■古き船、名をUSS オリンピア



というわけでフィラデルフィア水上決戦の最後の相手がこのUSSオリンピアです。
基準排水量で5670t(メートル法)とされ、全長も104.9mほどですから、
結構小型な印象の巡洋艦でした。

1892年にサンフランシスコで進水した防護巡洋艦で、
木製は別にすると、鋼鉄製の軍艦としては私の知る限り、現存する最古のものです。
ただし、その後の儀装に手間取ったのか、就役は1895年になってます。

ちなみにこれは日本の戦艦 三笠よりも古く、
日露戦争以前の軍艦となりますから、まあ歴史のある船なわけで。

防護巡洋艦(Protected cruiser)というのはあまり聞かない艦種ですが、
蒸気機関によって、より重い船体が動かせるようになった結果、
巡洋艦に一定の装甲をつけたものをこう呼ぶみたいです。
先に見た図面でも、一部に装甲があるのを確認しましたね。

が、やがてより高出力の蒸気タービンエンジンが採用されるようになると、
より装甲も重く厚くできる事になり、
これが装甲巡洋艦へと発展して行ったようです。

とりあえずこのUSSオリンピアは、
例のマスコミが引き起こした戦争、スペイン・アメリカ戦争の
最初の海上決戦、1898年のマニラ湾海戦でアメリカ艦隊の旗艦を勤め、
その勝利に貢献した艦となります。

なんでキューバの独立戦争だったはずのスペイン・アメリカ戦争で、
フィリピンが戦場になるんだ、というあたりが
アメリカの帝国主義への道の始まりを象徴してますね。
ここからアメリカの太平洋制覇が始まり、やがて太平洋の対岸に居た
日本と利害が衝突した結果、これをヒネリ潰す事になります。

日本がアメリカと衝突する事になったのは、
中国南部からインドシナに進出して、
フィリピンに巨大な利権を持つアメリカの利益を脅かしたからで、
そうでなければアメリカが日本相手に戦争する必要はありませんでした。

ただし、第二次大戦後には世界の海を制覇したアメリカですが、
この時代は完全に田舎の海軍にすぎませんでした。
このためヨーロッパの海軍、スペイン艦隊に勝利しちゃって
本人もビックリ、という面があったようで、このUSSオリンピアを記念艦としたようです。
ここらあたりは、日露戦争でバルチック艦隊を殲滅してしまい
これまた本人もビックリだった日本とやや似ています。

この結果、日本でも三笠が記念館として残されてるわけですが、
あれは限りなく自称三笠と言うか、見なかったことにしようというか、
まあそういった状態なのが現状です。

その点、このオリンピアは少なくとも水に浮いてますし(笑)、
ずっとマシに見えるのですが、実はこれはこれで、
いろいろ微妙なところがありまして、その点は後でちょっと説明します。

ちなみに、軍艦を記念にとっておくぜ、という点において
アメリカは世界でもズバぬけた熱意を持っており、
世界中でこれだけ軍艦が見れる国はここだけです。

航空機や戦車では、イギリス、フランス、ロシアにも
それなりのものが残っていますが、軍艦はアメリカの独壇場なのです。
1812年戦争の艦から、戦後の空母まで
ズラリとそろってるなんてのはこの国だけでしょう。
参考までに私が知るだけでも、第二次大戦以降の空母、戦艦、巡洋艦が、
以下のそれぞれの都市に保管されてます。
潜水艦や駆逐艦はとても載せ切れませぬ(笑)、という状態です。

■戦艦 アイオワ級 4隻全艦保存
USSアイオワ(サン ペドロ) USSニュージャージー(カムデン) 
USSウィスコンシン(ノーフォーク) USSミズーリ(ホノルル)

*サン・ペドロはロサンジェルスの、カムデンはフィラデルフィアの近郊都市

■アイオワ級以外の第二次大戦時新世代艦 3隻
USSマサチューセッツ(フォールリバー) USSノースカロライナ(ウィルミントン)
USSアラバマ(モービル)

*モービルはヒューストンとアトランタの中間に位置する地方都市
フォールリバー(Fallriver)はマサチューセッツ州の
ウィルミントン(Wilmington)はノースカロライナ州の都市ですが特徴がなく説明不能(笑)

■ロンドン海軍条約以前の旧型戦艦 1隻
USSテキサス(ラ・ポート)

*ラ・ポートはヒューストン近郊の地方都市

■空母 エセックス級 4隻

USS ホーネット(アラメダ) USSイントレピッド(ニューヨーク)
USSレキシントン(コーパスクリスティ) USSヨークタウン(マウント プレザント)

*アラメダはサンフランシスコの対岸、コーパスクリスティ(Corpus Christi)は
ヒューストンの南にある街、マウントプレザント(Mount Pleasant)

サウスカロライナ州なんですが説明不能(笑)。

ちなみに、お気づきの人もいると思いますが、宇宙都市ヒューストン周辺には
軍艦が密集しております。


■空母 ミッドウェイ級 1隻

ミッドウェイ(サン・ディエゴ)

■クリーブランド級巡洋艦 1隻

USSリトルロック(バッファロー)

■デモイン級重巡洋艦 1隻

USSセーラム(クインシー)

