昨今の御露西亜国の言論情勢を見るにつけ、拙僧が思い出せし話に御座候。
1930年代中盤までモスクワの文壇には一定の言論の自由があった。
このためロシア作家クラブの会合では毎年、工夫を凝らしたコンテストを開くのが定例になっていた。ある年は政治的な小話のコンテストが、ある年は男性作家のみの参加による「ミスコンテスト」が行われていた。
そこに目を付けたのがモスクワに出て来たばかりで、スターリンに取り入ろうとしていたべリアだった。これを反共産主義的な退廃主義的活動として締め上げ、点数稼ぎをしようと考えたのである。このため地元グルジアから連れて来た国家政治保安部員を引き連れて会場に乗り込む。入り口には「しょうも無い嘘つきコンテスト」の札が掛かっていた。「腐った連中の考えそうな事だ」そう言ってべリアはドアを勢いよく蹴り開け会場内で宣言する。
「聞け、べリアだ。最も優れた政治形態である共産主義国家の我らがソビエト連邦、この人類の楽園にはお前らのようなクズは不要である!共産党は腐り切った知識層を切り捨て、偉大なる同志スターリンの導きによって千年続く理想郷を築くのだ」
会場は一瞬で静まり返ったが、驚いた事にすぐに全員が盛大な拍手を始めたのである。予想外の出来事にべリアは一瞬、怯んだ。そこに審査員長の名札を付けた男が拍手しながら近寄って来る。気味が悪くなったべリアが黙り込むと、その男が満面の笑顔で言う。
「おめでとう、同志べリア。今年のコンテストの優勝は満場一致であなたに決定しました」