■機関砲の場合
お次はF-100に積まれていた機関砲(リボルバーカノン)M39-A1とそのジャイロ照準器についても見て置きましょう。F-100には目標までの距離を測る射撃照準レーダーと目標の未来位置を予測して知らせるジャイロ照準器を組み合わせた火器管制装置AN/ASG-17が搭載されていました。この装置のおよその説明は以下の通り。
〇AN/ASG-17の有効照準距離は600〜6000フィート(約180〜1820m)。 ただし、実用的な距離は機関砲の射程距離などから3000フィート(約910m)までとなる。
〇使用可能な高度は地上付近から50000フィート(約15000m)まで、機体にかかる重力加速度(G)の許容範囲は0〜9Gまで。
〇装置が目標の未来位置を割り出すには、目標までの距離データとその旋回角速度の情報が必要だが、これは射撃照準レーダーから火器管制装置(FCS)が自動で割り出してくれるので特に入力などは必要ない。
といったところでしょうか。 加速度(G)から生じる力は、電車や車でカーブを曲がる時に受ける外向きの力と同じ力です。1Gで地上で受ける重力と同じ力の大きさが発生します。 つまり9Gだと地上における9倍、つまり体重の9倍の力を受ける事になります。これは当時のジェット戦闘機の耐用限界を超えてる可能性があり、そもそも9Gを超えたら人間が耐えられませんから制限があるといっても、実用上はいつでも使えた、と考えていいと思います。ただし耐用加速度は0GからとなってますからマイナスG(エンジンによる加速が加わる急降下)の中では使えない事になり、この点は注意が必要です。
意外なのは、180m以下の近距離ではジャイロ照準器が使えない点で、これはちょっと問題だと思いますが、使えない以上、どうしようもありません。
20mm機関砲(リボルバーカノン)に関する説明は以下の通り。
〇F-100の全機関砲の銃弾は4ミルの角度の円錐内に80%の弾が集弾するように調整される
〇機体から遠ざかるほど一定空間内に集中する弾数は減って行く。短距離の場合、距離が2倍になると、集弾は約1/4に落ちる。なので同数の着弾数を与えるための射撃時間も4倍に増えることになる。
〇3000フィート(約910m)まで離れてしまうと、1000フィート(約303m)に比べ集弾数は1/9となる。よって同じ着弾数を得るには9倍の射撃時間が必要になる。現実的に、この3000フィートあたりが射程距離の限界となると考えてよい。
といった感じとなっています。ミルはラジアン(rad)の1/1000、ミリラジアンを意味する角度の単位です。
上の説明は機体から見て4ミリラジアン(約0.23度)の頂角の円錐形中に着弾は集中する、という事を意味します。凡そこんな感じの状態で、機体から遠くに行くほど着弾の範囲が広がってしまう、すなわち目標に集中打を与えられなくなる、という事です。
ちなみに4ミルは相当な精度と思ってよく、1000フィート(約303m)先でも直系1.2mの円内に弾着は集中します。ただし距離が延びると共に円は大きくなり、そもそも300mを超えると重力によって弾道が大きくズレ始めるため、(M-39の弾丸初速は約1000m/sなので弾丸の落下が速まる発射後0.3秒後の飛距離が約300m)以後はその精度は急激に低下します。ボイドは900m前後が実用限界としてますが、よほどの腕前のパイロットで無い限り、実際はもう少し短い距離でないと厳しいと思います。
この円が小さいほど、弾着が集中するわけですがボイドの計算によると目の前を横切る目標に叩き込める機関砲の弾数は以下のようになります。
〇高度30000フィート(約9150m)を秒速800フィート(約244m/時速875km)で飛行する目標を考える。
