• ■主翼の二次元と三次元の問題

    さて、流体力学を実際の航空機で見るとどうなるか、
    その第二回(というか最終回)は対象を主翼に絞って見て行きますよ。
    まずは主翼の二次元と三次元(笑)の問題について、から。

    主翼の性能、揚力の大きさ、それと引き換えに発生する各種抵抗力の大きさは
    その翼型(airfoil)でほぼ決まります。
    後は直線翼か後退翼か、テーパーはどうか、アスペクト比はどうなってるか、
    といった要素も関わってくるのですが、それでも基本的な性能は
    翼型で決まると思ってほぼ間違いありません。

    翼型は翼の断面型であり、以下のような感じに目的によって、
    さまざまな形状が存在しております。
    画面左から右へと気流が流れる事で、上面の凸部で気流が加速され、
    その結果生まれる低圧部で上向きに吸い上げる力、揚力が生じる、
    というのは既に説明した通り。

    あとはその凸部の厚み、下面の平面具合などにより、
    さまざまな形状が存在します。



    これは揚力発生原理のとこでも見た、低速機用の定番、クラークY型の翼型。
    揚力(持ち上げられる重量)はデカいのですが、それは後で見る誘導抵抗の増大に直結しますから、
    生じる抵抗力もデカい、という事になります。



    こちらはそれよりも厚目ながら、下面にもやや凸部を伴ったNACA2414。
    やや上下対象ですが、最大翼厚が29.5%の位置にある古典的な翼型となってます。

    こういった各種翼型の性能の予測と設計は流体力学の発展により
    1930年代に入る頃には既にほぼ計算だけで行われていました。
    NACAナンバーを持つ主翼は戦前から数多く開発されてますが、
    各種翼断面はほぼ全て、計算に基づいて設計され、後から風洞で試験されて、
    最終的に採用されたものです。



    理論的に設計した後は、こういった感じに翼の断面の模型を造って風洞で試験し、
    その性能が計算とおりであるかを確認して行くわけです。
    実機より小さな模型での試験ではレイノルズ数をそろえる、
    つまり流速を上げて試験する事になります。
    (レイノルズ数=速度×長さ/動粘度の内、動粘度と主翼の翼弦長は不動だから速度で調整)、

    で、上のような状態で風洞実験を行うと、ほぼ計算通りの性能が出るのですが、
    これを機体に付けて実際に飛ばしてみたら、どうも予想していた性能と違うのが発見されました。
    特に抵抗値が思ったより大きくなって速度が出なくなります。
    なんで?というのが、翼における二次元、三次元の問題となって来ます。



    翼型は横から見た断面系ですから、これは図であり、当たり前ですが二次元です。
    よって二次元翼と呼びます。
    対して、実際の航空機の翼は、これまた当たりまえですが奥行きを持つ三次元です。
    ところが三次元翼には、大きく二つの種類があり、その両者ではかなり特性が異なってくるのです。


    まずは上のようにどこまでも主翼が続くと仮定した、無限翼という「理論上」の翼。
    なんでこんな仮定がいるの?というと、翼端と胴体が出てくると話が変って来るからですね。
    その両者の影響を取り除くには、どこまでも続く「無限の長さを持つ」主翼という存在を
    仮定する必要があるのです。

    お次は、現実の翼と同じく左右幅に限界があり、翼端と胴体への接合部が存在する有限翼。
    この両者は同じ翼型、翼の断面型でもその流体力学的な性質はかなり異なります。
    なんで?というと胴体との接合部と、翼の端では独自の抵抗力が発生するからです。
    その内、胴体との接合部で生じる抵抗を干渉抵抗、翼端部で生じる抵抗を誘導抵抗と呼びます。

    これらは当然、二次元翼では考慮されておらず、
    さらに翼端部、そして胴体との接合部が存在しない事になってる無現翼でも発生しません。
    実際の三次元翼、有限翼になって初めて登場するものなのです。
    なので翼端と胴体接合部がある有限翼でデータを取る必要があります。

    1931年の段階で、NACAはラングレーの研究所に高さ9m、幅18mの大型風洞を持ってましたから、
    ほとんどの単発エンジンのレシプロ機が実機のまま風洞実験可能でした。
    しかし、その風速は120マイル前後、時速200q前後が限界で、
    1930年代でもすでに実用的な速度ではありません。
    これだと本気で調べられるのは離着陸時の空力特性程度となってしまいます。
    まあ、それでも貴重ですけどね。

    このため、実物大の主翼を使って高速実験する、となると
    主翼部分だけを切り離し、それを狭い高速風洞に持ち込んで試験することになります。
    これはつまり翼端も無い、胴体も無い主翼の一部という事ですから、
    上の無現翼の一部を切り取って実験しているのと同じです。
    この実験方法なら、そりゃ当然、理論計算に近いデータがキチンと取れます。
    でも、それじゃダメなわけです。

    なので実際の主翼の性能を知るには実機の小型模型を高速風洞に入れ、
    レイノルズ数を揃えてやるしかないのですが、1/2の大型模型でも、
    時速600qの状態を知るには風速は倍の速度、1200q/hが必要という事になります。
    これは超音速ですから、技術的にも困難だし、もはや圧縮流体になってしまうので
    そもそもデータを取っても全く無意味です。
    1/4くらいまで小さくすれば、ようやく現実的な数字になってきますが、
    あまり小さくしてしまうと、レイノルズを揃えても、やはり一定の誤差が出て来ます。

    なのでどんだけ風洞実験でがんばっても、実際に飛ばしてみないと判らん、
    という部分がどうしても航空機には残ります。
    この辺りは第二次大戦期までの航空機では特に顕著であり、
    理論倒れの機体が次々と出てくる一因でもあります…。

    この現実の主翼に存在する二つの抵抗の内、
    胴体との接合部に生じる干渉抵抗は、比較的理解しやすいものですから、
    先に説明してしまいましょう。



    すでに説明してるように、航空機にとって最大の抵抗源は渦であり、乱流です。
    それらは気流が滑らかに流れにくい場所、
    角ばっていたり、出っ張っていたりする部分に生じやすくなってます。
    でもって主翼と胴体の接合部も、大抵は両者90度で合体、
    という角ばった形状を成す事が多いのです。

    当然、そこから渦が生じてくるので、これが干渉抵抗という抵抗源になってきます。
    これを抑えるため、フィレット、と呼ばれるカバーで
    両者の接合部を滑らかにしてる機体も多く見かけます。
    写真は日本の陸軍機、五式戦のもので矢印の先がその滑らかにするためのフィレットです。
    これで抵抗が完全に消えるわけでは無いですが、かなり低減する事はできます。

    とりあえず、これが現実の翼、有限の三次元翼に生じる抵抗、その一です。


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