■神様が創らないので、人間が造りました



さて、とりあえず最初のホールから。
一見すると、何もないように見えますが、左右のスペースにいろいろ
スゴイものがずらりと並んでるのです、はい。

それをこれから、また、ひとつひとつ解説して…ゆく…わけ…で…。
フフフ、まあ始めてしまったもんはしかたない(涙)。

では、まずは入り口の左手から。
ここに世界最長記録、127年間現役だった“エンジン”があります。



これ。
フランシス・トンプソンさん(Francis Thompson)が製作した大気圧機関。 
ちなみに、トンプソンさんが何者かは全くわかりません…。

ほとんど蒸気機関(エンジン)と言っていいレベルの機械なんですが、
イギリスでは大気圧機関(atmospheric engine)と呼んでるみたいです。
この後、登場するワットの機関(エンジン)からが
蒸気機関(Steam engine)という扱いになるようですが、
まあ、これも蒸気機関に分類しても、間違いではないと思います。
同じ英語圏でも、アメリカでは蒸気機関に分類してますし。
ちなみに他にも、発明者の名を取って
ニューカメン機関(Newcomen engine)と呼ぶ場合もあるようです。

1700年代、このニューカメンの大気圧機関の完成を基に、
イギリスで蒸気機関の技術が一気に花開くことになって行きます。
ここから産業革命に突っ走り、そしてイギリスは世界最強国家への道を歩み始めるわけです。
ちなみに、ニューカメン以前にも、蒸気圧の利用はありましたが、
機関、エンジンと呼べるレベルになるのはこれ以降でしょう。

左にいる見学者と比べると判ると思いますが、なにせ巨大で、
これは炭鉱にあった機械室から壁ごと引っこ抜いて来たものです。
1791年製ですから、日本じゃ天下は江戸時代、海国兵談が書かれ、
ロシアの船がそろそろ日本近海をウロウロし始めたあたりに完成したエンジンです。
その後、第一次対戦の終結する1918年まで現役で使われてました。
実に127年間働いてたわけで、これは今でもエンジン稼動年数の世界記録のようです。

構造が単純、というのもあるでしょうが、古いものに価値を見出す
イギリス人精神があっての記録でしょうね。

でもって、今後のこともあるので、簡単に単語の意味の確認を。
この原稿でエンジン(Engine)、という場合、エネルギー(この単語もEnで始まる)を
運動に変換するもの、エネルギーを使って何かの作業を行うもの、を指します。

基本的には燃焼のエネルギーを運動に変換する燃焼機関、
つまり蒸気機関、車のエンジン、ジェットエンジン(ガスタービン)となりますが、
例えば、運動エネルギーを使って、アナログコンピュータを作動させる、
という場合の“機関”もエンジンと呼びます。

何言ってるんだ、と思うでしょうが、後ほど、またこの点は触れます。

ついでに、前にも書きましたが、モーター(Motor)もほぼ同じ
“運動力への変換機”を意味するんですが、
こっちは動き、モーション(Motion)に繋がる単語です。

なので動かすなら何でもあり、というニュアンスがあり、
ロケット装置やらリニアモーターカーのシステムとか、
ややエンジンと呼ぶには抵抗があるものに使われます。
(単体でないならモーターボート、モーターカーとも言うが)

基本的には“機関”という日本語が非常に優れてるんですが、
どういうわけか技術者系の皆さんは蒸気&ディーゼル機関以外に
あまりこの言葉を使わないので、
この原稿でも基本的にはエンジン、必要がある場合、モーターとします。



さて、展示物の説明に戻りましょう。

この機関、なにせ巨大なので、全体像が捕らえ難いのですが…。
とりあえず真ん中にある巨大な腕部(アームが)ヤジロベエのように左右で上下に動きます。
ちなみにこれは常に機関とは反対側、写真ではこちら側に傾くように
支点を調整してあるので、動力がない時は、このように機関の反対側に傾いたままです。
なんでそんな設定に?というのは後述。

