■戦艦62+2号

さて、いよいよ見学に入るわけですが、その前に軽く基礎知識の確認を。
まずは戦艦の名称から。

アメリカの軍艦の頭にUSSが付く、というのはボストン編で説明しましたし、
戦艦には州の名前が付く、という点も既に説明したので
USSニュージャージーまではオッケーですね。

で、アメリカの軍艦には、さらに固有の識別番号があり、
この艦の場合BB-62となります。
艦内のあちこちで見かける62という数字は、
USSニュージャージー固有の番号のなのです。
この数字は計画&建造された順番に振られて行きます。

ついでに、アメリカの場合、退役した艦の名を
新型艦が引き継ぐ事が多く、このUSSニュージャージーも二代目となります。
このためUSS ニュージャージー(II)などといった表記もされますが、
一般的ではないし、わかりにくいので、BB-62 USSニュージャージー
といった識別番号との併記を行なうのが普通です。

ちなみに識別記号のBBの最初のBは戦艦(Battle ship)の頭文字で、
二番目のBは無意味です(笑)。
なんじゃそりゃ、という感じですが、
そもそもは単にBだったんですが、海軍の艦種が増えるに連れて、
識別文字を二文字にしないと重複が出てしまう、
という事でとりあえず二文字にしただけなんだそうな。
なので駆逐艦のDDも一つ目は駆逐艦(Destroyer)のDなんですが、
二つ目のDはどうも意味が無いようですね。

せっかくなので(笑)、少し脱線すると、
実はアメリカ最初の戦艦、初代USSテキサスと
初代USSメイン(例のハバナ湾で爆沈してアーリントンにマストが置かれていた戦艦)
はまだ識別番号が無しだったため、
戦艦の識別番号は本来の艦数に対して2つほど少なくなってます。
…まあ、どうでもいい知識ですが(笑)。

ついでに言うと、49〜54番も事実上の欠番です。
これは1920年代に計画された初代サウスダコタ級に付けられたもので、
このクラスの戦艦は建造まで始まっていたため、識別番号が与えられていました。
ところが1921年にワシントン海軍軍縮条約が結ばれたため、
所有艦船の削減が決まり初代サウスダコタ級6隻は破棄されます。

が、すでに識別番号は公式に付与されていたため、
その番号を消費してしまったのでした。
なので、戦艦の識別番号はUSSウィスコンシンのBB64まであるのですが、
実際はそこに2足して6引いた60隻がアメリカが運用した戦艦の数になります。

ちなみに上で“初代”サウスダコタ級と書いたのは当然わけがあります(笑)。
知ってる人は知ってるように
後にアメリカは第二次大戦直前に新サウスダコタ級の建造を始め、
開戦後に次々と4隻の新サウスダコタ級戦艦を投入して行きます。
が、当然、名前だけが同じで、まったく別の新型戦艦ですから、要注意。
ちなみにこちらはアイオワ級の前、BB-57〜BB-60となっております。

で、その次がアメリカ最後の戦艦がアイオワ級の4隻で、
BB-61のUSSアイオワから、BB-64のUSSウィスコンシンまで建造されています。
その2番艦が今回見学するニュージャージーとなるわけです。

ちなみにアイオワ級はあと2隻、BB-65のUSSイリノイ、BB-66のUSSケンタッキーまで
計画されており、建造も始まっていたのですが、
これらは終戦によってキャンセルされてます。

さらにちなみに、アメリカにはさらなる新型戦艦、モンタナ級の計画があり、
BB-71まで5隻分のナンバーまでが抑えてあったのですが、これもキャンセルされ、
最終的にBB-64のUSSウィスコンシンがアメリカ最後の戦艦となりました。
(ただし実際に完成したのはBB-63 USSミズーリの方が後になった。
USSミズーリは日本がその艦上で降伏文章にサインした戦艦であり、
終戦後1948年ごろから朝鮮戦争まで唯一現役のままだった戦艦でもある)



