夕撃旅団、チョー南西へ

今回の旅では西表(いりおもて)島を中心に訪問、その行き帰りに石垣島にも立ち寄って来ました。すなわち沖縄県の南西の果て、八重山諸島の中心をなす島々です。まずはその辺りの地理的条件を確認して置きましょう。

日本の南西に位置する島嶼地方自治体が沖縄県であり、その主要な島々は巨大な沖縄本島を中心とした北東部、そして南西部の、八重山諸島&宮古列島一帯に大きく別れます。地図にするとこんな感じですね。



今回の旅の準備に入るまで所詮は同じ県内、ガッツさえあれば泳いで行ける距離だろうと思っていたのですが、実際は那覇中心部〜石垣島フェリーターミナルまでほぼ400qの距離があります。これは東京〜大坂、あるいは神戸〜北九州の直線距離にほぼ等しい、ベラボーな隔たりです。すなわち泳いだら死にます。よって今回の移動は飛行機を利用しました。21世紀だしね。

北海道と沖縄、日本の南北にある自治体は実に広大なのです。というか、これ明らかに面倒になって適当に行政区分やってない?北海道は少なくとも東西か南北で二つ、沖縄も本島と八重山周辺で二つに分けるべきじゃない?

ついでに余談ながら那覇から石垣に飛び、そこから船で西表に渡って日帰り旅行も不可能では無いですが、現地ではほとんど観光の時間が取れませぬ。よって榊さんとチヨちゃんは瞬間移動の術を会得しているエスパーだ、という作品中では触れられぬ裏設定が読み取れます。

さらに言えば西表の名から日本の西端の地だろうと思ってたのですが、実際はその隣の与那国島が日本最西端でした。己の予備知識のなんと役に立たぬ事よ。というかだったら与那国島の名を西表にしてよとも思いました。

ちなみにその与那国島からだと東京まで約2000q、台北から東京までの直線距離とほぼ変わりません。実際、石垣島から一番近い都会は那覇ではなく、約270q西の台北です。

ついでに書いておくと、日本国土を最も長く横断する経路(現実的に北方領土を除く)、与那国島から知床岬の先端まではほぼ3000qちょうどあります。これはかなりの距離でして、ヨーロッパのロンドン〜モスクワ間(約2500q)より遠く、アメリカでも西部の果てのサンフランシスコから五大湖沿岸のシカゴまでの距離にほぼ匹敵します。日本、土地は狭いけど広がりは意外にあるんですよ。

さらに言えば個人的に八重山諸島は隅から隅まで手漕ぎボートで30分くらいの島々だろうと思っていたのですが、実際は与那国島を別にしても70q以上あり、実行すると死にます。



その八重山諸島の中心を成すのが石垣島、その西隣にあるのが八重山諸島で最大、沖縄県でも二番目に大きい島、西表島です。

両者の間にもサンゴ礁に囲まれた平べったい島がいくつかあり、一帯は石垣島の南端部にあるフェリーターミナルからの船で結ばれています。このため石垣市の中でもっとも賑やかなのがフェリーターミナル周辺です。その石垣市の中心部はちょっとした地方都市規模の街で驚きました。島の中心部には石垣で囲まれた赤い屋根瓦の村々が点在し、みんな海人と書かれたTシャツ着て手に銛を持って歩いてる、という風景を勝手に想像していたのです。はい、すみません。



石垣島中心部は特に南国でもトロピカルでも八重山文化でもなく、よくある地方都市でした。高層住宅なども普通に建ってますし。
八重山諸島の中心都市であり、約5万人の人口を超える「市」ですから、当然と言えば当然なのですが、個人的にはちょっと意外でした。ただし中心部を離れると沖縄本島と同じく海と自然が豊かな一帯が広がり、特に島の北部の開発は遅れていたので(理由は後述)、その傾向が強いようです。

でもって今回の主要目標はその隣の島、日本のジャンゴーアイランドである西表島でした。



海上から見た西表島。あれ、こんなにデカいのか、と驚いたのですが、沖縄県では本島に次いで二番目に大きな島でした。

ほとんど人が住んでいない島と聞いていたのでダッシュすれば三分で一周できる小島だろうと思い込んでおり、正直、驚きました。実際は島の東端から西端まで約28q、面積では289.3㎢もあります。東西の距離はほぼ東京23区に匹敵(江戸川河川敷から井の頭公園の手前まで。電車で45分の距離である)、さらに面積では大阪市より広く、舐めてかかるとエライ目にあう島なのでした。そして当然、筆者はエライ目に会うのでした(涙)。

なるほど、イリオモテヤマネコことヤマピカリャーが生存してるはずだぜ、と思う。ごらんのように山がちの島で、その中心部は完全に山地となっています。標高的には最高峰でも469.5mほどですが、周囲はほぼ海抜ゼロメートル地帯なので、地上から見ると実際の数字以上に高く感じました。ちなみに我が故郷千葉県の最高峰は408.2mの愛宕山で、すなわち西表島以下。ヤマピカリャーに鼻で笑われる世界となっております。

これだけの島ですが海岸沿いを除き、ほぼ切り立った山地で農地に向かず、さらにジャングルが広がりマラリア原虫が生息していたため、ほぼ現在に至るまで大規模な入植がなされてません。よって石垣島より面積は広いのに人口は2500人前後のみとなっています。ちなみに石垣島が南部を中心に発展してるのも同じ理由で、島の北部は戦前までマラリア原虫の生息地だったのです(八重山諸島のマラリア原虫が完全に絶滅したのは1960年ごろだと思われる)。極めて死亡率が高いマラリアは蚊を媒介にマラリア原虫が人体に侵入して起きる熱病です。ただし虫と言ってもミドリムシと同じように単細胞生物なので誤解なきよう。

ちなみにキナの木から取れるキニーネがマラリアの特効薬である事はすでに大正時代の日本でも知られてました。このため当時は日本国内だった台湾でも生産されていたのですが、この八重山諸島で栽培したという記録は見つかりませんでした。同じような気候条件だと思うのですけども。もっとも精製工場が無いと木だけあってもあまり意味が無いのですけどね。

西表島を一周、あるいは横断する道路は無く、中心部は全く人を寄せ付けない大自然のままの島です。
南東部から西部までの集落を繋ぐ海沿いの県道があるのみで南部に至っては道路は一つも通っていません。ついでに言えば海沿いに集落が多いのは平地だから、というのと同時にマラリア原虫を媒介する蚊を避けたためでしょう。海ならボウフラはわかないので蚊は居ないし、海風もあってジャングルから蚊が飛んで来にくいですから。



石垣島から日帰り訪問可能な南東部はかなり観光化が進んでいますが、少し奥に入ると原生林と海と水の島が残って居ます。

ビシっとスーツで決めた紳士が、朝の電車の中で突然外を指さし、御覧なさい、あそこに神様が居ますね、とか言い出したら速攻で隣の車両に逃げますが、この島なら黒のTバック水着に海人Tシャツを来たハゲのオッサンが三又の矛を持ってスキップしながら走ってきて、ほら、あそこに神様がいる、と言っても、ああやっぱり居るよね、と思ってしまうでしょう。それだけの説得力がある光景が続くのです。

同時に沖縄特有のドス黒い、何かよく判らぬ空気をずっと感じ続ける事になります。この点は沖縄本島はもちろん、石垣島と比べても桁違いに重い感じを受けました。それが何なのかは、未だによく判らんのですが。

といった辺りが必要な前知識となります。ではそろそろ本編に入りましょうか。

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