LONDON 2006
SUMMER

ホーカー テンペストMk.V。
タイフーンの失敗(イギリス人はそう考えてないだろうけど)にこりて、その改良版として作られた機体。
この後のページで出てくるタイフーンの後継機なんですが、あまりに強烈なアゴのインパクトで、
両者は全く同じ機体にすら見えます。
主翼と尾翼周りと尾輪のみは間違いなく新型なんですが、
それ以外、胴体部を中心にけっこうな部分を、事実上タイフーンから使いまわしてます。
が、本来はテンペスト、こんなレベルでなく、ほぼ別の機体に生まれ変わる予定だったんですね。
当初はエンジン変更に伴い、自慢のアゴを撤去、ラジエターを主翼前縁に移す予定でした。
もう完全に別の機体。ところがタイフーンの開発トラブル続きで懲りていたのか、
それとも強烈なアゴマニアがいたのか、イギリス空軍、タイフーンと同じ
エンジンとラジエター形状の機体の試作も要求してきます。
さらに別のエンジン搭載の試作機の製作が加わり、この機体のサブタイプ、世界トップクラスのわけわからんことに。
以下に簡単にまとめましょう。
テンペストMK.I(1)
ネイピア セイバーエンジン(IV)を搭載。アゴ付ラジエター撤去のほぼ完全新型機。
試作1機のみで量産されず。そもそも最初に空軍から量産の発注を受けていたのはこのタイプで、
これこそが「テンペスト」だった。
テンペストMK.II(2)
空冷のブリストル・セントーラスエンジン搭載。よってタイフーン、テンペストMk.Vとは全く似てない機体となる。
のちに最終生産型として完成(後のページで出てきます)。
テンペストMK.III(3) おなじみグリフォンエンジン(IIB)搭載型。その後、別の戦闘機、フューリーの試作機に発展する。
テンペストMK.IV(4) これも、おなじみグリフォンエンジン(61)搭載型。ただし、計画のみで実際には製作されず。
テンペストMK.V(5) Mk.I(1)がコケたけ時の保険として、タイフーンと変わらないエンジン(ネイピア セイバーII)と
胴体周りで試作された機体。本来の「テンペスト」からはもっとも外れる空軍の横槍による機体。
そんな経緯で一番最後のサブタイプとなったのに、これだけ保守的に行けば試作機の製作はスムーズに行き(比較的だが(笑))、
そこそこの成績をあっさり出してしまう。まあ、いかにタイフーンがダメな機体だったか、ということでもあるが…。
で、その結果、マークV(5)という一番最後のサブタイプのくせに、そのままの名前で最初の量産型となる。
わかりますかね(笑)。
本来、テンペストを名乗るべきだったのはMk.I(1)だったのですが、機体もエンジンも新型で、
その製作にはおおきく手間取ります。MK.II(2)も同様。III(3)とIV(4)は上記のような結末に(笑)。
結果、空軍があらゆる保険をかけた保守的なMk.Vが最初に完成、1942年9月には初飛行に成功、
そこそこの性能だったので、そのまま量産にも突入してゆきます。
ただし、量産には手間取ったようで、1944年1月より部隊配備開始。
で、Mk.V(5)が最初の量産型でした〜ってだけならどうってことないのだが、
実は空冷セントーラス搭載のMk.IIの開発も続行していて、
1943年6月に初飛行に成功、Mk.Vに遅れること約1年、1945年から量産が開始されてしまうんですね。
Mk.V(5)の方が先に生産され、さらに後から出てきたMk.II(2)は空冷エンジンで全然形が違う。
わけがわかりませんね(笑)。
さらにはMk.V(5)のエンジンを変更したMk.VI(6)という機体もあって、いや、もうめちゃくちゃわややでんがな。
ロンドン旅行記のはずが、思わぬテンペスト解説になってしまいましたが、
ここまできっちり説明してる日本語資料は珍しいですよ、お客さん(笑)。
ただ、テンペストMk.V、その性能は確かに悪くなく、航続距離はスピットの倍、20mm機関砲を
4門装備して時速700km出せた、というのだからたいしたものです。
この展示機体は、戦後、射撃訓練用のターゲットを曳航するために使われた機体。
自慢の20mm機関銃が全て外されてるのはそのためで、
この派手派手な塗装は「オレを撃つんじゃないぞ」という警告色。
フランスから逃げて来たエース ピエール・クロステルマンの乗機でもあるし、
(彼の「撃墜」という朝日ソノラマの文庫はかなり面白い。間違いも少なくないが…)
もう少し見栄えのする塗装にしてあげればいいのに…。