おそらく今後、戦艦が建造される事は無いでしょうから、
永遠のアメリカ最新型戦艦となる、アイオワ級の二番艦 BB-62 USS ニュージャージー。

とりあえず間近から撮影した写真を合成するとこんな感じ。
デカイというより長い、というのが正直な感想で、
21世紀を生きる人間なら、このくらいの大きさの船は他にいくらでも見る事が可能でしょう。
正直言って、現役原子力空母のような、圧倒的な巨大感はありません。

それでも全長270.5m、最大幅33m、
基準総排水量、すなわち総重量で約45000トンあり、
その図体で33ノット(約61q/h)出たとされますから、まあムチャクチャですね(笑)。
(ただし満載排水量(燃料満載)では31ノット前後(57.5km/h)だったらしい)

この全長270.5mは東京都庁(243m)より長く、
あべのパルカス(300)mより少し短いというところ。
これらが時速60qで走ってるようすを想像してみろ、と言われてもちょっと無理でしょう。
が、それをやってしまうのがこの巨大兵器なのです。

アイオワ級は大戦直前の1938年1月ごろから建造計画が始まった、
アメリカの最新型戦艦で、当初は6隻(4隻+追加2隻)が計画され、
大戦中に4隻が完成し、戦線に投入されています。
(先に説明したように最後の2隻は建造途中で終戦、キャンセル)

実は1922年のワシントン軍縮条約発効後、15年近く
世界中で新型戦艦の建造が停止していました。
なんだかんだ言われるワシントン軍縮条約ですが、
各国の経済的な負担を抑える、という目的は
ある程度達成されていたわけです。

これは日本海軍でも同様で、陸奥を1921年に完成させた後、
大和と武蔵まで新型戦艦は登場しません。
つまり日本が第二次大戦に投入できた
新世代戦艦というのは大和と武蔵の2隻だけで、
この点、終戦までに新世代艦10隻投入+2隻建造中という状況だった
アメリカとは、まあ、比べ物にならないわけです…。

アメリカ海軍でも、例の初代サウスダコタ級のキャンセル以降、
15年近く新型艦を造っていなかったのですが、
この時期からノースカロライナ級(1937年秋建造開始)×2隻、
サウスダコタ級(1939年夏建造開始)×4隻と
次々に新型戦艦の建造を始めます。
その最後に登場したのが、
このアイオワ級(1940年夏建造開始)×4隻(+2隻追加予定)でした。

余談ですが、これらの就役はほとんどが1941年以降になり、
まさにアメリカ参戦と同時にデビューという形になります。
逆に言えば開戦時のアメリカ戦艦は20年近く現役の旧式艦ばかりでした。

大戦時の主力戦艦となるノースカロライナ級×2隻、サウスダコタ級×4隻、
アイオワ級×4隻の計10隻はこの段階では
まだアメリカ本土にいるか建造中だったのです。
当然、真珠湾攻撃による被害は全く無く、これらの新型戦艦は
やがて次々と太平洋に登場する事になります。

この辺り、開戦初日にピークを持って来たのが日本海軍なら、
終戦当日にピークを迎えたのがアメリカ海軍でして、
実際、その戦力は空母、戦艦、艦載機、どれを見ても
戦争中、ひたすら戦力は増大するばかりでした。

ミッドウェイ以降、全く補充が利かなかった日本とは対照的で、
どっちが戦争に強いかは歴史が示すとおりです。



アメリカの第二次大戦世代の新型戦艦は、先に書いたようにレーダー世代でもあり、
レーダーマスト以外の艦橋が低く抑えられてるのも特徴です。
これをカッコイイとみるかショボイと見るかは個人差ですが、私は結構好きですね。
ちなみに写真中央、艦橋下のCの文字の右下に人がいるの、わかるでしょうか。

