■母は大きかった



艦内へは、飛行甲板下の格納庫から入ります。
艦首方向はこんな感じ。



同じ場所から艦尾方向を。でかいですよねえ。
まあ艦載機を積んでしまえば手狭になるんでしょうが。
この写真ではほとんど見えませんが、左の銀色の箱型のスペースから、
右側の階段部分まで、ぺたぺたと足跡のペイントがあります。
それはなんだ?! 答えは4ページ後!

エセックス級、その超一級の能力にも関わらず恐るべき生産性を誇り、
このCV-12ホーネットなんて、1942年8月に着工、翌43年8月には進水、
11月29日には海軍が受領している(翌44年2月14日には作戦行動を開始)
わずか1年3ヶ月で27000tの正規空母一隻が完成しちゃっています。
うーむ。しかもこれが複数の造船所で平行して造られてるんだから、
そらまあ、17隻もできちゃうわけですね。ちなみに工員の1/4は女性だったそうな。
ベテラン工員が兵隊に取られようが何しようが、
生産性も品質も、戦争やるのに問題ないレベルで保たれるのがアメリカの製造現場。
よほどしっかりしたマニュアル化が進んでいたんでしょうね。

CV-12となったホーネットの実戦デビューは44年6月11日のサイパン空襲、
それに続くグアム空襲にも参加して、
そのままマリアナ沖海戦に参戦。その後も硫黄島、沖縄と戦争末期の激戦地に
次々と出撃、あの大和撃沈の時もホーネットの艦載機は参加しています。
ちなみに公式記録では59回の空襲を受けながら、一発の爆弾も魚雷も食らってません。
そんなホーネットでしたが、45年の6月4日から5日にかけて台風の中に突っ込んでしまい、
後部飛行甲板が8m程度のわたって破損、艦載機の発着ができなくなり、
サンフランシスコに修理に向かいます(15ヶ月ぶりの寄港だったそうな)。
その修理が終わったのが45年の9月で、既に戦争は終わった後でした。

余談ですがCV-12 ホーネット、記録を見るかぎり、戦争中に250名の死者を出してます。
魚雷も爆弾も一発も受けてないのに。
…なんでだ?
死者の大半は台風事故かなあ。でも、250名もの被害がでるか?
大戦時の乗員は空母側2100名、航空部隊側1400名で、計3500人。
250名なら総員の7%の被害ですから、これは凄い話ですよ。
艦載機は100機前後ですから、パイロットだけで、そんな死者数にはなりませんし。
やっぱ台風の時やられたのかなあ…。
ちなみに、ここアメリカじゃ有名な心霊スポットだそうで、なんか関係あるのかなあ。




格納庫はちょっとした航空博物館になっています。実は結構貴重な機体もあり、それなりに見る価値あります。
これは私大好きF-14トムキャット。たしかA形で、まあどうでもいいエンジンですから、搭載されたままになってます。
手前のレーダーを含め、近づき放題、触り放題。いや、堪能しました(笑)。



この機体は、後ろ姿がとってもグラマラス。うーん素敵。

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