■熱帯の空
というわけで、ここからようやくベトナム戦争期の機体に。
で、正直言って、私がもっともよく知らない時代だったりするので、
その解説は極めて適当です(開き直り)。

アメリカ空軍戦闘機の形式番号は徐々に増えて行き、
1950年代には100番台に突入するのは確実となってました。
でそのF-100以降の戦闘機、F-100、F-101、F-104、F-105、F-106あたりを
センチュリー(世紀など100を一区切りとする概念。ダースと同様、翻訳不能)シリーズと
名づけ、新時代の戦闘機、といった位置づけをしています。
どの機体も超音速飛行が可能、というのが大きなポイント。
これはそのトップバッターとなたノースアメリカンF100F スーパーセイバー。
P-51、F-86とアメリカの空を支えて来たノースアメリカンの新世代機。
悪くはなかったんですが、前2作が傑作過ぎで、
イマイチ影の薄い機体となりました。
でもって、ノースアメリカンの最後の戦闘機となってしまいます。
この後のノースアメリカンはYF-107(後で登場するワン)、XF-108という
「ドツボ」にはまってしまい、経営危機から、やがてロックウェルとの合弁を迎えます。
展示機は、本来は練習機として造られた複座型のFですが、
武装は通常型のまま残してあったので、
後部席をレーダー手やナビゲーターの搭乗員席とし、
戦闘爆撃機としてベトナムの空に送り込まれました。
F型は、このレーダー手を乗せられる、という点を活かし
超一流の腕と度胸を併せ持ったメンバーによる特殊任務飛行部隊、
「ワイルド・ウィーゼル」の初代使用機としても採用されています。
「ワイルド・ウィーゼル」についてはまた後で。
で、この展示機体はさらにもう一つの複座機の使い道、
例の前線管制機FACとして使われたものだそうな。
ベトナム時代になると、前線爆撃管制機もジェット戦闘機でないと、
もはや危なくて勤まらないケースが結構あったのか。

アメリカのタフな彼ことダグラスA1-Eスカイレーダー。
元々はアメリカ海軍が「今時、艦上爆撃機と雷撃機が別ってイヤーン」と考え、
その統一を目的に開発が始まった機体で、初飛行はなんと1945年3月、
第二次大戦中、それもドイツの降伏前でした。
その最大搭載重量は約3トンといわれ、これは日本の双発爆撃機、
一式陸攻の3機分に相当します(涙)。
アメリカを代表するB-25ですら、2トン前後。
いやもう、実際、あれ以上戦争続けてたら、烈風が宇宙飛行能力を持とうが、
震電がロボットにトランスフォームしようが、ホント、日本はどうしようもないんですよ。
(ただし終戦で気がゆるんで(笑)、スカイレーダーの配備は1946年後半からになる)
海軍型は主に朝鮮戦争で使われ、その後から空軍が採用を開始。
ベトナムでは海軍、空軍共にこの機体を戦場に持ち込みます。
ちなみに元々はAD-1という形式名ですが、空軍が採用に踏み切った事で
その形式名称がA-1に変更されてます。
展示機は、撃墜された味方の救難に向かうヘリの護衛、
さらには着陸地域周囲の制圧任務を担当していた部隊のものだそうで、
当然、ベトナムの実戦参加機。
後部座席のキャノピーに、なんだか安っぽいオモチャみたいな色の
着色フィルムが貼られてますが、詳細は不明。
レーダーか何かのモニタを見やすくするためだと思いますが、
とにかく地上からパカスカ撃たれまくる任務につく機体にとって、
本来その視界の確保は命綱のはず。
それを、わざわざ視界を犠牲にしてまでこうする理由ってなんでしょうね。
ちなみに上にはこれも世界中の航空博物館でおなじみT-28トロジャンが見えます。

これも元々は海軍用に開発された機体、LTV A-7 コルセアII。
地上攻撃機として採用されたんですが、戦闘機としての任務もこなしてたらしい。
艦載機というのは十分な機体強度を確保した上で、
さらにいくつかの特殊な装置がいるので、
そこら辺の空軍の機体を適当に持ってくる、ことなんてことは普通できません。
そんなことをやったのは二流海軍しか持ってなかった
第二次大戦期のイギリスとドイツくらいです。
が、逆に艦載機をそのまま陸上に転用するのはさほど問題はなく、
古くは日本のゼロ戦から、アメリカのF4U、F8Fなど、結構例があります。
で、1960年代から70年代のアメリカでも、この「海軍の機体を空軍も使う」
という例がかなり見受けられ、どうも空軍の開発部門は相当ヘッポコだったような…。

貧乏人のジェット戦闘機ことノースロップのフリーダムファイター。
いわゆるF-5なんですが、これはその試作型、YF-5。
量産型との違いはイマイチわからない、というかそもそも私はF-5をよく知らない(涙)。
一応、タイで実機を触りまくったし、実はF-20
も
偶然ロスの自然科学博物館(旅行記未収録)で見たりしてるんですが…。
アメリカ空軍がその開発を主導した機体ですが、自分で使う気は全くなく、
(複座のT-38は練習機、連絡機、貧乏時代のサンダーバーズと色々使ったけど)
基本的には貧乏自由主義国家軍に、安価で売りつけるための機体でした。
その販売サービスは徹底しており、各国のパイロットを集めてアメリカで訓練までしてます。
ちなみに、その時、最優先で配備先とされた国の一つがイラン(笑)。
時代を感じますねえ…、ってあいつら、自腹でF-14買えるほどのお金持ちだぞ。
必要ないだろうに。イランにF-5はいらん。
………
はい、もうしません。
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