■空港にね、飛べない青い鳥がいるんだ



とりあえず、適当に歩いていたら、オヘア空港名物、ブラオキオサウルスさんが。
結構有名ですね、これ。
もちろん、レプリカですが、これといい、昨日のミサイルのお家といい、
地震のない地域の連中の展示物は無茶するなあ、と思いました。

で、この伝説のブラキオサウルスの下でささきさんが道を聞いてくれる。
最初は「空港でどこに飛行機があるかって?オイオイ…」
みたいな会話のすれ違いがあったものの(笑)、気のいいおっちゃんで、
親切に道を教えてくれました。



が、これがまた結構遠い(笑)。
これはユナイテッドの1番ターミナルから、となりの2番ターミナルに向かう連絡通路。
この先、2番ターミナルの右端(案内マップで見た場合)にF4F-3は居ます(2階部分の端)。
ちょっとわかり難い場所かも。



ありました!
今回は詳しくは解説しませんが(手抜き)、
噂どおり、非常にコンディションはいいです。
ここ、オヘア空港の「オヘア」は、アメリカ海軍最初のエースパイロット、
Edward Henry "Butch" O'Hareの名にちなみます。
余計なお世話でしょうが、オヘア、シカゴに住んでましたが、
生まれはセントルイスだぞ(笑)。

1942円2月に行われたニューギニア沖海戦(日本側呼称)というのがあります。
レキシントンを中心とした米機動部隊が、日本が占領したばかりのラバウルに
ちょっかい出しにいった作戦です。

この時、レキシントンに雷撃を試みた一式陸攻の飛行隊に一機で立ち向かい
(僚機は機銃の故障が発生した)一度に3機を撃墜したパイロットがオヘアです。
ちなみに、5機撃墜して、一気にエースになった、という話もありますが、
どうも公式記録では3機みたいですね。
その後、1943年11月に夜間出撃を行った際に行方不明となり、
戦死の認定を受けたようです。

で、この機体は、ミシガン湖に沈んでたF4F-3を引きあげ、
レキシントン時代のオヘア機の塗装を再現したもの。
なんでまたミシガン湖に海軍機が沈んで万年?というと、
アメリカ海軍は、艦載機パイロット用の訓練空母、ウルヴァリンというのを持ってまして、
なんとこの空母(外輪客船からの改造ですが)を
大戦中(1942-45年まで)ミシガン湖で運用してたのでした。
内陸の湖なら、敵の潜水艦とかに襲撃される心配もないですからね。
で、その訓練中、うっかり湖に落っことしてしまった機体らしいです、これ。
しかし、ホントアメリカの訓練体系ってホント贅沢だよなあ…。

余談ながら、シカゴにはもう一つ空港がありまして、
これの名が「ミッドウェイ空港」(笑)。
こっちには、これもコンディションいいらしいドーントレスが展示されてます。

…シカゴ周辺の皆さん、実は何気なく日本が嫌い?



空港の記念碑的展示物に対するものとしては、異常に細かいチェックを入れて(笑)、
とりあえず、今回の旅の目的は全て果たしました。
最後に、まだ少し時間があったので、ワイルドキャットの横にあった売店で、
極めて愛想の悪いオバちゃんからルートビアを買い、
ここから見える旅客機をチェックしてたのでした。
が、私、旅客機はさっぱりなので、事実上、
ささきさんにひたすら解説してもらうことに(笑)。
お手数、おかけしました…。

で、ここで時間となり、1番ターミナルに戻ったところで、
ささきさんとも、お別れ。
毎度の事ながら、ではまた今度、とかなりあっさりとした挨拶を交わして、
私は国際線の5番ターミナルに向かいます。


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