■その他の機体の事情 そしてアメリカだけではなく、ユーロファイタータイフーンの空気取り入れ口前にも同じ構造の細かい穴があるのでした。ちょっと見づらい写真ですが、他に撮って来てないのでご理解のほどを。 ■Photo US NAVY さらに空軍機だけでなく、F/A-18にもありにけり。 写真は海兵隊のCまたはD型の空気取り入れ口直前部のもの。空気取り入れ口は二人のお兄さんの背後にあります。ちなみにスーパーホーネットにもありますが、こちらは空気取り入れ口の中に取り込まれています。 ちなみに今回は写真が無いので掲載してませんが、F-111では空気取り入れ口の先端にあるコーン(円錐)の上に穴が開いてたりします。 当然、これらの穴あけ及び排気口の確保、ダクトなどの部品増加は、生産コスト増に繋がるわけで、これを避けたF-16の低コスト意識は驚くべき所でしょう。よくできた機体なんですよ、ホントに。 でもって物理の神様は万物に平等なので、この点はステルス戦闘機とて例外ではありませぬ。F-22では矢印の部分に同じような穴が開いてるのです。ちなみにそこはステルス機、なにか凄い穴に違いないと思ってたんですが… ■Photo US Airforce 今回確認して見たら、いや、普通に穴ですね。 この配列に何か意味があるのでしょうが、ただの穴だよなあ。まあ、ルイジアナ州在住のこの道30年のベテラン、ルイスさん(守秘義務により仮名)がひとつひとつ手作業で開けた職人技、という可能性も否定しませんが、ぱっと見る限りでは特に秘密とかは無さそうです。 ちなみにその究極系がF-22への道の本編でも紹介したYF-23のこれ、ゴウジン パネル(Gauzing panels)です。 YF-23ではステルス対策のため、境界層排除のための隙間を設けず、ここから境界層を完全に吸い出すことで対応しています。一部は空気取り入れ口の内部にも入っており、これだけで対策とするにはかなりの面積が必要だったようにも見えます。これは主翼上面の強烈な負圧を利用して境界層を吸い取ってるようなんですが、どこに排気口があるのか確認できず。 ■Photo US Airforce F-35も空気取り入れ口は機体表面からの持ち上げがありませんが、こちらはDSI(Diverterless supersonic inlet/非分離構造 超音速吸気口)と呼ばれる技術が採用されています。ただし厳密には本来のDSI構造とはちょっと異なるのですが、この点はまたいずれ。 原理的には開口部前の凸部と、大きく前にせり出した空気取り入れ口外板から生じる空力で境界層を曲げて弾き、同時に超音速飛行時にはそこで衝撃波を引き起こしてエンジンの保護と背後の高温、高圧空気取り込みを可能にするモノ。ただしこれは本来、安価な超音速機体用の空気取り入れ口として開発されたものでした。マッハ2を超えて来る、F-15やF-111に見られる空気取り入れ口の変形機能は重く複雑で高価なものになります。それを避けるための軽く安価な超音速機用空気取り入れ口だったのです。 ちなみに胴体横に凸部が出来る事で、背後のエンジンを隠してステルスに役立つ、という説明も見ますが、そもそも単発エンジンですからF-15のように空気取り入れ口から直線でエンジンが置かれるわけでは無く、その効果は疑問でしょう。むしろレーダー波の反射計算がややこしくなるのではないか、と個人的には思っております。 これを最初に採用したのは海軍の戦闘機競作でF-4ファントムIIに敗れた機体、ヴォート社のXF8U-3で、これは完全にマッハ2を超える飛行速度対策でした。空飛ぶ下唇とでもいうべきあの空気取り入れ口はDSIなのです。1958年の機体にすでに採用されていた技術なんですが、XF8U-3の場合は機首すぐ下に空気取り入れ口を持ってきたため乱流境界層問題は位置的に無視できました。よって純粋にマッハ2超え対策、機首下では開口部変形装置が付けられないための採用でした。 いやでもF-35ってマッハ2なんて出ないじゃん…。 はい、その通り。F-35の場合は部品数と行程減少によるコスト削減の方が主であり、そもそも廉価版の戦闘機だったんだよね君は、という素敵な思い出の一部となっています。すなわちF-35では逆に乱流境界層対策を主目的にこれを採用しているのです(マッハ1.4を超えたアタリからは超音速気流対策として仕事はするだろうが、その程度ならそもそも可動装置は必要ない)。 そして当然の話ですが、これは機首部で生じる乱流境界層の対策にしかなりません。 ダクト内で発生する境界層対策はF-16と同じ、距離を短くした上でとにかくツルピカにする事で対応しています。エンジンまで直線距離で約4m前後ですから、ほぼF-16と同じになっており、これで穴開け対策を回避してるのです。これも廉価版のお買い得戦闘機時代だった名残のように見えます。 が、このDSIを胴体横に搭載したことで、F-35は致命的な欠点を抱え込んでしまっているのです。この点も少し見て置きましょう。 ■Photo US Airforce museum JSF計画でX-35に敗れたボーイングX-32の空気取り入れ口にも境界層を避ける隙間がありませぬ。機首下に空気取り入れ口を設けているため、機首先端部からの距離的が短いので必要が無かったようにも見えますが、その分、エンジンまでのダクトが長くなってしまってるので無対策ではすみません(VTOL型の場合はちょっと特殊なので後述)。よってこの機体もDSIとし、その結果、XF8U-3と同じように下唇が前に突き出した構造になっているのです。この機体もマッハ2なんて出ませんから、これまた純粋に乱流境界層対策ですね。 そしてこの構造を90度横に回転させればF-35の空気取り入れ口に近い形状になる、というのも見て取れるかと思います。