■あの空とこの空を制するために

ようやく普通の人でもある程度知ってる機体が出てきました。
天下一シャークマウス塗装飛行機として私に知られるカーチスP40E。
例のP-36のエンジンを液冷のアリソンV-1710シリーズに換えただけ、
と言ってほぼ間違いない内容だけに、いろいろと設計の古さも目立ち、
なにかと苦労の多かった機体。
が、その頑丈さ、信頼性、そして突出したところも無いけど
過給器を持たない枢軸国の戦闘機相手ならなんとかなったその性能、
で戦争の最初から最後まで活躍しています。
アメリカが兵器の無償貸与(贈与ではない。これが戦後、ソ連とのトラブルとなる)
ことレンドリースで世界中にばら撒いた結果、約14000機が生産され、
確認できるだけでも28カ国で使用されてます。
平凡な傑作機、という不思議な存在。
ちなみに平凡、といってもさすがにゼロ戦程度のレベルは維持してますよ(笑)。
速度的にはこっちの方が速いし。

実はここにあると知らなかった、岩崎さん家の艦上戦闘機こと三菱ゼロ戦21型。
ちょっとビックリ。
翼端が曲げてあるのは「これ21型だから!」とアピールしたかったのかしらん。
尾翼にはA-3-102と数字が書かれてますが、
どこまで信憑性があるかは微妙。
ちなみに機体番号は中島5553となってます。
パプアニューギニアで発見された機体で2004年から展示開始、
という説明からして、おそらく残骸状態から強引にレストアした一機でしょう。
なんというか、「雰囲気」というものが全く無かったですし。
日本の靖国神社や河口湖の自動車博物館にある機体と同じで、
資料的な価値はほとんどないと思います。

が、その横に何気なく展示されていた、98型照準器。
実は現物、初めて見ました。
ゼロ戦に積まれていたのと同じタイプの照準器です。
バリバリにオリジナルで、コンディションもよさげ。
後に出てくる紫電改に付いてたものか、
どこか別の機体から引っ張って来たものでしょうか。
これまた、どこの航空博物館にもある双発爆撃機、B-25。
操縦性が素直だったのと、あのゼネラルモーターズの子会社である
ノースアメリカン社製、ということで9800機前後(ギリギリ1万機行ってないらしい)
もガンガンに造られたりした結果(マーチンB10なんて340機前後だったのに…)、
戦後も練習機などで使われ、こんだけ残ってるそうな。

この展示、ミョーに凝ったジオラマになっているんですが、
なんか微妙に雰囲気が変。
で、解説を見てみたら、この機体、けっこう初期のB型で、
B型といえば、そう、ドリトル先生、否、ドゥーリトル(実は両者とも綴りはDolittle)の
東京爆撃でして、ここは空母ホーネットの甲板上なのでした。

で、この尾部銃座の機銃、どう見てもただの棒でして、
「おいおい、仮にもアメリカ空軍の博物館がそんな適当なレストアでええの」
とささきさんと突っ込みを入れておりました。
ところがドンスコイ、後から、ドゥーリトルレイドの時は重量軽減のため、
あらゆる機銃を下ろしてしまい、ただ遠目に敵戦闘機をだます目的で
モップの柄を黒く塗って載せておいた、という話を思い出したのでした。
…そんなとこまで再現するか…。
恐れ入谷の鬼子母神、アメリカ空軍博物館…。
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