LONDON 2006 SUMMER

さあ、いよいよ旅行記の書き手にとって最大の山場、展示機の紹介だ(笑)。
今回は、全行程を通じて、昨年の倍近い飛行機を見てることになるため、
必要最低限の解説で突っ走ります。わからんものはわからん。
以下では見りゃわかる、というレベルのものを除き、サブタイプは書きません。
でないと、終わらない、命にかかわる(涙)。
 

ちなみに、ご覧のように我が愛カメラの16:9画面パナソニックことLUMIX LX1は
撮影のポイントも対象も非常に限られる航空博物館では最強のカメラでした。
なんの工夫もなく、自然に機体全体を画面に納めることができます。
ビヴァ! パナソニック!さあ、君も16:9組に入るんだ!



F7F 3Pタイガーキャット。レストア完成済み。置く場所無いのか、こんなとこに。
実戦に間に合わなかった、ということは戦争終わって生産打ち切りにされた機体で、結構貴重。
双発の単座戦闘機、しかも海兵隊最後のレシプロ戦闘機ですが、
実は戦闘機型は35機しかないと言われ、残り全て複座の夜戦として完成してます。
この機体もそう。
これ、ぜひよく見たい機体だったのに、全く近づけず。
まあ、全体がちゃんと見えてるだけ、ここではマシな方なんですが。



グロスター グラディエーター。
「チャーリーとチョコレート工場(チョコレート工場の秘密)」やら
「単独飛行」「飛行士たちの話」で知られるロアルド・ダールが中東で乗ってた機体。
イギリス空軍最後の複葉戦闘機でもあるが、1940年ごろまでは現役でブンブン飛んでたのだから驚く。
ダールの自伝「単独飛行」によると
「だれか操縦の仕方を教えてくれるのですか?」
「バカなことをいうな。コクピットが一つでどうやって教えるやつが乗るんだ」
というイギリス式ユーモアなんだかよくわからん理不尽な説明の元、
いきなり乗せられたあげくに砂漠に不時着、九死に一生を得ることになったらしい。
まあ、軍隊なんてのは、どこの国でも理不尽なもんだ。
強い、弱いは別の次元で決まるのだろう。

ちなみにこの光景をみて、初代スターウォーズのXファイター基地を思い出しました…
色あいと形、似てません?



私が地球上でもっとも好きな機体、ベルのP39Q エアラコブラ。
これもレストアずみ、飛べる機体です。
ダックスフォードは第二次大戦中、イギリスで唯一、エアラコブラ Iを装備した部隊が常駐してたのですが、
この機体の性能については「英空軍はあまりのことにショックを受けた(世界の傑作機より)」とのこと(笑)。
まあ、そいう機体。私は好きですが(笑)。
この後出てくる、ムスタングやスピットを見てから、この写真をもう一度見てもらうと、
機体側面、エンジンから飛び出した黒い排気管の場所が、他の機体よりだいぶ後ろにあることに気づくはず。
この機体のウリで同時に致命傷でもある、エンジンを機体中央に乗せるデザインの結果です。

ちなみにダックスフォードのエアラコブラ部隊は2タイプあり、最初はここにいたテスト部隊。
受領時に性能の確認を行ったのは彼らなので、ショックを受けたのも多分、彼らだ(涙)。
その後、通常の作戦部隊が設立されてます。
なんでダックスフォードに残ったか、というと、この機体、離着陸にはかなりの滑走距離が必要で、
当時のイギリスの一般的な牧歌的飛行場では運用不可能だったらしい。
ダックスフォードはドイツ空軍の鹵獲機テストを行う部隊のホームグラウンドでしたから、
滑走路も整備されており、イギリス側のドイツ機の性能レポートなどが作られたのも、実はこの基地。
大戦の途中からは、あの米第八空軍もここに常駐するんですが。

あと、米軍が北アフリカにエアラコブラを送る際も、ダックスフォードに一時駐留してたんで、
よくよくエアラコブラに縁のある基地らしい。ビヴァ!ダックスフォード!

この機体、正面から見たいポイントがあったのに近づけず。
いやはや、ストレスのたまる博物館だ…。



日本じゃおなじみグラマンF6F5ヘルキャット。
艦載機史上、もっともよくできてると思われる、その折りたたみ翼がみごと。
ただしこれ、完全人力可動なので、折りたたみは結構力作業らしい。
この機体、アメリカ以外では唯一のフライアブルなもの、というだけでなく、
撃墜19機の米海軍4位のエース、マリアナ沖海戦で6機の艦爆をわずか数分で撃墜した、
と言われる(公式記録である)あのアレックス(アレキサンダー)・ブラシュー
(読みは自信なし。綴りはAlexander Vraciu )が乗っていた本物の機体である。
ただし、マリアナ沖の時の機体ではない。
この人、マリアナ沖の大活躍のあと、宣伝活動に呼ばれて本国に帰り、
ヒーローとして大人気、ついでにフィアンセと結婚までしちゃったよ、
ボカア、幸せだなールーラーラーラなんていいながら太平洋に復帰した直後、
フィリピンで対空砲火で撃ち落されたあげく、そのまま現地のゲリラ部隊と合流、
南の島で6週間もさまよいながら、無事帰還してる。たいしたもんだ。
ちなみに彼、2006年現在、カリフォルニアで存命中とか。ホンマかいな。

NEXT