■アメリカの生活



さて、お次は輝く星の帯(The Star-Spangled Banner)の展示。

なんのこっちゃと思いますが、これはアメリカの国歌です。
米英戦争(The war of 1812)中の1814年に作詞され、後に曲がつけられましたが、
(正確には既にあった別の歌から曲だけ引っこ抜いてこの歌詞にあてたらしい)
正式に国歌として制定されたのは20世紀に入ってからみたいですね。

とりあえず米英戦争中の1814年9月、ワシントンDCの玄関口、
チェサピーク湾にイギリス艦隊が侵入、
そこにあったマクヘンリー城砦(Fort McHenry)を
徹底的に砲撃します。
ただし、この時の攻撃はワシントンD.C.ではなく、
ボルチモアを目指したものだったようですが。

で、この時、戦闘を目撃したアメリカ人の弁護士、
スコット・キー(Francis Scott Key )が、作詞したのがこの曲です。
戦闘翌日の朝、激しい砲撃を受けたにも関わらず、
星条旗(Stars and stripes)がまだ城砦にはためいているのを見た
彼が感激して書き上げたのがアメリカ国歌、輝く星の帯なのでした。
その時、マクヘンリー城砦に実際に掲げられていた旗がここに展示されているわけです。
ちなみに現物はとにかくデカイ旗で、9.1m×12.2mもあったりします。

で、戦争中に書き上げただけあって、
世界最強の狂った歌、フランス国歌のラ・マルセイエーズほどではないものの(笑)
And the rocket’s red glare, the bombs bursting in air
(そしてロケット弾は赤く輝き、榴弾は空中で炸裂する)
なんていう歌詞が出てきたりします。

ちなみに歌を聞くといかにも勝利の歌、という感じですが、
1812年に始まった米英戦争は前にも書いたように
首都ワシントンD.C.までイギリス軍に占領される始末で、
独立戦争のカタキをきっちり取られた、という内容でした。
最終的には引き分けですが、事実上、アメリカの負け戦でしょう。
ただし、これに巻き込まれたインディアンたちが、壊滅に近い損害を受け、
ここからアメリカの西部進出が本格化する、という影響もありましたが…。

と、ここまで書いておいて実はここスミソニアン唯一かも知れない
撮影禁止の展示で、写真がありません…。
よって、この展示はこれまで。



こちらはその前にあったコロンビア像。
Columbiaはラテン語でコロンブスの大陸といった意味の
アメリカ大陸を指す名詞だ、というのは以前に説明しましたね。
で、“a”で終わってますから女性名で、
その結果こういった国家の擬人化、女性化が行なわれます。
コロンビア映画のタイトルで登場するのもこの人です。

ただし1886年にニューヨークの自由の女神が登場すると、
アメリカの象徴の座をそちらに奪われた感があり、
イマイチ人気がなくなってしまったそうな。
この業界(?)でも浮き沈みはあるんですねえ…。

ちなみにイギリスのブリタニアなど、
ヨーロッパ国家の女性像は女神とされる事が多いのですが、
ローマ神話と縁の無いアメリカの場合、人間として扱われ、
アメリカの人格化、という説明が多いですね。

ちなみにこれ、1850〜80年まで使われた、とだけ書かれていて、
何に使われていたものか、一切の説明がありませんでした。



お次は、それらの壁の中(Within these walls)、というアメリカの市民生活に焦点をあてた展示。
展示の家は1760年ごろ建てられ、改装されながら1963年まで200年近く使われた
マサチューセッツ州の家を移築したもので、一部の外壁が外されていて、
中が見えるようになっています。



電化前の家庭労働がいかに大変だったか、という展示で、
当時の女性が行なっていた洗濯板での洗濯のやり方を、
洗濯物に書かれた解説で説明してるもの。
こういった展示はうまいなあ、と思います。



こちらはマサチューセッツ州でつくられた1830年代の四角型ピアノ。
歌の先生をしていた女性が使っていたものだそうで、
奴隷制に反対だった彼女は、同じ考え方の仲間を集め、
反奴隷主義の歌を作って歌っていたそうな。

1960年代でも白人専用のイスに座っただけで問題となった
南部のノースカロライナ州、1830年代に女性たちが反奴隷活動をしていた
北部のマサチューセッツ州、同じ国内でもこれだけ多様性があるのが
アメリカなのかもしれません。

よくも悪くも多様性の維持は国家として極めて強力な力ですから、
(文化、政治とも単一化の極みだったナチスドイツの末路を見よ)
やはりアメリカはスゴイ国だなあ、と思ったり。


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