■ミサイルは行くよ



お次はアメリカ初の巡航ミサイル、海軍のSSM-M8 レギュラス I 。
レギュラス(regulus)は星の名前ですが、日本だとレグルスの方が一般的かも。
1955年に配備が始まって、空母、まだ現役だった巡洋艦、
さらには潜水艦にまで搭載されておりました。
そしてこれまた核弾頭搭載が前提のミサイルだったりします。

見た目からすると、これは無人機ジャンという感じですが、
とりあえず高度8000m以上を飛行し、時速1000qで(音速以下)
800qの射程距離があったのだとか。

ただし、これは電波誘導ミサイルで、
あらかじめ指示された目標に自分で飛んでゆく、という事はできません。
すなわち、800q先まで誘導する必要があり、そうなると
水平線のはるか向こうまで電波を送り込まねばならない、
という事を意味します。

さらに、この電波誘導は空対空ミサイルのようにレーダー波に乗るのではなく、
2箇所の電波発振基地が目標に向けて電波を発射、
ミサイルは両者が交叉するポイントに向けて飛んでゆく、というものです。

…これ、潜水艦からの発射は、どうするんでしょう(笑)。
核弾頭なので、多少の誤差はオッケーでしょうから、
目標上空1000m付近までだけ誘導するだけとしても、
艦橋の高さはせいぜい10m前後ですから、
水平線を越えて届く電波の到達距離は120q前後でしかありません。

よって、敵地に極めて接近する必要があり、しかも誘導中は
常に2隻の潜水艦が浮上したままになります。
(水中は電波が通らない)、
となると、複数の潜水艦が極めて危険な状態に置かれる事になり、
しかも電波をミサイル命中まで発射し続けるのですから、
敵にしてみれば、その逆探知は容易でしょう。

実際は電離層などの反射を使って、
もう少し先まで届かせられる可能性もありますが、
それでも800qの射程距離の半分も生かせないはずで、
それでいて危険ばかりが大きいという事ですから、正直理解に苦しむ運用です。

おそらく本命は空母搭載型で、
艦載機で高高度から誘導するつもりだったと思われます。
が、誘導機が高度1万mを飛んで、ミサイルが1000mで突入の場合でも
電波の伝達距離は450q前後が限界です。

空母を危険な目に合わせるわけには行きませんから、
誘導機が空飛ぶ誘導基地として、
目標から400q前後まで接近するのでしょう。
が、2機の誘導機が高度1万mをグルグル飛んでいたら、よほどまぬけな
レーダーサイトが相手でない限り、ミサイルとセットで
簡単に見つかってしまうと思いますが…。

そもそも高度8000m以上を飛ぶ巡航ミサイルは、
迎撃不可能、と思ってたのかもしれませんが、
すでに紹介したように、いわゆるSA-2ガイドライン対空ミサイルを
ソ連は1950年代後半から実用化していたわけで…。

こんな感じなのでアメリカ海軍はこりゃアカン、
という事に気が付いて、さっさと見切りを付けてしまい、
1964年には運用を停止、対地核攻撃兵器は潜水艦弾道ミサイルの
ポラリスに切り替えて行きます。

が、こういった水平線ロマンな妙な兵器を
熱心に運用していた国がもう一つありました。

はい、その通り、ソ連閣下でありますね。
人類で初めて共産主義は貧乏である、という偉大な発見をなした
彼らですが、その結果、アメリカみたいな空母艦隊なんて、
逆立ちしたって手に入りませんでした。

そこで核弾頭積んだ巡航ミサイルでふっ飛ばしちゃえ、と考えたわけザンス。



その考えた結果がこれ、R-15艦対艦 巡航ミサイルです。
ただし、この段階ではまだ通常弾頭のみですが。

ちなみに、NATOコードネームはギリシャ神話から取られたステュクス(Styx)。
悪意ある(笑)ネーミングが多いNATOのコードネームにしては
ステュクスなんてカッコイイ響きの名前ジャン、と思ってしまいますが、
これは三途の川、冥界の入り口にある川の名前です…

さらに脱線すると三途の川は中国仏教が出展ですが、
これギリシャ神話のパクリでしょう。
中国仏教の最盛期、唐代における中国の首都は西の外れ、長安であり、
あれは東アジアというより、中央アジアに近い文明でしたし。

ソ連の対艦ミサイル開発もよくわからない部分があるのですが、
極初期にいくつかのタイプが作られたものの、本格的に量産、配備されたのは
このR-15がおそらく最初だと思われます。

