■やってみなけりゃわからない、からね

アメリカ空軍博物館の別館は、大きく二つのハンガーに分かれている。
一つは大統領専用機、空軍の最優先コールサイン 
エアフォースワンを使った機体たち。
もう一つはアメリカ空軍の裏歴史とでもいうべき実験機、
試験機の数々のコレクション。

これが二つのハンガーに分かれてるのだが、
建物の入り口で、左右どちらかのドアを選らんで中に入る。
私とささきさんは、後ろも振り返らずに
「アメリカ空軍暗黒史館」へ突入したのだが、
直後に後ろを振り向いて驚いた。

アレ、誰もついて来ませんよ(笑)?

バス一台で20人くらいはいたはずの残りの乗客、
間違いなく全員アメリカ市民の皆さんは、
迷わず大統領専用機の間へ!
あれま!

というわけで銀河最強の10000平方メートルこと
アメリカ空軍博物館謹製試験機実験機の間は、
西暦2008年8月25日、午前11時15分から約20分、
非常にまあ、偏った趣味嗜好を持つ日本人二人に占拠されたのでした。
南無〜。

ちなみにここの正式名はResearch & Development Gallery。
どこぞの自動車会社みたいな。




その名も、その形も、知識では知っている飛行機たち。
が、まさかこの目で見れる日が来ようとは。
考古学者がある日、邪馬台国に紛れこんだ気分でした。

ここに入った直後から、我々2名は軽いなんてレベルじゃない
ハイテンション状態に陥り、
両者とも、とにかく場内を駈けずりまわる。
私が明確に覚えてるのは、
巨大航空ディーゼルエンジンを前に静かに涙していたささきさんと、
YF-12とX-15の外板にこっそり触って
感触の違いを確かめていた自分の姿だけである。

なにせ、制限時間30分。
それはあまりに短く、あまりに甘美な時間であった。


機体紹介に入る前に、にちょっとだけ。
ここではYナンバー、Xナンバーの機体がバカスカ出てきます。
例外もあるんですが、基本的にアメリカ空軍で
機体のナンバーにYが付くのは、正式採用前の試験機、
これで競争試作に参加して、勝って、大量受注をいただこうウッシッシ、
という目論見がある機体たち。
いわゆる「試験機」となります。

もう一つ、Xの付く機体も出てきますが、これは純粋に実験が目的の機体。
例え全てがうまく行っても大量生産に入ることは無く、
なんらかの仮説の証明、理論の実践を目的に造られた「実験機」です。

実験機は基本的に、空軍よりもNASAとその前身である
NACAの管轄である場合が多いのですが、
その運用、特にパイロットの確保、と言う点で空軍がからむのが普通です。



入り口横に最初に置いてあるのがこの機体。
あれ、いきなり人がいるじゃん、と思うでしょうが、これは帰りがけに撮った写真。
最初のウチに撮った写真は大コーフン状態だったため、
ほとんどがブレてしまい、全て失敗してるのでした(涙)…。

ノースアメリカンF-107A。ノースアメリカン社がハマッた落とし穴さん。
この機体は3機の試験機が造られただけで、不採用に終わったのですが、
なぜかその名称は「F」-107で、正式採用機となっています。
アメリカの空で一時代を築いたノースアメリカンへの敬意?

背後のデイトンの女神、バルキリーと一体化してわかりにくいですが、
この機体、背中の上にエンジンのエアインテイク、空気取り入れ口があります。
戦闘爆撃機の開発コンペに、F-100の発展改良型として参加。
とにかく爆弾とかは機体下に収容するから、って事でインテイクはあの位置に。
大真面目でやったらしいんですが、
初めて見た空軍関係者は開いた口を塞ぐのに苦労したろうなあ(笑)。

空軍パイロットの間では「マンイーター」、人食い、と呼ばれてたとか。
まあ、撃墜される可能性の高い戦闘爆撃機で、
あの位置に強烈な吸気力を持つインテイクがあったら、脱出するの恐怖でしょう。

エンジンが生きいて、しかもキャノピーが吹き飛ばせず、
これを突き破って外に射出座席で飛び出した場合、
脱出したパイロットが、インテイクに吸い込まれて(ゆえに人食い)
機体に衝突する可能性は決して低くないはず。

同じような危険性は、ドイツのウッカリ造っちゃったアレこと
He-162ザラマンダー にもありました。
その結果、あの機体は圧縮空気による射出座席を採用するんですが、
そもそもオモチャみたいなジェットエンジンですから、まあ、なんとかなったはず。