これは艦内の案内係の人。
この人物はホントにニュージャージーに乗っていた退役兵(Veteran)の方で、
かつて日本のヨコスカで勤務したぜ、という話好きな80過ぎの愉快なオジイチャンでした。
まだお客さんがあまり居ないので、外に出てきたのだと思いますが、
この写真に写ってるのは帰国後に気が付きました。

で、どうもこっちを見てるようにみえ、この段階でアタマの悪そうな東洋人が来たから、
後でヒマつぶしの話相手にしてやろうとロックオンされていたのかも…




アイオワ級は、計画当初はより重武装で(16インチ(40.6cm)砲×12門)、
パナマ運河を通過でき(panamax=全長320m、全幅33.5m以下 実は幅はギリギリだった)、
最大速度で35ノット(約64.8q/h)、巡航速度で15ノット(約27.8km/h)、
さらに航続距離は37000qが求められていたようです。

お前はアホか、という感じのムリな要求ですね(笑)。
このため、ざっと見積もっただけでも軽く総排水量5万トンを超えてしまう事になり、
最終的には主砲を9門に減らし、航続距離も20000q前後まで引き下げることで
燃料搭載量を減らして、45000トン級の高速戦艦として建造される事になったようです。

ちなみにアイオワ級のうち、このUSSニュージャージー(BB-62)と
USSウィスコンシン(BB-64)は、フィラデルフィア海軍工廠で建造されてるので、
ある意味、産まれ故郷に帰ってきた、という部分もあります。
(終戦時はさらにUSSイリノイ(BB-65)が建造中で、後にキャンセルとなる)

さらにアイオワ級の先代となるサウスダコタ級のBB57 USSサウスダコタは
まさにこのカムデンにあった造船所で建造されているので、
このデラウェア川の狭い地域で、アメリカの新型戦艦10隻のうち、
3隻が造られた事になります。
ついでに、このカムデンの造船所はなぜか(笑)
ニューヨーク造船所という名前で混乱を招いてますが、
ニューヨークではなく、このカムデンにあった造船所です。

ちなみに第二次大戦期に造り過ぎた(笑)アメリカの新型戦艦は、
終戦後の軍事予算の縮小のあおりを受け、一部で練習艦にされたものと
最新艦のUSSミズーリ以外は、、1948年ごろまでに全艦が退役します。
なにせ運用費がかかる戦艦を平時に運用するのは大変だったのです。

このため多くは、いざとなったら再度稼動できる
静態保存艦(mothball fleet)にされるのですが、
USSニュージャージーは1950年からの
朝鮮戦争でさっそく復活、再び実戦に投入されました。
ただし北朝鮮にも中国にもまともな海軍はありませんから、
地上への艦砲射撃だけで終わります。

その後USSニュージャージは、また静態保存艦にされるものの
ヴェトナム戦争で再度復活、その後も保存、復活を何度か繰り返し、
最終的に冷戦中の1982年に近代化のための大改装を受けています。
このため、大戦時の面影がかなり失われてるのですが、
それでも意外なところに意外なものが残ってるのに後で驚くことに。

で、最終的には1989年を最後に再度現役を外され、
1990年からの湾岸戦争にも派遣されませんでした。
で、最終的にもうこれ以上の運用はムリだし、冷戦も終わったし、というとこで
第二次大戦終戦から50年以上たった1999年に博物館に転用する事が決まり、
このニュージャージー州カムデン市で展示される事になったようです。




では見学前に艦内地図を確認しておきましょう。
艦首から入って艦尾から退艦するのですが、艦上はほとんど見学できるものの、
艦内で見れるのは下の地図で薄い紫になってる部分のみ、艦首の第一階層と、
艦尾の第一階層のみです。
艦橋や主砲砲塔内部は見学できますが、艦内の深い階層にある
機関部や弾薬庫などは見学できず、ちょっと残念な感じ。

こうして見ると、ありとあらゆる部分を見せてくれたロンドンの巡洋艦、
HMSベルファストはすごいのだな、と改めて思ったり。

という感じで、そろそろ見学に入りましょうか。


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