■朝鮮の空で



美しいまでにヤラセ的な、B-29クルーに対する出撃事前説明の写真。

搭乗員全員が被ってる変な帽子も気になりますが、注目は後ろの地図のB-29の飛行ルート。
これ、東京の横田から離陸して名古屋辺りから本州を北に横切り、朝鮮半島に行く、
という呆れるような長距離飛行で、なんで他の航空基地を使わないの?と思ってしまうところ。
板付(福岡)とかはジェット機運用してたんだから、B-29の離着陸可能な滑走路、あったと思うんですが、
逆に近すぎて北朝鮮からの攻撃を警戒したんでしょうか。

この写真を見るまで、まさか横田から飛んでたとは私も知らんかったので、ちょっと驚きました。
護衛戦闘機(主に後で出て来るF-82とF-94夜間戦闘機)は板付から飛んで合流してたのかなあ。
ちなみに38度線を超えて北朝鮮まで侵入する場合、これは飛行距離で1200qを超え、
ロンドンからのベルリン爆撃(約930q)を超える長距離爆撃です。
もっとも硫黄島から東京までがほぼ同距離なので、
連中にとってはすでにそんな無茶な距離では無かったのかもしれませんが。



ノースアメリカンRB-45Cトルネード。かなり知名度の低い機体でしょう。
アメリカ空軍初のジェット爆撃機なんですけどね。
ただしRBはその偵察機型です。

爆撃機型のB-45は朝鮮戦争に持ち込まれてないのですが、高速偵察機のRB-45Cは
北朝鮮、中国、それどころかソ連本土にまで飛んで行って偵察を行ってました。
絶対迎撃できない高高度、高速偵察機とアメリカ軍は考えていたようですが、
開戦からわずか半年後の1950年12月にあっさりMig-15によって撃墜されてしまい、
その後は朝鮮戦争に出てくることはありませんでした。

ちなみに原型となった爆撃機、B-45は軽爆撃機(Light bomber)の
分類ながら(といってもB-17とほぼ同じサイズだが)
核爆弾を搭載可能でしたから、戦略爆撃機となってました。
ただしB-29やB-36とは違って単機による一撃必殺、護衛戦闘機無しで高速でソ連本土に突入、
ピンポイントで原爆落として逃げて来る、という機体で、イギリスの基地からの運用となってました。

大戦末期の1944年から開発がスタート、1948年には部隊配備まで漕ぎつけたものの、
すでに戦後の予算不足の時代で、さらに完全新世代のボーイングB-47ジェット爆撃機(冷戦編で登場)
採用のメドが立っていたので、爆撃機型、偵察型、合わせて140機前後の採用で終わってしまった機体でもあります。
一説にはB-29の倍近いベラボーな機体価格となってしまったため、生産を打ち切られたという話もあり。

ちなみに最高時速は900q/hを超えたとする資料が多いのですが、後退翼でないこの機体で
その速度を出したら、翼面上衝撃波で操縦できないどころか飛んでられませんから、
実際は800q/h前後が限度だったと思われます。
いろいろ中途半端だった、という感じですが、高速侵入で一撃離脱の核爆撃、
という考えをアメリカ空軍はかなり気に入っており、後のB-58(冷戦編で登場)に
その設計理念は引き継がれる事になります。



世界中の航空博物館の常連、ノースアメリカンT-6Dテキサン、ようやく登場です。
ただしこの博物館では練習機ではなく、地上攻撃支援機、いわゆるモスキート任務の機体としてです。
バックが黒いので判りにくいですが、コクピットの後ろに
ちょっと大型の黒いアンテナが付いてるのがモスキート機の特徴です。

朝鮮戦争でT-6は、前線航空管制(Forward Air Cotroller/FAC)用の機体として使われていました。
前線航空管制、FACは簡単に言ってしまえば空中から戦場全体を把握して攻撃機の指揮、誘導を行う機体でした。
前線をブンブンと飛び回るところから、Mosquito、蚊の愛称で呼ばれています。



ちなみにFACをキチンと説明すると意外に大変で、まあ、この図を見て置いてください(手抜き)。
そもそも航空無線と陸軍の地上用無線では規格が違うので、
まともに話をするだけでも一苦労であり、このため地上で陸軍部隊と一緒に移動、展開する空軍の連絡班、
戦術航空管制班(Tactical Air Control Party/TACP)が存在してました。図では右下にいるジープがそれです。
(ただし緊急時などに地上部隊から直接連絡を受けられる無線機もT-6には積まれていたが
空からの攻撃の段取りを知らない地上部隊の誘導は不意明瞭で役に立たなかった)



その戦術航空管制班(TACP)の展示。
専用のジープにモスキートのT-6と連絡する無線、さらに攻撃機と直接話せる無線も積んでました。
これで陸軍部隊について行き、航空支援要請、そしてその攻撃の誘導を地上から行ったのです。

運用を円滑にするため、モスキートのT-6を操縦した経験があるパイロットが攻撃全体の地上管制官となり、
それに無線士と無線機械の整備、調整担当者の3人でチームが組まれていたとの事。

…本題とはズレますが、ジープはやはりこの小さなお目目の第二次大戦型が一番カッコいいなあ。



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