LONDON 2006
SUMMER

入り口を入ったところ。
右が外壁で、左が内壁。この内壁の向こうがこの城の中心部。
もともと、ここにはローマ人の砦、というか植民都市があったあたりで、
いまでもその一部が見られます。
ちなみにロンドン塔の設計担当者の名はガンダルフ司教。
すなわちホワイトタワーのガンダルフ(笑)。
こちらのガンダルフは
GundulfだけでなくGundulphと書かれてることもあります。
イギリスでは、そこそこの有名人のようです。
で、その後、ライオンハート野郎ことリチャード王(十字軍バカ一代男)をはじめ
さまざまな王が増築、改造を重ね、監獄や王宮、処刑場、武器庫、宝物庫として使われました。
さらには動物園、見世物展示場、造幣局、博物館となんじゃそりゃ、という遍歴まで持ちます(笑)。
これほどつかみ所が無く、説明の難しい施設も珍しい…。
昔からあって、ロンドン中心部で、それなりに頑丈かつ広いので活用価値は高く、
その時代時代で、さまざまな使い方をされてきた「建築物」なんですね。
全部で21の建物がある、といわれ、それぞれが異なった使われ方をしていたようです。
この写真で見える一番奥のあたりに内壁の内側に入れる門があります。

ゆるやかな坂を登り、内壁の中に入ってすぐ左手に見えるのがこのクィーンズ ハウス。
ご大層な名前ですが、これこそが刑務所として使われていた建物です。
とにかく化けてでることで有名なエリザベス I
世の母、
アン・ブーリン(ボーリン?Anne
Boleyn)もここにとらわれ、
1536年、激しい抵抗もむなしく首をはねられます。
この人の幽霊は首なしで有名ですが、すごいのは、ロンドン塔はおろか。
生まれ故郷のノーフォークにあるブリックリング・ホールにまで出没する、ということ。
ともかく目撃例の数とその広範囲に渡ること、世界最強ではなかろうか。
陰気でイタズラ好きな国民性から、まあ生きた人間の仕業でしょうが、
それゆえに人気のある彼女の出番が増えた、とも言えるでしょう。
ちなみにエリザベス I 世も即位前にここに一時幽閉されたことがあります。
親子二代に渡って収監された、ということになりますね。
で、ロンドン塔に最後に幽閉されたのが、あの「ナチスドイツのナチュラルな彼」こと
ルドルフ・ヘスだったりします。短い期間ですが、ここに収監されました。
ここら辺が実はよくわからない所なんですが、ロンドン塔、1804年頃から、
一般に公開され始めているのに、第二次大戦時ごろまで、刑務所としても使われていました。
一般に解放されてた刑務所?というのも理解に苦しみます。エリアで区切ってたのかな?
ついでに、この場所、第一次大戦時はスパイの収容所として利用され、
11人のスパイが銃殺された、という話もあります。ホントか?こんな町中で?
うーん、ほんとつかみ所のない施設ですねえ…。
ちなみにこの建物は現在でも見学不可です。

城内の中心部付近から南を見る。
右手にあるのが上記のクィーンズハウス、左手にタワーブリッジも見えます。
で、その間に挟まれ、木に隠れて良く見えない石造りの建物が、
有名なブラッディータワー、すなわち血まみれの塔。

その内部。13世紀に建造されたといわれる塔ですが、
後世に改造されまくってるので、外観を除き、当時の面影はとどめていません。

上の階が、基礎編でも紹介した幼い兄弟、
エドワード5世と弟のデューク オブ ヨークの幽閉されていた部屋。
彼らが暗殺された、とするなら1483年のまさにこの部屋。
が、そんなことはかまわず、ご覧のようなにぎやかな展示(笑)。
右側に見えてるのが例の「犯人は誰だ投票マシーン」です。
ここは漱石の「倫敦塔」にも出てきますが、あんな幽玄な雰囲気なんざ1ミクロンもない(涙)。
兄弟暗殺で有名な塔ですが、彼ら以外にも、多くの囚人が幽閉されてました。
一説にはヘスが収監されてたのはこっちだ、という話もあるんですが、
確認できず。
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