LONDON 2006 SUMMER




で、展示にはけっこう変なものが。
この鷲の彫像はベルリンからソ連兵がかっぱらって来たものを
イギリスが記念にもらったらしい。




ほんの隅っこの方に日本軍に関する展示も。
なんか日露戦争時の展示のようでしたが、よく見てこなかったので仔細不明(涙)。



昨年のスミソニアン旅行記でドイツ軍の元帥杖は紹介しましたが、
ここにはイギリスのそれがありました。あれま。
いい歳したおっさんが、あんな魔女っ子ライクな素敵なステッキを
うれしそうに握りしめてるなんざ、人類史上、第三帝国だけだと思ってたんですが、
あったんですねえ、イギリスにも。イカしたライオンマーク入りでした。

サー・ジョン・ディル(Sir John Dill)陸軍元帥のものだそうで。
いや、聞いたこともない人ですが、イギリス陸軍の参謀本部長官(Chief of the Imperial General Staff)
だった人だとか。しかし、1940年の5月から1941年12月のわずか1年半で引退、
アメリカのワシントンに、共同作戦本部のイギリス上級指令官となって赴任してます。
栄転か左遷か、微妙な人事だなあ(笑)。



ここの展示スペースには、いろいろ凝ったアトラクションがありまして、
塹壕を歩こうコーナー、空襲時のシェルター避難にレッツトライ!コーナー
といったものがあります。どれも、正直、イマイチな出来ですが(笑)努力はすばらしい。

これは塹壕コーナーの方ですね。
第一次大戦では、機関銃の進化により、歩兵や騎兵が開けた地域で進軍するのは、
事実上、自殺行為となりました。そんな事をしたら、バッタバッタと機関銃でなぎ倒されます。
この状況は装甲車両(主に戦車)と航空機という、機関銃陣地の影響を受けない兵器の登場まで続きます。
ちなみに、それらにより塹壕戦の時代を打ち破ったのが、グデーリアンなどによる電撃戦で、
打ち破られたのが塹壕戦の余韻から抜き出せなかったフランスです。

が、そんな便利な兵器のなかった第一次大戦中には、
敵の砲撃から防御できるように築かれた機関銃陣地は、事実上無敵に近いものでした。
これが一度築かれてしまうと、敵はそこの前面の地面に縦横無尽の通路を掘り、
機関銃の弾や砲撃による被害を受けないようにして対峙するしかなく、
両軍のそれがそのまま前線となりました。
日本には経験のない戦い方でピンと来ませんが、ヨーロッパの連中は、
これによって天文学的な死者の出る戦争を初めて経験、恐怖するのです。

その塹壕を再現したのがこのアトラクション。思った以上に深くて幅の広い通路です。
誰もいない、と思って写真をとったのですが、目の前に親子がいて互いにビックリ。
これが戦場か(笑)…。



展示の最後の方にあったマンガのパネル。
疲れ果て、傷ついた兵士が、「平和の冠」を私たちに差し出して言います。

「ほらよ、もう無くすんじゃないぜ」

この時代の人たちの血の上に、我々先進国の国民は快適な暮らしを築きました。
ありがとう。そう、彼の言っていることは全面的に正しい。




もう少し見ていたい気もしたんでですが、この段階で3時半。
空港までは1時間弱を見る必要があるので、なんかあった場合にそなえ、
早めに切り上げる事に。

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