この場合、もっとも弾丸が集中する自機の100フィート(約30.5m)前を横切る理想的な状況でも、機関砲の集弾エリアをわずか0.125秒で通過してしまう。そしてF-100の全機関砲を合わせても秒間100発しか撃てないので、もっとも理想的な射撃に成功しても理論上12.5発以上の命中は期待できない事になる。これでは撃墜を期待するのは難しい。
相手がじっと動かないでずっと着弾を受け続ける、なんて間抜けな事態はよほどの事が無いと発生しないので、高速なジェット機相手に一撃で十分な弾着を与えるのはかなり難しい、という事です。ただし奇襲、不意打ちが成功すればそれが可能となり極めて有利、という事になります。相手に気づかれないうちに堕とせ、が空戦の理想とされる理由がこれです。
■ボイド式空戦のやり方
ここからは具体的な空中戦の話を少し見てゆきましょう。ボイドの教本ではサイドワインダーを使っての戦い方が主になってますから、ここでもその点を見て行きます。当時はサイドワインダーを撃つにしても確実に赤外線を捕らえられる位置に入る必要があり、これは機関砲と同様に敵の後ろに回りこまないとならぬ、という話になります。教本からこの辺りを拾ってくると、
〇サイドワインダーを発射できる攻撃位置は、赤外線源から最大で約60度の後方にある円錐内エリアとなる。これを角速度円錐(Angular
velocity cone)あるいは最大性能円錐(Maximum performance cone)と呼ぶ。
〇ただし60度は最大範囲であり、その大きさは自機と目標の速度、自機にかかるG(加速度)、さらには飛行高度などで変化してゆく。
これが当時のサイドワインダー攻撃時の基本中の基本です。最低でも赤外線源(エンジンの排気口)から見て後方60度の円錐のエリアに自機を入れないと命中は期待できず、しかも条件次第では、もっと狭くなってしまうのです。
後方60度の円錐内、というとかなり広いように思いますが、実際は平面で考えてもこんな感じになってしまいます。ここに入り込むにはいろんな経路がありますが、後方以外からの接近では急旋回が生じやすいのに注意して下さい。場合によってはほぼ反転、180度ターンになり、機関砲の時同様、相手のケツを取る大きな機動が必要なのです。
なので機関砲だろうがサイドワインダーだろうが、この時代の空中戦では結局、機体の機動性を活かして相手の後方に回り込まないと勝負にならない、という事になります。ボイドの教本では、この位置につくための自機の軌道を厳密な数式で説明してるのですが、そこら辺りは飛ばして結論だけ書いてしまうと(手抜き)、
〇サイドワインダーを撃つためには必ず目標に対する追跡曲線に入る必要がある。
ということになります。追跡曲線というのは目標を常に真正面に捕らえながら、すなわち自分の進行方向0度の位置に目標を捕らえ続けながら追いかける時に描く軌道で、元々はウサギを追いかける狐の動きなどの説明に使われていたものです。個人的にはなんでウサギを追いかける狐の動きを数学的に解明しようと思ったんだろう、というのが昔から気になってるのですが、その点はとりあえずおいて置きましょう…。
これを直線飛行の爆撃機などに適用すると、以下のようになります。ここでは赤い線が自分の機体で、これが目標の移動に合わせて追跡曲線を描いてます。条件として追跡側がやや高速としてありますが、そこまで正確に描画してないので、あくまでおおよその目安と考えてください。
とりあえずボイドが全ての空中戦の基本とした、この直線で高速で逃げるジェット爆撃機の迎撃の仕方を少し詳しく見て置きましょう。
勘のいい人は、この軌道を説明するには面倒な微積分計算の嵐になる、というのがすぐ判ると思います。同時に高速な敵に追いつくためには急旋回が必要になるのがなんとなく見て取れるでしょう。当然、急旋回中は強烈な力、Gが機体に掛る事になりますがサイドワインダーには2G以下の規制があるため、その発射が難しくなるのです。では、どうするのか、というのをボイドの教本で見ると以下のようになります。