レンガの壁の向こう側に蒸気機関部があり、その力で支点を中心にアームを上下させ、
ポンプを駆動して水をくみ出します。

初期の蒸気機関は、炭鉱において、地下にたまる水を効率よく汲み出したい、
という需要に応えて開発されたものでした。
地面深くで勝負となる炭鉱は、常に地下水との戦いだったわけです。

この大気圧機関(エンジン)も、そういった需要に応えるため、
トーマス ニューカメン(Thomas Newcomen)が造り出したもので、
その動作原理は単純です。

水蒸気が水に変わると体積は1/1700〜1800と激減する、という性質と、
(水が蒸気になる時は1700〜1800倍に膨張する)
大気圧を利用してるだけです。



簡単に説明してしまうと、

1 まず、ピストンが上にある状態で、筒(シリンダー)内部に下から蒸気を入れます。
機関の上にある腕(ビーム)、ヤジロベエの部分はあらかじめ、
反対側に傾くように支点の位置が調整してあり、
通常ではこのピストンが上に持ち上がった状態になってます。

2.水蒸気が入ったら、筒内に冷却水を噴射して、その温度を下げます。

3.すると、水蒸気は水に戻るので、
この時、先に説明したようにその体積は1/1700近くまで激減し、
筒内の気圧が一気に下がってピストンが下まで下がります。
(大気圧で押し下げられるので、“大気圧機関”と呼ばれる)

その後、ヤジロベエの力でピストンは持ち上がるので、
そこに蒸気を再度注入して、また1に戻り、おなじ動作の繰り返しになります。
このピストンの上下運動を使ってポンプを駆動し、炭鉱内の水をくみ上げてました。

後で登場するワットの蒸気機関、そしてそれ以後の蒸気機関も、
その基本的な考え方は全く同じで、後はいかに効率よく熱エネルギーを
運動に変換するか、というテーマに沿っての技術の進化となってゆきます。

逆に言うと、このニューカメンのエンジンは極めて効率が悪く、
炭鉱で掘り出した石炭の30%近くがこれのために投じられるハメになった、
という記録もあるようです。

ついでに、このピストンの上下運動を媒介にエネルギーを運動に変換する、
という考え方は後のガソリンエンジン、ディーゼルエンジンでもその原理は変わりません。

さらに高圧気体のエネルギーを直接回転運動にする、
というのうのが後のタービンエンジンで、
ここからジェットエンジンとガスタービンが産まれてきます。

ちなみにマツダでおなじみロータリーエンジンも、
ピストン抜きでエネルギーを運動に変換してるんですが、
まあ、あれはあれで、別の話になってゆくので、またいずれ。

とりあえず、あらゆる内燃機関は膨張を利用してエネルギーを
運動に変換してるのだ、というのは覚えておいてください。

ちなみに、原子力は単体では単に異常な高熱を発生するだけなので、
それを使って液体を蒸気に代え、その力で運動に変換してます。
基本はタービンでとなりますが、ある意味、蒸気機関ではあるわけで。

乱暴に言ってしまえば、その回転するタービンの軸を発電機につなげれば
原子力発電所に、スクリューにつなげれば、原子力船になります。



ポンプ部と思われる部分。
そこに刻まれた1791年の文字がこのエンジンの歴史を物語ってます。

ちなみにニューカマン式の大気圧機関そのものの発明はこれよりずっと前の1712年で、
日本じゃ4歳の将軍(そして6歳で死去…)徳川家継が将軍になった歳で、
新井白石とかの時代ですね。
そのころ、イギリスじゃエンジンと呼べるレベルの装置が完成してたわけで、
まあイギリスってすごいやな、というとこでしょうか。



最後に模型ですが、これが全体像。
地下1階、地上3階の巨大な建物の中に設置されています。
屋内にあるのが機関部で、下の黒い部分が蒸気釜。

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