■空の母

前日ビール飲んで夜中まで話し込んだりしちゃったので、
2日目はいきなり寝坊。起きたら10時半で、あわてて出撃。
本日の目的地は、サンフランシスコ湾の向こう、オークランドというか
アラメダにある空母ホーネット。
まあ、寝坊しちゃったもんはしかたない。しかしいい天気だな。
サンフランシスコの街の南で,ベイブリッジ方向に向かって東に進路を取る。

北に向かう金門橋に対して、東に向かうのがこの米ブリッジ、否、ベイブリッジ。
これ、2階建てになってまして、下を走ってる限り、実は周りがよく見えない。
あまり走って楽しい橋ではないかも。1989年のサンフランシスコ地震で、
上の階層の一部が落ちたのがこの橋で、現在、すぐ横に新しい、耐震性の高い橋を建設中。
ちなみにサンフランシスコの南はアメリカ本土と陸続きなので、
橋がかかってないのは残り西側のみ。そこが最後のフロンティアであり、
近いうちに対岸の千葉県まで太平洋横断橋が造られるであろう、と予言しておきます。ええ。

実は二人とも地図を持って行くのを忘れてしまい、軽く迷う。
アラメダ地区は完全な島で、東の外れにある海底トンネルをくぐり、
西の外れにいるこのCV(S)-12のホーネットにまでたどりつく必要がある。
ここに限らず、アメリカの道路の案内板はかなり見づらいので、
初めて来たら、えらく苦労するかも。そもそも案内板はほとんどなく、ややさびいしい扱いです、ホーネット。
幸い、ささきさんが一度来ていたので、途中でリカヴァリーに成功。
軍港の一部に、唐突に繋留してあります。けっこうぞんさいな扱いのような…。
なんかこう見ると、未だ現役の艦にも見えますね。
ちなみに、アラメダ、ホーネットでピンと来た人はいますでしょうか。
CV-8の方の空母ホーネット(1942年没)が、陸軍のB25とドゥーリトルを
積み込んで、初の東京空襲に向かったのが、この海軍基地からなのでした。

エセックス級のCV(S)-12 ホーネット。いや、デカイ。コンディションはいいです。
奥の方のプレハブみたいな小屋でチケットを買って入場する。
ちなみにここもボディチェック類は一切なし。
ただし、バックパックなどの大きめの荷物類は、全て入り口のカウンターに預ける必要があります。
さて、第二次大戦中、大量生産されちゃったスーパー超絶必殺空母、それが有名なエセックス級空母です。
当時最強といっていい能力を持ってる上に、それが戦争終結までに17隻造られてしまいます。
17隻ですよ、排水量27000トンで艦載機を最大100機近く搭載できる船が(笑)。
どないせいっちゅうねん。
最終的には24隻が起工され、23隻がエセックス級として完成、
残り1隻のCV-34 オリスカニーは途中でジェット機対応空母の実験艦として
設計に変更が加えられた上で、就航しています。
いきなり余談ですが、1995年に中断が決まった悪名高き東京の「国際都市博覧会」、
これのアメリカのパビリオンとして、海軍から除籍されモスボール保管されていた
オリスカニーを使おう、というプランがあった、という話があります。
ただ、予算不足の上に、都市博覧会そのものが中止となって、この話は流れたようです。
結局、オリスカニー、最終的にはフロリダで漁礁になってます。
本題に戻りましょう。
エセックス級の計画は戦前からあり、これが太平洋戦線の開戦により
複数の造船所で一気に大量生産されることになりました。
アメリカが戦争に巻き込まれる直前、1941年4月に初号艦のCV-9エセックスの建造がスタート、
同年中にさらに4隻(ヨークタウン、レキシントン、イントレピッド、バンカーヒル)の建造を始めてしまい、
1943年9月1日(日本時間。アメリカ時間では8月31日)に実戦デビューした後は、
エセックス級空母は、日本軍をケチョンケチョンに追い込む原動力となります。
マリアナ海戦での活躍が印象的ですが、むしろその決戦前に日本の航空戦力を殲滅してしまった、
パラオ空襲、マリアナ空襲などでの働きの方が重要でしょうね。
その6番目の艦がこのCV(S)-12ホーネット。
南太平洋海戦で沈んだCV-8ホーネットの名を継いだ艦です。
ナンバー的にはCV-12でエセックス級4番目の艦になるのですが、
エセックス級のナンバリングは計画時に造船所ごとにあらかじめ割り振ってしまってたようで、
その後の実際の建造順、完成順とはまったく異なります。
さらに、米海軍は戦闘などで活躍した艦の名前は、それが退役後、
新造艦に引き継がせる、という伝統がありました。
なので太平洋でCV-2レキシントン、CV-5ヨークタウン、CV-7ワスプ、CV-8ホーネットが撃沈されると、
それらを建造中のエセックス級の命名に次々と流用、
その結果、艦番号、艦名、ともにえらくわかりにくいことになってます。
その上、それぞれ復活後はCV-16レキシントン、CV-10ヨークタウン、CV-18ワスプ、CV-12ホーネット、となり、
見てのとおり、これまた沈没順にはなってません…(建造順は沈没順になっている)。
余談ながら、先代CV-8 ホーネット、沈没時にはまだ就航して1年ジャストというピカピカの新造艦でした。
例のドゥーリトルのB25による東京空襲は、実は慣熟訓練もかねている任務だったようです
ついでに、日本の書籍などではエセックス級の復活後の艦を識別のため、ホーネット(II)などと表記しますが、
これはまあ、あまりほめられた表記ではなく、実際、このホーネットは実は8代目なので
(VIII)と表記しないとおかしいんですね(笑)。
CV-8は7代目ホーネットだったわけです。
アメリカ海軍、それこそ南北戦争のころから、同じ艦名を使いまわしてるので、
CV-12といった艦番号が、必ず各艦ごとに付けられているのは、伊達や酔狂ではなく、
これがないと、どの船だかわかんなくなるんですな。

