■寒い戦争だと思わんかね
で、とりあえず、ベトナム戦争までの展示は制覇ずみ。
残るは最後のホール、寒い戦争こと冷戦期の展示のみです。

で、ベトナムエリアから冷戦ホールに行く通路の入り口がこれ。
なんじゃこりゃ、という感じですが、これ、東ベルリン、ソ連側検問の
等身大フィギア&ジオラマとなっています。
この通路の間はベルリン空輸の展示となっているんですが、
あまり面白くなかったので紹介はパス。
西ベルリンはかつての東ドイツのド真ん中に、
孤島のように浮かぶ西側諸国の砦でした。
で、歴史的に世界でもっとも大人気ない国民性を持つのがロシア人ですから、
当然、周囲を占領してるソ連はそこにイヤガラセをしてきます。
ちなみに、そんな事になった原因としてフランスがいろいろやってるんですが、
これまた脱線しすぎるので、今回は割愛。
1948年6月、西ベルリン周囲を完全に封鎖、まさに陸の孤島とするべく
ソ連のイヤガラセが始まります。子供かよ…って感じですが。
それに対抗し、すさまじい数の航空機による輸送、
空輸による戦略レベルの輸送を、英米はやってのけ、西ベルリンの生活を支えます。
ゲーリングが「スターリングラードでやります」と言ってて出来なかった夢の作戦。
それが英米の手で実現され、しかもその行き先は散々爆弾を落としまくったベルリン。
なんとなく、歴史の皮肉を感じます。
それがベルリン空輸なんですが、今回は脚を突っ込まないでおきます。

で、ああ、アメリカ空軍博物館、お前もか(笑)。
通路の横に模型飛行機の展示。
なんで、世界中の航空博物館の皆さんは模型の展示が好きなんでしょう…。

はい、ここが冷戦の間。
コールド ワーという看板がB-36の前に立ってますから、間違いありません。
全展示ホール中最大規模を誇り、しかも照明は暗め。
なんつーか、独特の雰囲気があります。
この暗さを見たとき、イヤな感じがしたんですが、意外や撮影条件はよく、
ここでの写真、ほとんど失敗してません。
ちなみにこの段階で、この空間に存在する地球人類は中央に写ってるささきさん、
その右に見えるボランティアの人、私、さらに奥にもう一人ボランティアの人、とわずかに4人。
見学客、という立場でなら、なんと我々2人の貸切状態でした。
平日、ということもありますが、人が少ないなあ、と驚く。
いや、それなりの人数はいたはずなので、
何せ入れ物がでかい結果、人口密度が薄くなったのかなあ。

入っていきなり、これ。Mark41
Thermonuclear
bomb。
熱核融合爆弾、すなわち41型「水素爆弾」。
水爆の実物大模型ですね。
模型とはいえ、実物サイズのは始めて見ました。
原爆よりは一回り以上大きいですが、それでも意外に小さいな、という印象。
となりに立ってるのはサイズ比較用の本ページ主催者ですが、こんなもの。
これ1個で、首都圏エリアを丸ごと消滅させられる、とは想像できません。
水爆は、その反応に必要な高熱環境を作り出すために実は起爆部に原爆を使ってます。
水爆の雷管ともいえるパーツは爆縮型原爆なんですね。
そこにもってきて炸薬(?)の重水素は気体ですから、冷却して液化する必要がありました。
後にソ連がリチウムで固体化する、
という技術を開発するまで、それこそ家一軒と言われるようなサイズだったはず。
なので、小型化されたと言っても、限度はあるだろう、と思ってたんですが、現実はこれ。
まあ、通常の爆弾に比べれば化けモノクラスですが、
その破壊力を考えるなら、かなりコンパクトです。
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