*バッファローはニューヨーク州の五大湖沿いの国境の街
クインシーはボストンの近郊都市


まあ、アメリカ生まれのアメリカ育ちの海軍マニアでも、
全部見た人はほとんど居ないのでは、という感じです。
なにせハワイから始まって西海岸のサンフランシスコからサンディエゴ、
そして東河岸に向って、バッファロー、ニューヨーク、テキサスまでですから、
全部見たら、地球を軽く半周します(笑)。

海軍国だったイギリスでさえ片っ端からスクラップにしてしまい、
最後の最後で、あわてて第二次大戦を記念する船として、
巡洋艦のHMSベルファストを保管した、という経緯があり、
当然、その他に大戦期の艦船は残ってません。

まあ大戦期に限らないなら、ソ連の空母が中国に、
イギリスの空母がインドに残ってたりしますが。



後ろから見たUSSオリンピア。
奥の帆船のマストが重なってしまって見づらいですが、
それでも、2本のマストは意外に高さがあります。

当時の主砲の射程距離からして、
こんな高いマストは要らないはずですし、
実際、見張り台は低い位置にしかありません。

じゃあなんで、というと、実は帆船のマストと同じ使い方が出来たからで、
つまり帆が張れたんですね、ここ。
USSオリンピアは蒸気ピストンエンジンを搭載した船ですが、
この前後のマストに帆を張って航行することも可能でした。



こんな感じに。
ただし、あくまで予備帆(Auxiliary sail rig)であり、
横桁がありませんから、右上のイラストのようにヨットのような帆を張るだけです。
どうも決して燃費が良くなかった当時の蒸気船が、
海の上で燃料切れになった場合の非常用だったみたいです。
ここら辺りの中途半端さは、複葉から単葉に移行する時の
航空機の一葉半とかの機体が連想されて興味深いところです。

先にも書いたように、それこそ第一次大戦終了時まで、
世界中の海で帆船はまだまだ現役でしたから、その操船ができる
海軍の船乗りも多かったのでしょう。



前から見るとこんな感じ。
アゴが突き出た今の艦船に見れない構造は、
艦首から敵艦に突っ込む戦術用でしょう。

19世紀のころには軍艦の主砲の射程距離もたかが知れており、
せいぜい数q、つまり数千メートルでの撃ちあいになったため、
乱戦のスキに敵艦に近づき、横から突っ込んで船体を破壊してしまう、
という信じられないような戦法があり、
実際、これで勝負が決まってしまった海戦もありました。

このため、この時代の船は相手の船体をより効率よく引き裂ける
こういった形の船首になってるのが普通です。
が、さすがに20世紀に入ると主砲の射程距離は10qを超えてくるようになり、
とても近づいて突撃はできませんから、以後、廃れて行きます。

ついでながらこの船、錨を下ろしてないんですよ。
索だけで岸に引き止めてあるみたいですね。

USSオリンピアはスペイン・アメリカ戦争終了後、
1899年に早くも退役となるんですが(戦争は4ヶ月で終わってしまった)、
なぜか1902年に現役に復帰、その後、第一次地大戦終了後の
1922年に再度退役するまで、現役を続けていました。

以後は保存艦とされてたみたいなんですが、
当時の写真を見ると、それほど大切にされた様子はありません。
というか艦番号はIX-40、IXは分類外艦(Unclassified)で、
普通は実験艦や、技術試験艦に使われる番号が付けられてます。

どうも、雑用的に使われていた、という話もあり、
こっちの方が実情に近いと思われますね。
当時の写真を見ると、少なくとも主砲などの武装はほとんど取り払われ、
上部構造物も一部が破損したままのように見えます。

ただ、これだけの老朽艦、普通ならスクラップにされるところを、
第二次大戦後まで残されていた、というのは、
ある程度、一応取っておくかといった意識があったのかもしれません。

ただ、この艦はずっと保存予算不足に悩んでいた、という話があり、
当時どころか10年くらい前まで、何度も何度も、もう廃艦にしよう、
という話が出たそうな。

最終的に1950年代後半に、フィラデルフィアに曳航されて来たようで、
1970年代ごろには例のベンジャミン・フランクリン橋の横で
ひっそりと繋がれていたのが確認できます。
ただし、当時から一般に公開されていたのかはよくわかりませぬ。
その後、1992年からこの博物館に移されたようですが…。

少なくとも、1985年にこの地を訪れた司馬さんは全く言及してないので、
元はそれほど観光名所ではなかった、というのは確かなようです。
まあ、今でもそれほど人気は無いようで、
USSベキューナとあわせても、最後まで外国人の客は私だけでしたが(笑)。



参考までに、どの程度原型を維持してるのかを外観から比べて見ましょう。
これが横からみたところ。



で、こちらが艦内で展示されていた往時の状態模型。
左右反対ですが、まあ参考にはなるでしょう。
現状は、船体の上部構造がかなりスッキリしてしまってること、
マスト周辺も構造が異なっているのがわかるでしょうか。

とりあえず、貴重な船なのは間違いないのですが、
細かい部分を見て行くと、その資料性はやや疑問、という部分があります。
特に、主砲を始めとする全武装は一度取り外されており、
現在搭載されてるのは全てレプリカか、
あるいは後から取り付けたものになってます。

とはいえ、かなり丁寧に復元されてるのも事実で、
当時の軍艦の雰囲気や構造を知るには最高の資料です。
さっそく見学に入りましょうか。


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