が、このエンジン、J75は強力ですから、その吸引力も相当なもの。
現場の人間にはメチャクチャ受け悪かったはずで、
そら、不採用になるよなあ、と…。

ちなみにこの時の競作相手が、あの悲劇のジェット戦闘爆撃機、
雷酋長のF-105なのでした。
第二次世界大戦から続いていた、ノースアメリカンとリパブリックの
二巨頭体制が、ついに崩れ、直接対決となったのですが、
予想外のノースアメリカンの敗退となります。



F-107に比べれば安心感爆発なデザインのF-105。よって採用。
が、その損失数は実に全生産数の約半分。
つーか、全般的にセンチュリーシリーズは事故率、損失率、かなり高いような。


が、結局、リパブリックもF-105が最後の花道となり、
後釜にはF-4を引っさげて登場する、マグダネル ダグラス社が就くのでした。
が、マグダネル ダグラス社もやがて、F-15の後継機選考では、
なんと書類審査で予選落ちという衝撃の事態に。
さらに起死回生を図ってノースロップと組みますが、
そのYF-23も、現F-22に完敗して会社は終了、となるのでした。
因果は巡るよ、どこまでも。南無〜。

余談ながら、ここ、YF-23(多分、グレイゴーストの方)
を持ってるはずなんですが、今回、見かけず。
かなりボロボロだったらしいのでレストア中か。

…って、今確認したら、博物館の展示機リストに追加されてる!
画像の日付見たら2008年9月3日!2週間差で見損ねたのか…。
(ちなみにもう一機はロサンジェルの聞いたこともないような航空博物館が持ってる)



アメリカの恥ずかしい最新鋭ことベルP-59B。
1942年に初飛行したジェット戦闘機で、
よせばいいのに勢いだけで正式採用してしまったので、
実験機ではなく、66機ほど量産された「アメリカ初のジェット戦闘機」となりました。

まあ、人気俳優がヒット作に出る前に出演していたB級SF映画みたいな存在ですから、
アメリカ空軍としてはできれば無かった事にしたい機体。
よって、ここ「アメリカ空軍博物館 裏館」こと実験機の間に押し込められたのでした(涙)。

ご存知の方も多いと思いますが、性能的には「控えめに言ってもイマイチ」でして、
さすがは飛行機嫌いの社長のいる会社は違うぜ、
とベル社の評価を自由落下の30倍くらいの速度で低下させました。

ただ、機体の中、それも重心位置に重量物であるエンジンを入れる、
という現代のジェット戦闘機の基本設計のルーツとなった戦闘機ではあり、
ある意味Me-262と先進性では互角か、より上でしょう。
(つーか、Me262はほとんど目新しい部分なんてないような)
胴体両脇にエアインテイクを設け、その上面と主翼位置が同じ、
という構造なんて、20年先を走っていたデザインですよ、これ。
まあ、結局、性能的にはイマイチなんですけどね(笑)

ちょっと余談。
ベル社は設立直後からヘリコプターに逃げるまで、
実はまともな戦力となる機体は全く造ってません。
私は大好き、という点を別にすれば、P-39の発展型、
P-63が発注されたのは、不可解を通り越して怪奇現象ですらあります。

その後、量産機はとてもじゃないがまかせられん、となったベル社に、
アメリカ空軍はXプレーンズ、実験機プロジェクトを与え、
やがてヘリコプターで軌道に乗るまで、大切に扱っているのも、
他の会社の取り扱いと比べると、どうにも変な感じがします。

ベトナム戦争で最もキナ臭い存在の戦争屋として、
ベル社の名があがることが多く、映画「JFK」でも黒幕、
ケネディー暗殺の金の出所の一つして、
背後の映像でそれとなくほのめかされてました。

なんら確証のある話ではないですが、この会社、
なにか変だなあ、という点が多いのです。

ついでに意外に知られてませんが、P-59の初飛行は1942年の10月1日。
Me-262は同7月18日。実は両者、ほぼ同期生です。
さらに書くと、イギリスのミーティアは43年の3月ですから、
実はP-59の方が早いんですよ。
まあ、ドイツはHe-280、イギリスにはグロスターE.28/39という
先行試作機、とでも言うべき存在があったので、
アメリカが十分進んでいた、とはとても言えませんが…。

日本?日本は同時期に雷電で苦労したり、
最高速度で600km/h出ない新型機、
三式戦をうっかり採用したりして楽しく過ごしてましてよ。
ウフフフフ……。


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