〇サイドワインダーは機体にかかる加速度が2Gより大きいと発射できない。このため急旋回が終わってから、すなわち完全に敵機の後ろにまわってから発射する必要があるのだが、高速で逃げるジェット爆撃機は簡単に射程距離外に逃げきれてしまうため、それは難しい。
このため、ゆるやかな2G旋回で、しかも敵機を逃がさずにその後方60度以内に入り込む軌道を取らねばならない。これは十分な距離を置いて前方から敵爆撃機とすれ違う軌道になるため、予め十分な距離を取って敵機と対面する位置につかねばならない。
単に直線運動してるだけの爆撃機相手でもこれだけ面倒な話になって来るのが高速ジェット機時代の空中戦で、ボイドによる空戦の数学化はある意味不可避な減少だったと言えるでしょう。
当然、対戦闘機の空中戦はより複雑になって来ますが、この記事ではここまでとしておきます。
■ボイドの教本のまとめ
この教本におけるボイドの主旨を簡単にまとめてしまえば、例え爆撃機が相手でも単純に遠くからミサイルを撃てばおしまいになる、といった単純化は不可能で、ましてや戦闘機相手の空中戦ではもっと大変な事になる、という事です。
すなわち当時の全天候型迎撃戦闘機が想定していたような単純で直線的な空中戦は実際は存在せず、高速なジェット機が相手なら必ず高度な機動を用いた空中戦が必要になるのだ、という事でした。つまり戦闘機に高度な機動性は必須である、という事です。
それはこの後、ベトナムでソ連のミグ戦闘機によってアメリカ空軍にとってネガティブな形で証明され、ボイドが開発に関わったF-15、F-16が参加した湾岸戦争で今度はポジティブな形で証明される事になるのです。
後に相手の後ろに回り込まなくてもいいレーダー誘導のスパローミサイルなどが登場しますが、理屈の通りの活躍はできなかったので(笑)少なくとも1990年代までは、この真理は有効だったと考えてよいでしょう。
その辺りのお話も少しだけしておきます。
1979年6月がF-15の実戦デビューであり、イスラエル空軍がこれを行いました。この時の空中戦では当初、敵のシリア空軍のミグ21から視認できない30kmの遠距離からレーダー誘導でスパローを発射しました。パイロットはドキドキしながら命中を待っていたそうなんですが、残念ながらスパローは全てアサッテの方向に飛んでいってしまい、気が付けば敵機は目視距離内に到達していたのです。
こうなると結局、ドッグファイトに入ってサイドワインダーとヴァルカン砲で戦うしかありません。それでも、ミグ21を最低でも計3機を撃墜記録したとされますから、さすがはF-15という所でしょう。ちなみにこの時のF-15はUの字型の強烈なターンをしながらサイドワインダーを発射してるので、1979年の段階では機体にかかる加速度(G)の制限はかなり改善されていたようです。
が、とりあえずスパローは一発すら命中せず、アメリカ空軍が言う所の、ドッグファイト、格闘戦はもはや過去のモノだ、これからはレーダー使った電子戦だ、という話は全く当てにならない事が証明されてしまいます。実はアメリカ空軍はベトナムの時代から、何度も同じような事を繰り返しており(笑)21世紀の今もまた同じような事を主張し始めています。さて、今回はどうなのか、実戦の洗礼を受けてみるまで油断は禁物でしょうね。
とりあえず、ボイドが1960年にたどり着いた空戦の真理が、常にドッグファイトを制することができる戦闘機という開発コンセプトにつながり、それがエネルギー機動性理論を生み、最終的にF-15やF-16に強く反映される事になるわけです。
この後、ボイドのマニュアルの後半では具体的な対戦闘機空戦編に入って行くのですが、純粋に空中での機動のやり方、という話がほとんどで、正直言って飛行機を運転した事のない私にはよくわからん、という部分が多いのです。よってこの辺りは省略させていただき、ボイドの教本の話はここまでとしましょう。
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