と言うわけで、信じられるかい、ペロ君?
「いや、前フリも主語もない会話にいきなり巻き込まれてもな」
前回のポートダーウィンの説明について、よくわからない、とのツッコミが知人関係者から2件も来たのだよ。
「はあ」
わからないのは私の説明ではなく、自分の理解力だとなぜ思わん、
なんてことは全く考えてないので、さっそく補足説明と行こう。
「考えていない人間は、そもそもそんな事は言わないよ」
ははは、なるほど、それは鋭い意見だが、ここはあっさり流すとこだね。
とりあえず、さっそく行ってみるんだよ、我々は。
断固として。
慄然と。

四国の地図だ。室戸岬が島になってるのは地球温暖化で水没したからだね。
「…なあ、今回は普通にあっさり行こうよ、疲れるよ、正直」
体力ないなあ、ペロ君。
今回はちゃんと終わるかもメドが立ってないのにそんなんでどうする!
「マジですか…」
というわけで、言われるまで誰も気づかなかったと思うがオーストラリアの地図だね。
この真ん中の上の方にあるのがダーウィンの街だ。矢印の先。
「せめて北の方と言わない?」
ははは、わかりやすけりゃいいんだ、70年近く街の名前を間違えたまま、
というこの問題の前では小さい、小さい。
ちなみに、あまりに巧妙な罠なので、多くの人がだまされたと思うが、
クリックしても何もおこらないぞ。
下の日本語はインターネットの翻訳サービスなどで見られるステキ翻訳だ。
意味はないけど、載せてみたぞ。
「ほんとに意味がないねえ…何があんたを駆り立ててるやら」
この地図の右上の方にはパプアニューギニアがあり、
ここの首都が例の「今回の勘違いの元凶の一つ」ではないかと思うポートモレスビー。
当然、その右の海が珊瑚海だ。例の史上初の空母による艦隊決戦が行われたとこだね。

で、これがダーウィンの街とポートダーウィンの湾周辺。
黄色い部分が陸地で、ここら辺は航空写真で見る限り、乾燥地帯だ。
イギリスが砂塵フィルター付スピットを送り込んで来たのも、
必ずしも適当な中古品を押し付けたから、とは言い切れないかもしれない。
「しかし、モノグサなあんたがよくこれだけの地図を書き起こしたね」
いや、適当にネット上の地図を拾ってきて、著作権の問題がおきない程度に改造しただけ。
「…」
…
「いつか痛い目にあうよ、あんた」
まあ、痛い耳にあったら、それはそれで怖いしな。
続けよう。
ポートダーウィン湾、奥行きは30km程度、砂地で浅瀬も多いようで、
決して良港とは言いかねる湾だが、
この地図のすぐ上にはメルビル島、という大きな島があり、
ある意味瀬戸内海みたいな穏やか海なのかもしれないね。
で、ここを発見したビーグル号の連中が、この湾を港に見立てて、
ポートダーウィンと命名したわけだ。あくまで、この海の部分の名前ね。
後で調べたら、この命名を行ったときの艦長は、ダーウィンが乗船してた時の人とは別人。
ますますもって、なぜこの名をつけたか謎だ。
でもって、さまざまな第二次大戦の記録を見ると、
日本軍はこの「ポートワインを爆撃」したことになってる。
「ポートダーウィンだ」
おっと、いい突込みだぜ、ペロ君。
くどいようだが、ポートダーウィンというのはこの湾の名前。
けれども、日本軍が目標にしてたのは明らかに湾の入り口にあるダーウィンの街周辺の方。
ここは19世紀後半から入植が行われ、最初は現地責任者のゴマすりで、
当時のイギリスの首相の名前が付いたんだが、速攻で(20年くらいはあったんだけど)ボツとなり、
1911年からはダーウィンという名になった。
赤い部分がそれで、魚の骨の位置が空港。
「もっと普通の記号を使おうよ…」
気にするな。その下のヒトデが鉄道のターミナルだ。
「星じゃないのか!」
この二つに加え、港湾施設などもダーウィンの街の南にある。
爆撃で破壊目標となるものは、すべてダーウィンにある。
ポートダーウィンの湾内になんて、何もないんだよ。
なんで、大日本帝国の皆さんはあきらかにポートダーウィンの「湾内」ではなく、ダーウィンの街を狙ってる。
でもって、前回も述べたように、帝国陸軍オフィシャルグッズの地図には、
堂々とダーウィンの街の名前が「ポートダーウィン」とされてるわけだ。
よって、連中はあきらかにこのダーウィンの街の名前を「ポートダーウィン」と勘違いしたまま戦争やってたんだ。
ポートダーウィンなんて街は、白亜紀から現代までこの地球上に存在しませんよ、皆さん、という話だ。
アメリカが東京の名前がTokyo
wan(東京湾)だと勘違いして、そのまま現代にいたる、みたいな感じかな?
誰も気づいてなかったんだとすると、それはそれですごいけどね。
わかった?
「…え?あ、ごめん、寝てました」
つまらない上に腹の立つオチだな、ペロ君。
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