■ロンドン旅行記の最後に■
今回は一人旅、ということもあり、旅行中、ずっといろんな事を考えていました。
まず、イギリスは違う世界だ、ということ。
たとえば、アメリカとかに行って、ああ外国に来たねえ、と思うも、
ある程度、理解もできるし、とけ込むこともできます。
アジアなんてもっと楽で、速攻で現地化可能です。

でも、イギリスではできない。あそこは違う世界です。
緯度0の世界と、そこからみて東の果ての世界は、あまりに異質でした。
日本人も、イギリス人も、なにかの間違いで佐渡島とブリテン島が入れ替わったりしない限り、
お互いによく知る事はなく、理解する事も不可能でしょう。あれは、違う世界です。
特に高レベルの福祉社会を築いたヨーロッパの現実は衝撃的でした。
あれは、ダメだ。最低です(笑)。なんだよ地下鉄の初乗りが660円て。
まったく人間をダメにしますね。税金も福祉も、ほどよいレベルが一番です。
あらゆるサービス業が、これまで訪れた国の中では最低レベルでした。
働く人間の目が死んでます。
共産主義は、資本主義&自由民主主義の組み合わせに、ケチョンケチョンに敗れましたが、
社会主義は自由民主主義と対立せず、むしろ浸透して、静かにヨーロッパの国々を殺しています。
日本で社会主義というと、労働組合とか、日教組とかが真っ先に思いつきますが、
本来、社会主義というと、すべての利益を社会に還元し、均等に分配しよう、
一部の資産家や貴族に富を独占させないようにしよう、という考えから来てます。
「利益の社会への還元」。美しい発想に見えますね、確かに。
この考えは、せいぜい財閥なんていうチンケな金持ちしかいなかった日本では理解しがたいですが、
19世紀、国家レベルの富が、一部の資本家に握られたアメリカ、ヨーロッパでは切実な願いでした。
例えば、アメリカで歴史上最高の金持ちはビル・ゲイツなんですが、その次、2位から5位くらいまでは、
未だに19世紀の金持ち連中である、ロックフェラーやカーネギーなのです。
当時の物価と現在の物価差を考えると、わずか数人の連中が国の富の半分以上を独占する、
という凄まじい状態が理解出来ると思います。
この忌まわしい記憶があるヨーロッパでは社会主義は一種の絶対的正義で、
その正さは疑う余地のないものでした。でも、それは間違った理想。
物事を単純に考え過ぎです。家畜の被害を無くすには、オオカミは皆殺しにしてしまえ。
その結果は、天敵のいなくなったカモシカなどにより、森は丸坊主にされ、
人が生活してゆく環境さえ、脅かされるようになります。
全ての事象は複雑に絡み合っているのが現実で、あまりに短絡的な解決法はろくな結果を生みません。
ところが社会主義はヨーロッパで静かに勝利してしまいます。
自動的に、その勝利はヨーロッパの敗北を意味しました。
「平等」な社会と「ただ平均的」なだけの社会のはき違えは
20世紀ヨーロッパにおける最大の痛恨事だったと思います。
すべての人にチャンスがある「平等」と、なにをやっても皆いっしょな「平均的」では
人々の労働意欲が天と地ほど違って来るのは、本来、小学生でも理解出来そうなもんですが。

ヨーロッパの時代は、未来永劫、もう来ないでしょう。
余談ですが、アメリカはこの災禍を見事に逃れました。
人の世話になるか!という国民性もあるでしょうが、皮肉にも民主党の両ルーズベルトの役割が大きかったと思います。
しかしまあ、文字通り「異文化」というものを体験したのはこれが初めて。斬新でした。
自分が「絶対の常識」と見なし、その思考の基盤としてきた部分が
実に弱いものであることを痛感しました。いや、勉強になった。
さて、その殺人的物価と相まって、誰にでもオススメ、という土地ではないですが、
多少なりとも好奇心の持ち合わせがある人にとっては極めて面白い場所です。
着いた当初は、なんて場所に来てしまったんだ、と思いましたが、
最後には、もし機会があればぜひもう一度来よう、と思うようになっていました。
イギリス、かつて世界を支配したかの国は、その残り香をわずかに留め、
東洋からの観光客には実に面白い場所でした。機会とお金(笑)があれば再訪したいものです。
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