よって両者は基本的に同じ技術を採用しており、どうも軍側からDSIの採用を求められたようにも見えます。そもそもJSF計画は廉価版戦闘機の計画として動き出したものなので、その可能性は高いように思いますが、確証は無し。 ちなみに垂直離着陸型では低速時に十分な流量を確保するため、この空気取り入れ口の先端が蛇のアゴのように下に向けてガバっと大きく開く予定でした。少なくとも実物大モックアップ機まではこの機構があったはずなんですが、実際に飛行したX-32のVTOLでは無くなっています。 その代わり垂直離着陸、短距離離着陸型での試験時には下唇部を取り外した普通の形状にして流量確保の対策としました。それはDSIでは無いわけですが、VTOL型の場合、エンジンがより長くなって吸気部が前方に移動したためダクトが短くなり、乱流境界層対策が不要になったのでは無いか、と個人的には推測しています。 ちなみに写真は2007年にデイトンの空軍博物館にあった当時のモノ。これは結局、最後まで展示される事が無く終わってしまったので私も未見なんですが、一度は見てみたい実機の一つではあります。 ■Photo US Airforce DSIは胴体と反対側の空気取り入れ口外板を大きく前に突き出す構造になるため、X-32とは異なる横位置にこれを設置してしまったF-35を上から見ると空気取り入れ口の開口部が丸見えとなっています。これは近代戦闘機としては極めて異常な形態です(深く考えずにこれをコピーしてしまった中国のアレを除く)。 F-15や14では開口部の天井板を前方に引き延ばし、F-16では機首部で、F/A-18ではLERX部で空気取り入れ口を上から覆っているのはご存じの通り。F-22では開口部を斜めにする事で同じような構造を確保しています。そうしないと強い迎え角を取った時、すなわち高機動中に機首を大きく上に向ける時に気流が開口部に対して横に流れるため、そのまま背後に素通りしてしまう、すなわちエンジンに十分な空気が入らなくなり停止してしまうからです。近年の大出力エンジンは大量に空気を必要としますから、最大出力で飛び、強い迎え角をとりまくる高機動飛行に、これは致命的な欠点なります。 この点、X-32ではF-16と同様に機首下に空気取り入れ口を持ってくることで対策としていたわけですが、X-35はこの欠点を明らかに無視していました。 もう電子戦の時代なんだから、空中戦なんて発生しないよ、これで問題ないよ、という考えもあるようですが、空中戦が無くても地上から地対空ミサイルが、イージス艦からは艦対空ミサイルが飛んでくるわけです。形状的にステルス性にも赤外線対策も疑問が残るF-35はロックオンされたら逃げまくるしか無いのですが、ベトナムでも湾岸戦争でも、ミサイルからの回避というのは空中戦に匹敵する運動が必須でした。場合によってはそれ以上の高G機動、すなわち機首を大きく直進方向から跳ね上げて飛ぶ急旋回が必須です。 物理の神様は万物に平等ですから、この点はF-35もで同じでしょう。 よってF-35は、おそらく従来の機体のような高機動飛行が出来ません。この不利な条件を抱えて戦場の空で殺到するミサイル相手に生き残れるのか。まあ、私の知らないアンドロメダの秘密技術でこの問題は解決済みの可能性もゼロではないので、実際にやってみなければ判りませんが、少なくとも私ならこの機体で戦争に行くのはイヤですな。 ついでにベトナムの昔から、これからはもう空中戦なんて時代遅れだよ、電子戦だよ、誘導ミサイルだよ、と言われながら、今に至るまでそうなった事は一度も無いのです。 F-35の空気取り入れ口周りは、この機体が廉価版としてた時の欠点をそのまま抱えており、不幸にしてその機体が全米軍とその同盟諸国の主力戦闘機となってしまったわけです。 昭和初期の成金の娘さんが、華族ひしめく女学校に無理して入学したような機体、というのがよく判る部分であり、基本設計がそういった機体なんですから、おそらくどんなに気取っても、本物のお嬢様相手にいずれボロは出ます。それが実戦の場でない事を祈るのみです。 最後はやや余談な機体を一つ。 センチュリーシリーズにおけるあらゆる意味で失敗作、F-102は全長20.8mと19.4mのF-15よりさらに長いものになっています(ただしF-15には無い機首ピトー管があるので実質ほぼ同じなはず)。そしてその空気取り入れ口は驚くほど前の方にあるのです。 こんな感じですね。当然、エンジンまではかなりの長さのダクトが存在します。 それでいて、空気取り入れ口は境界層を避けるために僅かに浮いてるだけです。境界層の乱流化防止の工夫は一切ありませぬ。そもそも乱流境界層を避けるのにも持ち上げの高さが足りてないと思いますが…。 よってエンジンダクト内に乱流が入り込んでいた可能性が高く、それではエンジン本来の性能を発揮できません。この機体の低性能の一因はこれじゃないかと個人的には推測してます。 その失敗から作り直されたF-106では空気取り入れ口の位置が大きく後退、ダクトの長さを大幅に短縮しました。おそらくこれによってダクト内の境界層の乱流化はかなりマシになったと思われます。 この変更は音速突破のエリアルールへの対応と説明される事が多いですが、主翼とほぼ同じ場所から空気取り入れ口が始まってはむしろ逆効果のはず。そもそもそれってエリアルール1号への対策ですから、マッハ2越を狙っていたF-106にはいずれにせよ無意味です。よっておそらくこの短縮化でエンジンにキチンとした気流が送り込まれるようになった効果の方が大きかったんじゃないかと思っております。 ちなみに写真では判りにいくいですが、空気取り入れ口の形状も変っており、境界層排除のためと思われる穴が機体側には開いてます。 といった感じで、今回はここまで。 |