■無職はゆるされぬエネルギーの世界

さて、落下の場合、
高度の差が位置エネルギーの差になる、という事でした。
ここで、もう一度、最初の図を見てみましょう。



では次に、そもそもこの状態をもたらした運動、
つまり両者を10mと5mの高さにまで持ち上げた時の
運動の差はどのように考えたらいいのか、
を検討してみましょう。

運動の比較を考える場合、運動量が基準となりました。
これは速度(v)×質量(m)でしたから、同じ質量が同じ速度で
移動してる場合、それは常に同じ運動量となります。

なので図の二つの物体を等速運動で上まで持ち上げた、
と考えた場合、物体を高度何mまで持ち上げようと、
運動量の面から見た場合、両者は全く同じ量しか持たない、
という事になってしまいます。

例えば、10mの位置だろうが、5mの位置だろうが、
10m/sの等速で持ち上げた場合、1kg×10m/s=10kg m/sであり、
持ち上げた高度に関わらず、運動量は同じになってしまいます。
つまり、ニュートン力学的には、両者には差がありません。

…これは変ですね。
私たちは経験的に、同じ重さ(質量×重力)の物体なら、より高くまで
持ち上げる方がより大変だ、という事を知っています。
よって、この両者が同じ運動だとは考えにくいものがあるのです。
となると、ここにもニュートン力学では存在しなかった
新たな量の導入が必要だ、と考えるべきでしょう。

これが「仕事(W)」であり、力をかけ続けて、
物体を一定の距離を動かす運動を「仕事(W)」と呼びます。
略語はWorkの頭文字でWです。

ここで「力をかけ続ける」というのが重要で、
これは「仕事」という量が発生するための必須条件です。
一瞬しか力を加えず、後は慣性運動に任せるなら、
そこに生じる「仕事」の量は最初の力を加えた瞬間のみで、
以後、どれだけの距離を移動しようが、仕事量は同じになります。

でもって重力が常にかかり続ける地球上では、
上むきに運動する場合、こちらも常に力を加え続けないと、
あっという間に重力に捕らえられて落下してしまいます。
よって持ち上げる、というのは連続して力をかける運動になり、
「仕事」が成立するわけです。

さて、力を加え続けた移動距離の蓄積が「仕事(W)」だ、
という事は、それを求める式は、これまた単純明快。

力(F)×移動距離(L)=仕事(W)

ですね。
…はい、皆さんご一緒に。

それってエネルギーを求める式じゃん!

ええ、そのとおりです(笑)。
エネルギーと仕事は同じ次元の量であり、
当然、その単位が同じになるのです。

ただし、これまで見てきたのと違い、
若干、説明がいる「同じ次元」なのに注意が要ります。
そこら辺りをちょっと説明しておきましょう。

まず、物体を動かす「エネルギー」が、
単純なスカラー量、つまり温度などと同じく方向を持たない量なのに対し、
「仕事」は方向を持つベクトル量となります。

さらに位置エネルギーの量は落下するにつれて減る、
逆に仕事の量は移動に連れて増える、という相反する性質があります。
まず、位置エネルギーの量の計算は

力(F)×高さ(H)=位置エネルギー(E)

ですから、地球中心点までの距離が短くなる、
つまり高度が低下するにつれ位置エネルギーも低下します。
高度1000mから500mまで落下してしまった場合、
この物体が使える位置エネルギーは、単純に半減するわけです。
逆に落下における仕事の場合、移動距離が増加し続ける結果、
仕事の量も増加し続ける事になる、
というのにも注意してください。
両者は同じ次元の量ですが、意味するところは異なるのです。

ここで落下運動では、位置エネルギーの量を決める高さと
仕事の量を決める移動距離は+と-が逆転した関係にあるため、
一方が増えると、必ず一方が減少するのに注意してください。

そこで10mの高さから落下した場合の両者の関係を
簡単にな表にしてみましょう。

 移動距離  高度(m)
 0  10
 1  9
 2  8
 3  7
 4  6
 5  5
 6  4
 7  3
 8  2
 9  1
 10  0

当たり前ですが、移動距離が増えると、
高度がどんどん減ってゆきます。
そして、両者を合計すると、必ず同じ数、10mになるのも注意してください。

この結果、両者の数値をそれぞれ掛け算する事になる
位置エネルギー(E)と仕事(W)の間には、
以下のような関係が成立するのです。


図の上端が高度が高い位置、右端が最大の量を意味します。
これは物体が高い位置に留まる限り、
位置エネルギーは最大ですが、逆に移動距離が0である以上、
仕事量は0だという事、
逆に高度0まで落下した後は位置エネルギーが0となり、
成された仕事の量は最大になる、という事を意味します。

ここで、両者の合計は常に一定である、というのに注意してください。
上で見たように最初の高度の数字(10m)を分割する形で増減する
高さと移動距離から求められる、位置エネルギーと仕事の総量は常に一定なのです。
両者の合計は必ず最初の位置エネルギー最大値と一致し、
それ以上にもそれ以下にもなりません。

ここから、二つの重要な結論が出て来ます。

■落下の時の仕事(W)は位置エネルギー(E)の消費に伴って増加する。
逆に言えば、仕事(W)の増加に伴って、位置エネルギー(E)は減少する。
そして仕事(W)の増加量は、必ず位置エネルギー(E)の低下量に等しい。
両者は同じ次元の量、同じ単位の量である以上、
これは運動に伴い位置エネルギーが仕事に変換されていると考えてよい。
つまり、位置エネルギーを消費することで運動が発生し、仕事がなされている


■落下中の物体では、あらゆる高度で以下の式が成立する。
(ただし、最初に書いたように空気抵抗がない場合)

位置エネルギー + 仕事量 = 一定


といった辺りが、エネルギーと仕事の基本的な考え方となります。


●落下によって仕事(W)を行う場合、必ず位置エネルギー(E)の消費が伴う。
●位置エネルギーと変換された仕事の総量は常に一定に保たれる。

この2点は必ず覚えておいてください。

で、あれ?最初は物体を5mと10mの位置に持ち上げる話だったよね?
いつの間に落下の話になってるの?なんか騙されてない?
と思ったスルドイ読者の皆さん、お見事です。
実はそれが次回のお話、運動エネルギーと繋がるのです。

という感じで、今回はここまで。


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