のちにより長距離を飛べる対艦核ミサイルの開発に邁進するソ連海軍ですが、
その始祖とも言えるR-15は艦橋の上のレーダーマストから電波が届く、
水平線の手前、40〜50qが射程距離といわれ、
さらに弾頭も通常弾頭に限られたようです。
ただし、駆逐艦などの場合、さらにレーダー出力の問題もあって、
20q前後までしか誘導できなかったと見られています。

じゃあ後に開発された100q以上飛んでアメリカ空母機動部隊を壊滅させる
対艦(というか対艦隊)誘導核ミサイルはどうしたのか、というと
これが何ともソ連でして(笑)、彼らはミサイルを水平線の向こうまで誘導するために
わざわざ空母を造ってしまうのです。
キエフ級の空母、ミンスクなど初期のソ連空母がそれです。

キエフ級において、その航空兵力は飾りでしかありません。
実際に乗船して中を歩き回って見ると直ぐにわかりますが、
防空戦闘、さらには対艦、対地攻撃能力を持った
航空部隊を運用できる構造には全くなってないのです。
そもそも格納庫は艦の後半部だけであり、
前半は艦載ミサイル関係の装備で埋まってしまっています。
そして、その甲板もかなりの部分がミサイル発射管が占めていますから、
これを空母と呼ぶのは無理があるだろう、という感じです。

実際、キエフ級の艦載機の主力はヘリコプターです。
それも対潜、あるいは攻撃ヘリではなく、
ミサイル誘導のためのレーダーを搭載したヘリ、Ka-25Kとなります。
これによって水平線の向こうのアメリカ艦隊まで
巡航対艦ミサイルを誘導するのが最大の目的となっていました。

でもってミサイル誘導のため、より遠くまで電波を飛ばすには
可能な限り高高度を飛ぶ必要があり
(音速近くで飛ぶミサイルについて行くことはできない)、
それはすなわち、アメリカ側艦隊のレーダーにあっさり引っかかる、
という事に他なりません。

もちろん、迎撃されるまでにミサイルを突入させてしまえばいいのですが、
高速のミサイルを低速のヘリで誘導するため、
どうしても先に誘導ポイントに入る必要があり、
ミサイル発射前に発見される可能性は高くなります。

当然、アメリカ艦隊側も襲撃に気が付いたら、ジャミングを始め、
対空ミサイルによる迎撃など、あらゆる妨害をしてきますから、
その命中確率は格段に落ちる事になるはずです。
これも、あまり頭のいい兵器ではないように見えますねえ…。

ちなみにキエフ級空母には垂直離着陸ジェット機、
Yak-38も搭載されていましたが、
戦闘能力はほとんどない、という機体になっていました。
そもそも垂直離着陸しかできない甲板なのに、Yak-38は気温が高くなって
ジェットエンジンの推力が落ちると、垂直離着陸ができなかったとされます。
武装を全部降ろして、燃料を減らせば飛べたらしいですが、
それに何の意味があるのか、私にはわかりません(笑)。

正直言って、あの空母がどれだけ配備されたところで、
さしたる脅威にはならなかったでしょうね。




最後はアメリカ空軍初の巡航ミサイル、TM-61C マタドール。
闘牛士ってかっこいい名前、と思うかもしれませんが、
スペイン語でMatador は、殺し、殲滅の意味だったりします…。

この時代の巡航ミサイルはほとんど無人機みたいな形なんですが、
これも核弾頭を積んで時速1000qで高度1万メートルを飛んでゆく、
というもので、1957年から配備が始まっています。
ちなみに射程距離は1000qと、海軍のレギュラスより長かったようですが、
その代わり誘導基地が3箇所必要だったようで、どっちもどっちですかね。

どうもこのころまで、アメリカ軍は高高度なら撃墜されないで安全、
と思い込んでいたフシがありますが、
1960年に5月にCIAの高高度偵察機、U-2が
ソ連上空でSA-2ミサイルによって撃墜され、
チョービックリ、という事になったのでした。
それ以降は、レーダーに捉えにくい(水平線の影に入ってしまう)
低空飛行がアメリカ軍の航空侵攻では常識となって行くわけです。

余談ですが、この撃墜でソ連に捕らえられたパイロット、
ゲーリー・パワーズは自殺用の毒薬を持っていたのですが、
これを使わず、生きてアメリカに帰ってきました。
まあ、メデタシメデタシというところですが、
この事件について、U-2を開発したロッキードのスカンクワークスの
責任者クラスの人が、なんでアイツは死んでないんだ、
というような発言をしてるのを見た事があります。

日本に限らず、どうも世界中の軍用機設計者というのは、
どこか人間的に壊れてるんでしょうかね。


NEXT