さて、今回初訪問となる二月堂にやってまいりました。東大寺の境内でもっとも奥にある建物の一つです。



3月に行われる修二会(しゅにえ)、中でも12日の深夜に行われるお水取りと松明で知られる建物です。
ちなみに修二会もお水取りもどういった趣旨の行事なのか、何度説明を読んでも理解できませんでした。なんだ、これ…。

とりあえず奈良時代の752年から延々と続く行事だとのことですが、現在の二月堂は1669年、徳川幕府にまだお金があった時代に再建されたもので、国宝に指定されてます。ちなみに同じく国宝の清水寺も数十年の差はあってもほぼ同時期の建築なので、こういった舞台造りの建物が当時の流行だったんでしょうか。

余談ですが上野公園にある清水観音堂、造りからして京都の清水寺の縮小コピーと思ってしまう人が多いですが、実際は逆で、上野の方が先に建てられてます(1631年。京都の方は1633年。ただし上野の方は1690年代に一度、移築されている)。よって京都の方が東京の後追いなのドス江。

ちなみに三つとも観音様が本尊なので、観音様はこういった建物が好きなんですかね。

そこに至る階段横にあるのは、寺社仏閣でおなじみの寄進者の皆さんのお名前と金額を刻んだ石碑。
千円以下のものは金額からすると戦前辺りのものと思われますが確認しなかったので詳細は不明。左端の10万円さんは東大阪市とあるので、市が誕生した1967年以降のもの。この時代のインフレは凄まじいので単純には言えませんが、1970年ごろまでの寄進なら大卒初任給の3〜4倍の額。2021年の感覚だと80〜100万円というところでしょうか。ついでに、ここまで住所をバッチリ入れちゃうのが時代ですかね。

その金額でこんな石碑建ててしまって割に合うのか、と思いますが、石碑の値段には詳しくないので、これ以上は深入りしませぬ。



その金額の羅列を見ながら階段を登る。やっぱり死後も金だよね、と思う。ちなみに階段の排水のための竹が良い雰囲気です。
ちなみにこれらはさすがに国宝指定(2005年)以前の設置でございます。



一番上の石碑は二月堂、というオチ。一瞬、二月堂って幾らだっけ、と思ってしまう。あと建物を支える床下の柱が意外に細いのに驚く。これで大丈夫なのか…。構造的には横柱で重量を支えてる?



では初めての二月堂見学、行ってみましょうか。

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