ホーカー ハートII
G-ABMR
二つの大戦にはさまれた時代である、1928年に初飛行した2人乗り軽爆撃機。
性能的には優秀で、同時代の戦闘機と互角にはりあえた傑作機…とのことですが。
その性能のよさからさまざまな派生機もつくられ、
主なものに直協機のオーダックス、戦闘機型(笑)のフュリー(後のアレとは別物)
中近東からインド向けの田舎用多目的機ハードリー、さらに練習機型などがあるとか。
でもって、これもシドニー・カムの設計。
この機体、第二次大戦時、新型機をもらえなかったアジア方面で限定的に使用されたほかは、
本格的な実戦は経験していません。何を持って「傑作機」と主張するのか、イギリス人(笑)。

ドイツの空の顔ことBf109G2のトロピカル仕様。
なんか日本人的にはトロピカルつーと、ハワイのような南国天国を連想しそうですが、
英語では純粋に熱帯、あるいは酷暑の地域を指しますんで、
この場合のトロピカルってのは北アフリカの砂漠地帯(笑)。
G型というとコクピット前のコブ付、という印象が強かったものの
実はあれはG6以降から、と今回調べていて初めて知りました。
1942年ごろトブルクで破損放棄されてるのを発見、回収された機体で、
イギリスに送られていろいろテストされたそうな。
しかし、ここからがこの機体の受難のスタート(涙)。
テスト終了後は忘れられたも同然に、荒れるにまかせて1972年までほったらかし、
1978年からようやくレストアスタート、1991年に一旦は完成。
しかしフライアブルだったんで、飛ばしたくなるのが人情というもの。
結果、1997年のダックスフォードの秋のエアショーで不時着横転クラッシュしてしまいました。
そこからもう一度レストアがスタート、2002年にようやくこの博物館に来たとか。
苦労してるねえ…。そんなわけでオリジナリティ度はやや低し。
なんでもかんでもフライアブルにすればいい、ってもんではない、というお話でした。

BAe ハリアー
GR3
世界初の垂直離着陸機として有名なハリアーです。
本国イギリスでは、もっと大々的に展示されてるかなあ、と思ったら意外に普通。
つーか、ハリアーってすでにホーカーシドレー社じゃないんだなあ、と変なところで感心。
対地攻撃および偵察に特化した陸軍フレンドリーな機体のようです。
デ ハビラント モスキート
B35
木製の驚異というニックネームの通り、その胴体と主翼の大部分が木を成型したパーツ(ベニヤ)でできている、
という恐るべき双発機。エンジン周りや主脚とかはさすがに金属製ですが。
その軽量に造られた木製の胴体に、強力なマーリンエンジンを2発も積んでしまったら、
えらく高速な機体ができてしまいました…というシロモノ。
ただ、高速といっても650km程度なんで、大戦後半ではさほど高速とは言えなくなってました。
RAF博物館にあるのは、そのモスキートの爆撃機型における最終生産タイプ。
1945年3月初飛行ですので、戦争には間に合いませんでしたが、
なんとジェットばりばり時代の1954年まで現役爆撃機として活躍してました。
これも一部は標的曳航機に改造され、1963年ごろまで現役だったと言いますから、
思った以上に頑丈だぞ、木製機。
ちなみにこの型には民間機型も存在します。誰が買ったんでしょうね…。
東南アジアではキノコが生えた、カビが生えた、あげくにシロアリにやられて、
などなどさまざまな噂がありますが、どこまでホントかはわかりません(笑)。
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