ではいよいよ相手の都合も顧みず、福岡市内突入となるのですが、ここで福岡の基礎知識を確認して置きませう。
とりあえず東のJR博多駅、そこから那珂川(なかがわ)と西の歌舞伎町こと中州を越えて西鉄の天神駅までが中心部となっていると考えておけば問題無さそうです。さらに西は福岡城跡の一部である大濠公園まで、東はFUKでお馴染み福岡空港までが凡そ都市部と言っていいかと思われます。ちなみにホークスの本拠地、福岡ドームは大濠公園の北西の海岸に位置してます。

 

ついでに私も現地に入るまでよく理解して無かったのですが、博多と福岡の違いにも触れて置きます。長年、旧地名が博多で黒田長政が現地に入って城を築いた時、黒田家に縁が深い備前福岡の名を取って福岡に改名したのだと思っていたのですが、違いました。博多は博多で以後も存在していたのです。

大雑把に言ってしまうと、上の地図で西側、青い部分が黒田長政が新たに福岡城を築き城下町とした一帯。これが福岡地区となります。よって元々は城下町ですね。那珂川から西の地区です。そして那珂川と御笠(みかさ)川に挟まれた東側の一帯がそれ以前からの街があった博多地区となり、現在は博多区としてその名を残しています(ただし現在の博多区は御笠川を超えて福岡空港一帯までを含む)。このため、地域としては博多の方が圧倒的に狭いのですが、街としてはより歴史がある、という事になっています。実際、古くからの寺社仏閣はこの一帯に集中し、博多祇園山笠の神事を主催する櫛田神社もここにあります。

ちなみに秀吉が一帯の都市開発を行ったとされるのは博多の方で、福岡は関ケ原の後、黒田長政が入ってから整備されたものです。逆言えば博多が現在のような街に整備されたのは福岡より20年前後早いだけ、とも言えます。ついでに大阪から西では最大の歓楽街、中州は両者の間にあるため、どちらにも属さない緩衝地帯らしいです。ただし現地で話を聞いた範囲ではあれは博多、とする人が何人か居りました(実際、地区としては博多区に入ってる)。

あと基礎知識編で書き忘れたのですが福岡県内は全く方言を聞きませんでした。これは驚きで、大阪のように地元では皆さんもっと普通に方言で会話してるだろう、と思ってたのですが、接客対応だけでなく、飲食店内の会話、街中の会話、電車の中での会話、犯罪者ギリギリの線で聞き耳を立てていたのに、全く方言による会話を聞きませんでした。例外はスマホで話ながらバイクに乗ってたアンチャンと公園に居たお年寄り達だけ、すなわち四日間現地をウロウロしながら、二回しか聞かなかったのです。博多弁はすでに滅んだ言語になってしまったのか、それとも他所モノに聞かせてなるものかと家庭内以外では使わないのか。ちょっと謎です。

ついでにもう一つ。日本の主要都市の中でここまでJRの中心駅と私鉄の中心駅が離れてるのは他に京都くらいなもので、ちょっと面白いな、と感じました。さらについでに博多駅周辺は他の大都市と似たような商業地区ですが、西鉄の天神駅周辺はやや特徴的で、大阪のミナミ一帯に似た印象の街でした。すなわちとても愉快であり同じような繁華街は首都圏には存在しないモノでした。さらに言うと、帰宅後にラドンの映画を見たのですが、街が変わり過ぎていて他所モノにはどこがどこだか全く判らず。ラドンが着陸したビルがかつての天神の駅?

ちなみに御笠と書いて「みかさ」すなわち奈良の春日山&若草山の別名と同じ名の川がこの地に流れているだけでもう個人的には大興奮、さらに言うなら金印の志賀島には御笠山があります。いやもうワクワクがハイドロプレーニング現象ですね。この点、いずれ触れるかもしれません。触れないかもしれません。

さらに博多区を代表する神社が櫛田神社。普通に考えて奇稲田姫(くしいなだひめ)が祭神だろう、なんでブチ殺しちゃった出雲のオオアナムチ(=大国主命)のママンの名前の神社が朝廷発祥の地と言っていい九州北部にあるのよ、と思ってたんですが、現地に行って見たら事情はもっと複雑でした。この辺りはまた後で。とりあえず、ラーメン食べた後の最初の目的として、この櫛田神社に向かう事にしませう。

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