LONDON 2006
SUMMER
フィドラー Fi156
シュトルヒ
観測、連絡、将校の移動、とまさに戦場の足として活躍したドイツ機。
太平洋で戦争していた日本にはピンとこないが、
あきれるほど広大な東ヨーロッパや北アフリカでの戦争では、
前線周辺で身軽に飛び回れる機体の必要性は高かった。
その要望に応えたのが本機で、戦前から生産がスタート、
「空を飛ぶもんは全てオレのもの」というユニークでユーモアあふるマヌケ、
ゲーリングの主張に基づき空軍の管轄とされたが、その実は常に陸軍とともにあった。
翼が畳める、というのは初めて知ったが、トラックか列車で運ぶためでしょうかね。
あまりに軽く、駐機中に風が吹くと飛んでしまう、とまでいわれてたので、その対策かも。
翼畳むと、脚がえらいことになるんで、鎖で胴体とつないでます。
この機体、有名なグランサッソのムッソリーニ救出作戦で
滑走路なんてない山の上から離陸脱出したり(80m前後は滑走したらしい)、
これを手に入れたイギリスのモンティーことモンゴメリが使用したり、
ワールドタンクミュージアムで7個連続でこれが出てアナーキャが憤慨したりと
地味な役割にしては、非常に華やかなエピソードが多いのも特徴だろう。
実際、ファンも多いし。
展示の機体は、戦中にドイツ占領下にあったフランスのモラーヌ・ソルニエ社製。
なんで正式名称はFi256となるはずだが、
フランス製のシュトルヒもFi156とする資料もあるため、よくわからない。
一説にはドイツ本国のフィゼラ−工場が戦闘機(Me109)の生産に移行したあと、
フランスでの生産が主力となり、シュトルヒの総生産数のうち、
かなりのものがフランス製、とのことだが、すみません未確認です。

あれ、もう一機、奥にもシュトルヒが…と思ったらモラーヌ・ソルニエ MS.500
Criquetでした。
Criquet、フランス語は全く知らんので、意味も読みも不明。
モラーヌ・ソルニエ社、タフな機体を生産してただけに、本人たちもタフだった。
戦争終結後、手元に残った設備を利用、そのままシュトルヒの生産を続けてしまうのだ。
それがこの機体。当初はちゃんとアルガスエンジン搭載だったのでまんまシュトルヒ。
ちゃんとランセンス料払ってたのかなあ…。
その後、生産が終了したのか、ストックが尽きたのかは謎だが、
アルガスエンジンが底を尽き、アメリカ製空冷星形L-4エンジンに乗せかえたのがこの機体。
なんで、主翼上のドイツ軍マークはどう考えても変なのだが…。
この機体、思った以上に生産されており、インドシナ戦争時の
フランス軍が使っていた、との情報もあり。
シュトルヒ、ベトナムの空を飛んでたのか。

タケコプターのごときフォッケアハゲリス FA330
オートジャイロ。
本格的ヘリコプターFA233で有名なフォッケアハゲリスだが、こんなビックリドッキリメカも作ってた。
ちなみにこの「フォッケ」はあのフォッケウルフのフォッケと同じ人。
戦前に株主総会でフォッケウルフを解任されたらしく、その後設立した会社だ。
ドラマだねえ。
Uボートに積んで、浮上時に周囲の偵察用に使用されたらしいが、見ての通り、この機体には動力がない。
航行するUボートが受ける風を利用して舞いあがったらしい。
これ、艦内反乱防止用罰ゲームマシンにしか見えんよなあ。
200機程度の生産数と言われ、大変貴重な気もするが、
実はスミソニアンのウドバー・ハジーセンターにもあった。
フランスにもあるらしい。
なんらかの理由で連合軍に大量接収されたのかしらん?

パーシバル プロクターIII。
これまたイギリス以外ではまず見れなそうな機体。
連絡機および無線士&航法士訓練機とのことだが、
イマイチイメージが浮かばない種類の機体ではある。つーか私、この機体、知らなかった(笑)。
これまた艦上機でもないのに翼が畳めるのだが、すごいのはその構造。
わかりますかね。主翼の折りたたみポイントで、フラップが垂直方向に跳ねあげられてます。
なぜここまでして翼を畳む必要が…

シェルヴァ C30Aオートジャイロ。
イギリスにもオートジャイロ、あったんですね。
オートジャイロですから、上のプロペラは無動力、機首のエンジンで前進して、
その向かい風でローターを回して浮上します。よってホヴァリングは不可。
ヘリコプターとは根本的に違う機械と思ってください。
むしろ飛行機の翼を回転翼にしたもの、という方が近いかも。
特徴としては翼自身をブン回して揚力を発生させるので、
離陸が短距離ですみ、かなりの低速飛行も可能なので離陸も短距離かつ容易なこと。
この点をいかし、RAFではイギリス沿岸に張り巡らされたレーダー郡の点検調整の足代わりにしてました。
車より速いし、飛行機よりも融通が効くからでしょうね。
1940年から42年まで、その部隊がダックスフォードに駐屯してました。
ちなみにこの機体、1950年まで現役だったとか。
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