艦橋部分。下に見えるタラップを渡って中に入ります。
実はこのホーネット、ほかのエセックス級同様、戦後に大幅な改修を何度も加えられ、
第二次大戦期の原型は、ほぼ残っていません。
この艦橋も巨大に見えますが、12の数字が書かれてるあたりは実は煙突で、
戦後の改修で艦橋と一体化されてしまったもの。
余談ですが、初号艦のエセックスが海軍に引き渡され就航したのが42年の12月31日。
その時期、太平洋におけるアメリカ機動部隊の正規空母はすでに4隻が沈められており、
残りはエンタープライズとサラトガ2隻、ともに手負いという状態にまで追い込まれていました。
そんな状態だったのにも関わらず、エセックスは半年近く、
きっちり慣熟訓練をしてから実戦投入されています。
実際、結果的にはそれでも何の問題もありませんでした。
42年10月末の南太平洋(サンタクルーズ)海戦でCV-8のホーネットが撃沈されてから、
エセックスが登場するまでの10ヶ月間は、実働空母は手負いの2隻のみで、
アメリカ海軍最大のピンチを迎えていた、と言えるのですが、
その間、日本海軍の機動部隊の生き残りが、どこで何をしてたのか、私は知りません(笑)。
まあ南太平洋海戦で、実質的な戦争はすでに終わっていたのかもしれませんね。
なので太平洋における空母同士の機動戦は、
42年5月の珊瑚海海戦が最初で、その後、11月の南太平洋海戦までで終わり。
たった半年の間。まさに一瞬の出来事でした。
エセックス級6隻がすでに登場していたマリアナ沖は海戦は、
事実上、対等な戦闘になってないので、まあ忘れましょう。
余談ながら、この間に起こったミッドウェイ海戦の惨敗の印象があまりに強いのですが、
42年末までの状況で見ると、正規空母の損失は日米ともに4隻ずつで、実はいい勝負だったりします。
それが、43年からの「必殺!エセックス級ラッシュ」でとどめをさされてしまうわけです。
まあ、結局、ミッドウェイで勝とうが負けようが、ほとんど意味はないんですね。
実際、アメリカでのミッドウェイ戦の知名度の低さは、米海軍の無関心さの反映でしょう。
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