありませぬ。よってこの辺りは謎としておきます(手抜き)。



一方、コンコルドの主翼は前半部と後半部で後退角が変る、いわゆるダブルデルタになっています。このため前半の後退角が強く、後半では緩やかになっています。

翼弦長(前後幅)が長く、先端に行くほど細くなるコンコルドのダブルデルタ翼は超音速飛行時の重心点移動対策&衝撃波の傘の中に主翼を収めるための工夫ですが、主翼前半部の鋭角部で高迎え角時に渦を発生させ、離着陸時に揚力を稼ぐ構造にもなっているのです(これは極めて巨大なLERXであるとも言える)。

ただし高迎え角時に渦が生じるという事は、凄まじい抵抗増加に繋がります(機体が渦の低圧部で後方に引っ張られる)。よって離陸時にこれを振り切るため、アフターバーナー(リヒート)使用が必須なのでした。コンコルドもXB-70も戦闘機のようにアフターバーナー全開で離陸する理由がこれです。

その代わり着陸時にはこの抵抗増加を減速に使えるため、フラップが無く、速度を殺すのが難しい無尾翼デルタ機では一種のエアブレーキとして、これを利用して着陸しています(この辺りはLERXを持つ機体も同じ)。

無尾翼デルタで離陸せよ

ではなんで無尾翼デルタ機は離着陸時に強い迎え角が必要なの、という点もついでに見て置きましょう。
この点を図にすると以下のような感じになります。

ただしここで言う通常構造というのはジェット機のように前輪式の、地上で機体がほぼ水平になるものを指します。大戦時のゼロ戦のように尾輪式、ケツを着いた地上姿勢の機体の場合、ちょっと話が変るのですが(滑走中に一度ケツを持ち上げる必要がある)、今回はあくまでジェット機の話なので、これは無視します。




まず通常の機体では主翼のフラップを降ろして揚力を増加させ、その上で水平尾翼の昇降舵を跳ね上げてケツを押し下げます。こうして機首を持ち上げ、強い迎え角を機体に持たせて離陸するわけです。



普通に水平尾翼&昇降舵(エレベータ)がある機体では、ほぼ重心点にある主翼のフラップを下げて揚力を稼ぎ、さらに水平尾翼の昇降舵を上げてケツを押し下げる形にして離陸します。ちょっと判りにくいですが、水平尾翼後部が少し上に上がっており、これで下向きの力を生じさせ、機首が上を向いた高迎え角の姿勢を生み出してます。

重い旅客機でもこれが可能なのは、重心点から十分遠い位置にある水平尾翼の昇降舵にはテコの原理が働くからです。同時に主脚の位置にも工夫があるのですがここでは詳細を省きましょう。

対して無尾翼デルタの機体は胴体の後部にまで主翼が伸びてるので、そもそもフラップが付けられません(XB-70という例外があるのだがこれは後述)。

なんで、と言えば重心点よりはるかに後ろ、本来なら昇降舵(エレベータ)がある位置まで主翼が伸びてるためです。もし、ここにフラップをつけて揚力を上げると、テコの原理で重心点の反対側にある機首を強烈に押し下げてしまいます(通常の機体で昇降舵を機首下げ方向に動かすに等しい)。機首を下に向けた状態で離陸できる機体は普通ありませんから、これでは未来永劫、地面を離れる事ができません。

ではどうするのか、というと主翼のケツについてる動翼、補助翼(エルロン)と昇降舵(エレベータ)を兼ねるエレボンを跳ね上げ、通常の機体が水平尾翼の昇降舵でやっているように機体のケツを押し下げるのです。さらに機首部にカナード(前部小翼)があるなら、これも使って機首を持ち上げる力を生じさせ、滑走中の機体に強い迎え角を持たせる事になります。



コンコルドの主翼後部には離着陸時に主翼の揚力を上げる動翼、高揚力装置のフラップがありません。

写真で下に下がってるのはエレボンで、昇降舵(エレベータ)と補助翼(エルロン=主翼を傾けて旋回に入れる)を兼ねた機体操縦用の動翼であり、高揚力装置ではないのです。離着陸時にはこれを上に跳ね上げる事になるため、むしろ揚力的にはマイナスに働きます。

それならばと主翼に前縁フラップを付けようとしても、後退角の強い無尾翼デルタでは気流に正対しないため、その効果が薄くなり、ほとんど意味を成しません。すなわち、離着陸に必要な高揚力を発生させる装置が取り付けられないのです。となると、普通にやってたのではいつまでも空に浮かべません。

このため、先に見た強い迎え角を取ったデルタ翼の前縁に生じる渦を揚力の強化に利用するわけです。コンコルドやXB-70が強烈な迎え角を持って、怪鳥のような離着陸をやる理由がこれです。あの姿勢にならないと離陸に必要な揚力が得られないのですね。

これだけ機体が上を向けば当然、空気取り入れ口は気流と正対しない状態になりますから、真正面から空気から入って来なくなります。よってアフターバーナーが必須の離陸では出力不足に陥るため、その対策としてこれらの機体では戦闘機のように空気取り入れ口にヒサシを被せる構造になっているわけです。

ちなみに有名なコンコルドとXB-70の可変式の機首部、離着陸時に下を向く機首は、この大迎え角によって下が全く見えなくなってしまうための対策です。



■photo US airforce museum



■photo US airforce

同じ大型爆撃機としてXB-70とB-52を比べると、XB-70の方がずっと強い迎え角を取って離陸してるのが判ると思います。このために空気取り入れ口は気流に正対せず、しかもアフターバーナーで大量の空気が必要なのでヒサシ部分が必須になるわけです。

ちなみにXB-70は無尾翼デルタ機としては例外的にフラップが使えます。角度的にも面積的にも下のB-52と比べると僅かなのが見て取れますが、それでもある事は事実です。

なんでこんな事ができるの、というとその細長い首の先にあるカナードが理由です。これだけ長い首先は十分に重心点から離れるため強いテコの原理が生じ、機首横に付けられた大きなカナードの力だけで機首部を持ち上げられるのでした。同時に機体の後部に搭載された重量物であるエンジンはケツを押し下げる効果も持ちます。このため、複雑な形を持つXB-70のエレボンは、離着陸時でも上を向かず、フラップのように利用できたのです。

ただし、これだけ離れた位置にカナードを取り付けてしまうと、そこで生じる渦が主翼には届かないのでLERX的な効果は望めず、結局、プラスマイナスでは揚力的にやや不利なような気もしますが…。

が、これは例外中の例外で、コンコルドやヨーロッパの戦闘機軍団、さらにはF-102やF-106という無尾翼デルタは既に述べたように滑走中にエレボンを跳ね上げてケツを押し下げるようになっています(戦闘機などでは機首上げの瞬間だけパタっと上げるのでよく見て無いと見逃す。この辺りは現代の機体ではフライ バイ ワイアで自動操作になっているはず)。

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