■蒸気の力で革命だ
さて、でもってこちらが世界初の本格的な蒸気機関であり、
産業革命の原動力になったジェームス・ワットのスチーム エンジン。
通路を挟んで、大気圧機関の向かい側、ミュージアムショップの前にあります。
これはニューカメンの大気圧機関の改良型ですが、それでもワットが蒸気機関を
事実上発明したようなものだ、といっていいでしょう。
それまでは炭鉱関係者でもなければ存在すら知らない、というシロモノだった
蒸気機関を、彼が普遍性の高い、あらゆる工業の動力源にしてしまったのです。
このワットの蒸気機関が近代的な機関(エンジン)の始祖だ、と言われる理由は二つあります。
熱効率の大幅な改善と、円運動の実現です。
一つ目の熱効率の大幅な改善とは、ほとんどエネルギーの垂れ流しになっていた
ニューカメンの機関の効率を一気に向上させ、必要な燃料と得られる運動量が、
十分、割に合うレベルになった、という事です。
計算の仕方や、どれとどれを比較するかで話が変わってくるのですが、
最低でも1.75倍、最大で5倍の熱効率、という数字が一般的のようです。
さらに理論的な考察と実験を繰り返して開発を進める、というワットの手法も、
近代的な工業製品の開発アプローチの先駆といえます。
ちなみに、ワットの熱効率の改善の発想は、これまた単純。
まず、大気圧機関では例の筒(シリンダー)の中に熱い蒸気を入れ、
その後、水で冷やす事で気圧差をつくり、ピストンを上下させてました。
が、これだと次の蒸気が入ってくるとき、筒は冷えてしまっており、
筒内が一定の温度になるまで、水蒸気の熱エネルギーが奪われてしまいます。
これが最大のエネルギーの無駄、と見たワットは、
筒内の水蒸気を筒の外部に付けた複水器に導き、そこで冷却、水に戻すようにしました。
復水器内で生じた低圧は、管でつなかがったピストンのある筒内部の気圧も下げ、
これによって、ピストンは動くわけです。
ただし、後にワットの蒸気機関は、単純に下向きだけでなく、
上下方向にピストンは吸い上げられる往復運動となるのですが、
動作原理そのものは、大気圧機関と変わりません。
が、同じ原理とはいえ、この分離により、ピストンの入ってる筒(シリンダ)は高熱のまま、
水蒸気に戻す装置(復水器)は低温のままで、余計な熱エネルギーのロスはなくなります。
これで一気に熱効率が上がる、つまり低い燃費で十分な運動が引き出せる事になりました。
もう一つ、円運動を可能にした、というのは、
本来、下運動しか出来ないピストンの運動を円運動に変換するシステムを考えたことです。
写真の左側に見える円盤(車輪)を上の支柱(Beam)から伸びた棒で回転させており、
ワットによって、初めて内燃機関(エンジン)が円運動を行うようになりました。
これによって、従来はポンプの駆動以外あまり用途がなかった蒸気機関を、
当時の先端工業の紡績用、さらには蒸気機関車と言う、無限円運動を行う装置の動力として
利用することが出来るようになります。
ワットの蒸気機関も、当初は上下運動しかできなかったのですが、
会社の共同経営者というか出資者だったボールトンからの提案で、
その円運動化に取り組みます。
この変換を行うのにもっとも効率がいいのは、現在も車のエンジンなどに使われてる
クランクシャフトを使う事なのですが、当時はまだそれの特許が生きており、
これを回避するために、遊星歯車(planetary
gear/遊星=惑星)とはずみ車を開発します。
円運動が可能になった事で、蒸気機関はさまざまな工業に動力源として採用され、
ボールトン アンド ワット社はイギリスを代表する大企業に成長します。
そしてそれはイギリスだけではなく、世界を変えてしまう大原動力となってゆくわけで。
ちなみにエネルギーの変換効率はクランクを使った方がずっとよいらしく、
特許が切れた後は、クランクへの移行が進み、ピストンの運動を
遊星ギアとはずみ車で円運動にする機関は、現在ではほとんどないはずです。
ここに展示されてるのは、は1788年製の、ごく初期の円運動型蒸気機関。
ついでにこれも70年以上、工場で現役で使われたとの事ですから
イギリス人の物持ちのよさを別にしても、蒸気機関の耐久性は大したものだと思います。
蒸気機関の発展は、エネルギーの変換効率の追求になるのですが、
有力な解決策はその媒介となっている水蒸気の高圧化でした。
ここら辺の話は意外にややこしく、私も理解し切れてない部分があるので、
詳細は省きますが(手抜き)、より密度の高い水蒸気を使うことで、
装置の高出力化、そして少ない水と蒸気で動かせてしまう事による小型化が進みます。
この高圧蒸気を使った蒸気機関を最初に開発したのがこれもイギリス人のトレヴィシックで、
その結果、それまで蒸気機関の大幅な高出力化、小型化が進む事になったのです。
写真の蒸気機関も1838年に造られた、高圧蒸気機関なのですが、
これはさらに進んだ、複合式蒸気機関(Compound
steam
engine)というものだとか。
さすがにここまで来ると、私にはようわかりません(笑)。
とりあえず、上のワットの蒸気機関に比べて、大幅に小型になってる、というのがわかればOK。
ちなみに、蒸気の高圧化は当然、それに耐える釜の存在が前提となります。
が、頑丈な鉄、鋼の量産が可能になったのは1856年のベッセマー法が完成してからですから、
1800年代後半に入るまで、蒸気釜に鋼は使われてません。
(エッフェル塔に鋼が使われてないのも同じ理由)
この結果、高圧釜の爆発事故は日常茶飯事となり、
一説には英米だけで、年間数千人の死傷者が出ていた、という話もあります。
ちなみに、この高圧釜の爆発事故の続発から蒸気機関の将来性を見限って考えられたのが、
スターリングエンジンなんですが、そこまでは脱線しないでおきます(笑)。
ついでに、ワットは最後まで高圧蒸気機関の使用には否定的で、
その危険性を常に指摘し続けました。
これを彼の保守性と見る向きがありますが、少しでも常識があれば
高圧釜の危険性はわかりますから、ワットの方が正しい、と思っていいでしょう。
高圧釜の出現は、産業の発展に大きく貢献しましたが、
それには最終的に数万といわれる(統計があるだけで25000人近い)死傷者と引き換えでした。
必要な犠牲、と言うにはあまりに重いと考えます。
さて、ここにはそれ以外にもさまざまな蒸気機関が展示されてます。
写真のこれもそうなんですが、解説を見てこなかったので、今となっては何がなんだか(涙)…。
構造からしてワット以前にあった蒸気機関の一つじゃないかと思うのですが…
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