■国土地理院様万歳

さて、21世紀の日本はスンゲーネット社会でありまして、
そんな中、麗しき国土地理院様に置かれましては、
終戦直後にアメリカ軍が撮影したものから
近年撮影したものまで、日本中の航空写真をサイト上で公開あらせられております。

でもってこれ、スクロールしないで見える画面サイズであること、5枚以下の利用で
引用元を明記すること、といった条件で個人のサイトでも利用できると最近知りました。

さあ、いきなり来たぜそのチャンス!
というわけで、追浜の今昔を国土地理院閣下様提供の写真で見てゆきます。
ちなみに引用元のサイトは
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do

今回使用したのは追浜地区のもので1947年2月アメリカ軍撮影による
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=169873

そして2007年撮影の
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=116967

でもって、それぞれを必要な範囲でトリミングし、文字を追加しています。


ではまず2007年の追浜周辺から。
この左右でだいたい2kmくらいの距離です。



まあ、普通の地方都市の工業地帯ですね。
画面左下のちょっと先に京浜急行の駅があります。

画面中央が日産の工場、上に見えてるのはテストコースで、
この一帯は日産帝国、という印象があります。
その右には住友重機の工場があり、それらに挟まれるように存在するのが
枠線で囲った海洋研究開発機構、JAMSTEC(ジャムステックと読む)様、となります。
左は日産帝国、右は住友軍団に囲まれ、何かあったら速攻で蹂躙される
韓国やオランダ、古代イスラエルのような場所だなあ、という感じでしょうか。

が、これで話が終わらないのが夕撃旅団。
注目は夏島と呼ばれる緑地で、ここはその名の通り、元は島で、
埋め立てられて陸続きになってしまったもの。
でもって、その埋め立てをやったのは誰?というと、それが日本海軍のダンナで、
この追浜地区は、かつて横須賀の航空隊の本拠地である追浜基地だったのでした。

個人的には零戦の試験機が空中分解したり、秋水が初飛行で墜落したりといった
印象しかなかったので、実験部隊の小さな基地、くらいに思ってたんですが、
今回調べてみてビックリ、意外に大規模な航空基地だったのでした。
そういや米軍が本国に送る鹵獲海軍機を集めたのもここでしたね。

で、その当時の写真がこれ。
1947年の終戦後ですが、アメリカ軍が利用しており、まだ現役航空基地の時代です。



周辺が埋め立てられてしまっていて比較が面倒ですが、
夏島だけははっきり確認できます。
ここを基準に見ると、現在の日産工場はほぼ旧追浜基地を置き換えてること、
右側の住友重機は戦後の埋め立てなのがわかります。

ちなみに両者をよく見比べると、どうも一部の倉庫とか、
まだ日産工場に残ってるような…

海洋開発機構の場所は基地南東部にあった水上機部隊の格納庫、
そして海に入るためのスロープがあった場所でしょう。
で、ここは夏島の直下に当たります。



でもって、これが夏島の現在の姿。
岩山、という感じのもので、この海辺ではちょっと目立つ高地となってます。
こんな邪魔なものを航空基地内に残しておいたのは、
おそらく当時の土木技術で完全な平地にするのは結構大変だったから、
そして滑走路の進入方向ではないので放っておかれたのでしょう。、
でもってさらに海軍は、この頑丈な岩山の下をくり貫いて横穴式格納庫を造ってました。
当時の爆弾、戦艦の主砲でもこれだけの岩盤は抜けなかったでしょうから、
なるほど、巧いこと考えたな、という感じです。

…はい、ここでわかった人は判りましたね(笑)。
今すぐ渡辺洋二さんの著書“異端の空”を引っ張り出してきて、
秋水のとこを読み直して下さいませ。
読んでると気が重くなってくる話ばかりなので(涙)、
初飛行の前後だけ読み直してもらえれば問題なし。



ドイツのロケット戦闘機Me163のコピーとして日本で造られたのが秋水。
これの初飛行を行って、そして墜落したのが(涙)この追浜の基地でした。
写真はカリフォルニアのPOF(プレーンズ オブ フェイム)に現存する秋水。
ただしこれ、現地で見たときはレプリカだろう、と思ってしまったようなコンディションで、
そのオリジナル状態の維持、資料的な価値はやや微妙な機体です…。
まあPOF(プレーンズ オブ フェイム)の機体はほぼ全部がそんな感じなんですが(笑)。

この秋水の試験機が追浜に来て、収納されたのがこの夏島の横穴式格納庫で、
さらに飛行前の機関砲の試射を行った岸壁というのは、
位置関係からして、おそらく海洋開発機構のあった辺りでしょう。
(夏島の東側は写真で見ると砂浜で岸壁は南の水上機地区にしかない)
おそらくエンジンテストもこの辺りでやったと思われますが、写真では砂浜にも見えるので、
試験会場は夏島の東側、現在は住友軍団によって埋め立てられた地区かもしれませぬ。



5枚以内なら、という事で同じ写真を再度掲載。

渡辺さんの本によると、秋水は夏島の地下格納庫から
画面左端の一番長い滑走路端まで運ばれた後、北東(右上)に離陸、
そのまま右回りに海沿いに基地を一周して墜落したようです。
(離陸直後(高度500m以下)にエンジントラブルが発生、緊急着陸を試みてる)

ついでながら写真の一番下、基地と道路で区切られた南側で、
建物が密集して見えてる一帯が
まあいろいろあった(笑)海軍航空技術廠、いわゆる空技廠です。
海軍の技術開発部門ですね。

ここもビルが一個ある位だろうと思ってたんですが、
今回調べてみたら、意外に広くてちょっと驚きました。
空技廠本部の建物が2005年ごろまで残ってたようですが、
現在は解体されてしまったみたいです。

といった辺りで脱線はここまで。


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