■基地知識その1

第二次大戦期のアメリカさんの軍用機に多少なりとも興味があるなら、
ライトフィールド、ライトパターソン、という名はちょっと特別な響きを持つ。
1924年以来、アメリカ陸軍航空隊(後のアメリカ空軍)の
研究開発部隊が置かれ、多大な貢献をして来た基地なのですね。



デイトン地区は、ダウンタウンを抜けると、見事に何も無い(笑)。
ある意味航空基地には向いてるし、守秘の必要用のある
研究施設にも向いてる…のかなあ…



例えば、アメリカ陸軍の軍用レシプロ機はターボチャージャー、
すなわち排気タービン過給器搭載によって大きなアドヴァンテージを得るのですが、
これらの開発を行っていたのがここ、ライトパターソン基地。
余談ながら、日本じゃ大正時代の段階で、すでに実用試験に入っておりました。
(海軍機にターボ搭載機が無いのは陸軍の開発による、という面もありんす)

現在も、宇宙開発まで含んだ空軍の研究部隊が駐屯しており、
アメリカ空軍において、屈指の「インテリジェント」な基地となってます。
ちなみに空軍物資部隊(Air Force Materiel Command)の司令部、
と言われてもなんじゃそりゃ、って感じですが、
これは補給から研究開発までを担当するえらく多角経営な「軍」のこと。

陸軍時代からの名残でしょうが、ようするに
「実際に戦争をする部隊」と「それ以外の雑用(?)を全部やる部隊」
というえらく大雑把な分類で軍隊を分割してしまっています。
まあ、それでも十分機能してるし、陸軍の「雑用部隊」は、
第二次世界大戦時に世界最強の組織となりましたから、
意外にメリットの多い分け方なのかもしれません。

そして、ライト パターソンの「ライト」は
ここはデイトン、よって当然、あのライト兄弟のライト、ですね。
ライトフィールドは、兄弟が飛行実験などを行っていた場所だそうな。
パターソンはオマケと思ってかまいませんが、
1920年ごろ陸軍航空隊の移転を阻止(後で説明)するため
必要な土地を買い上げる募金運動を展開した人の名前。

ちなみに基地の西半分がライトフィールド、東半分がパターソンフィールド、
二人併せてライト・パターソン基地、となっています。
ヒネリなし。
航空博物館はライトフィールドの方に位置します。



まあ、そんな基地なので「研究用」資材はバンバン運び込まれ、
それらを倉庫にホッタラカシにしてあるのもなんだから、
と1935年ごろに開設されたのがこの博物館。
(それ以前から、一部一般公開はしてたらしいが)
当時のアメリカはモータリゼーションの波に洗われまくり、
な時代でしたから、そこら辺の「レクリエーション」ニーズにも対応したんでしょうね。

国立アメリカ空軍博物館(National Museum of the United States Air Force)
が現在の正式名称。
世界最古、最大の航空博物館を名乗ってます。
最古、はイギリスとフランスあたりを多少調べてみないと怪しいですが、
世界最大は、多分、本当。そのコレクションも、多分、世界最強です。

今回、使用したカメラのメモリ6GB、撮影枚数約2200枚、
使ったバッテリー延べ6本、まあ、シカゴでの撮影も含みますが、
それでも、過去3年分くらいの画像量を1回の旅行で撮影してます。
それでも、撮りもらしてる機体、まだ残ってるんですよ(笑)。



当初、米軍の開発部隊がいたのはマクフィールド(McCook Field)航空基地で、
これは今のデイトンのダウンタウン中心部に近い場所にありました。
この基地の設立は1917年、ウィルバーが他界するのは18年ですから、
ギリギリ、兄弟がそろって健在な時期。
現在の博物館のコレクションは、すでにこのマクフィールド時代から
スタートしてるそうですから、年季、入ってます。
スミソニアンより早いかも。

が、デイトンの街が拡張されはじめ、さらに研究部隊がより大きな組織となったため、
1924年前後に手狭になった基地を閉鎖、これを移転しようとします。
これに反対したのが地元の例のパターソンさん(ちなみに金持ち)。
地元で基地用の土地を買収するための募金キャンペーンを開始、
その結果、ライトフィールド(当時、既に軍隊の飛行訓練所になっていた)と
パターソンフィールド(当時はハフマン堤防と呼ばれる遊水地)を寄贈し、
なんとか開発部隊の移転を食い止めたのでした。
ちなみに、このエリアを流れる川、Mad Riverと結構すごい名前…。

最後に、陸軍航空隊の研究開発部門が、
ライト兄弟の居住地に造られた、というのは
偶然なのか、狙っていたのかはどうもよくわからず。
後にオービルが自分の研究所(陸軍が出資?)で、
ゼロ戦にも積まれた(笑)スプリット式フラップを開発、
さりげなく航空機の進化にすさまじいインパクトを与えたのが1920年。
これはマクフィールド基地時代なんですが、
ここら辺から考えても、ライト兄弟の存在がなんらかの形で
影響を与えたいたのは確かだと思います。

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